拝殿にいたミシェルの姿が、百五十六代目サルーディーバから、ラグ・ヴァーダの女王に変化する。

ふっと、アストロスの天空から、太陽が消えた。アントニオの千転回帰だけが終わったのだ。

 代わりに、紫と青――白金色が混ざった、目もあけていられないくらいのまぶしい光が、地球行き宇宙船から一直線に放たれた。

 味方の駒のクイーンが消えたことに、アストロスにいた者は気づかなかった。なぜなら、彼らの目は、閃光が放たれたと同時に、エタカ・リーナ山岳のほうへ向いていたからだ。

 閃光は、エタカ・リーナ山岳へ向かって放たれた。

 エタカ・リーナ山岳に向かって、槍をはなつ女王の姿は、クルクスにいたヒュピテムにも見えた。

 

 「おお――ラグ・ヴァーダの女王よ!」

 彼は、天空に向かって跪いた。彼が立ったときには、すべてが終わっていた。

 

 シェハザールにも見えた。

 こちらへ向かって進んでくる、白金色の女王の姿を――。

 槍の、穂先を。

 

 女王が放った槍は――グングニルの槍は、シェハザールのいた、シャトランジ! の洞穴を直撃した。

 エタカ・リーナ山岳の西側は、一挙に崩れた。槍は氷河に突き刺さり、ずぶずぶと飲み込まれ、紫の閃光とともに、山岳は蒸発した。

 シャトランジ! の起動装置だけではない。

 ラグ・ヴァーダの武神の墓碑のカケラも、消滅させた――チリひとつ残さず。

 すべてが、海に沈んでいく。

 崩壊は、アストロスを揺らせた。

 

 「シェハ――!」

 マリアンヌの悲痛な声が、海上に響いた。

 

 墓碑の消滅とともに、ラグ・ヴァーダの武神の剣も、音を立てて砕け散った。

 

 ――なんだこれは!

 

 武神が、手の中の剣が錆び、綻んでいくのを見て叫んだ。

武神の剣が消えゆく代わりに――クルクスの入り口にあった兄弟神の神像から、二本の剣が、回転しながら飛んできた。

 それを受け取ったアズラエルとグレンが、合図でもしたように、ふたりそろって、振り下ろした――。

 ラグ・ヴァーダの武神が、よろめいた。

 兄弟神の剣は、武神をまっぷたつにしたはずだった。だが、武神は煙となって、直撃を避けた。

 兄弟神は怯みも迷いもしなかった。グレンがすくい上げる。ラグ・ヴァーダの武神は砕け散った剣を、みるみる瘴気でよみがえらせ――応戦する。

 アズラエルが薙ぎ払った。追いつめられた武神は、ますます強さを増した。

 

 「ついに、姿を現したか」

 

 ペリドットの手元のZOOカードに、ラグ・ヴァーダの武神「バラス」の正体が現れた。

 ラグ・ヴァーダの武神をやどしたメルヴァは、「革命家のライオン」だったが、それが、武神の正体ではない。

 アンジェリカも、カードを見て目を見張った。

 

 「――“強きを食らう――恐竜”!?」

 「古代の生き物だ」

 

 ふたりは、なぜ、こんなにもこの武神がつよいのかが、やっとわかった。

 相手が強ければ強いほど、強さを増す“強きを食らう”の頭文字がついた――古代生物、恐竜。

 おそらく、最強で最凶の存在と言っていいだろう。

 ラグ・ヴァーダの武神はまさしく、“恐竜”だった。大勢の者を殺し、犯し、奪い、食らいとって生きてきた。野生さながらに。

 「太古の、生のままの存在だったのか」

 

アズラエルの攻撃が、命中した。ラグ・ヴァーダの武神の片足が、消し飛んだ。

 不敵に笑った武神はずぐさま消えた足をよみがえらせようとし、もどらないことに気づいた。吹き飛んだ足先から、銀色の光が浸食してくる。

 身体がもどらない。

 そのことに、武神は怒り狂った。

 唸り声とともに、振りかぶった剣を、グレンが受け止める。

 そこへ、炎の閃光が降ってきて、ラグ・ヴァーダの武神の左腕が消し飛んだ。マルコとフィロストラトだった。ふたりの、時間差で起こした火炎の一閃が、武神の腕を落とした。

 見れば、ふたりだけではなく、ラグ・ヴァーダの武神は、天使たちに囲まれていた。

 「ヤーコブと、アンリ――シュバリエの敵だ!」

 

 ――鬱陶しい奴らめ――

 

 武神は天使たちを薙ぎ払ったが、隙ができたことは否めなかった。武神の剣を受け止め、払いあげた刀で、グレンがもう片腕を落とした。

 武神の咆哮が、アストロスを覆いつくす。

 黒煙がすでに、ナミ大陸を覆っていた。フライヤたちは、抱き合って、つむじを巻いていく瘴気の中で、こらえていた。

 

 『終わりだ』

 

 アスラーエルの声だったか、アズラエルの声だったか。

――宣告とともに、ラグ・ヴァーダの武神の首が、飛んだ。

 

グレンは、武神のよみがえりを予測して、かまえた。だが、武神は、すでに力尽きていた。

ラグ・ヴァーダの女王が放ったグングニルの槍で、刀剣が滅び、そして。

L03では、三度目の太陽の業火が起こったときに、武神の亡骸が、ついに燃え尽きていた。

 

『――避けろ!』

アズラエルの声。

 斬られた首から、黒い鉱石が破裂するように、武神ははじけ飛んだ。首がエタカ・リーナ山岳に飛んでいこうとするのを止めたのは、いつしか、ナミ大陸を守るように前に出ていた、夜の神だった。

 夜の神の手で、首は一瞬で蒸発し、それを皮切りに、武神の全身が、なだれをうって崩壊していく。

 大気が動いた。

 黒雲が、武神の体内を巻き上げ、天を突いた。宇宙に向かって巻き上げていく。

 化石の崩壊によって吹き飛ばされそうになったマルコたちを守ったのは、アズラエルたちだった。

 夜の神が、フライヤたちも吹き飛ばされそうになるのを防いだ。

 アズラエルたちは、天使をふところに守りながら、ラグ・ヴァーダの武神が宇宙の藻屑となっていくのを見た。

 

 どれだけの時間が経ったのか、だれにもわからなかった。

 フライヤは、意識があった。

 サンディは、気絶していた。だが、メリッサは、起きていた。砂とホコリだらけで、顔が真っ白だった。

 バスコーレンとザボンは、咳をしながら、起き上がった。

 天空のペガサスは消えていた。

 総司令部の建物は、奇跡的に無事だ。

 オリーヴが、呆然とした顔で飛び出してきて、フライヤの顔を見、くしゃくしゃの笑顔で、笑った。

 

 スタークは、割れた病院の窓から、下を見下ろした。あろうことか、割れたガラスの破片から、スタークを守ってくれたのは、ヒュピテムだった。

 「悪い! だいじょうぶか?」

 「ええ。平気です。あなたはどこも? お怪我は?」

 「だいじょうぶだ」

 スタークは、すぐに、外に視線を戻した。だれもいない、崩壊した商店街に、たったひとり、たたずんでいる少女がいる。

 スタークは目を見張った。

 「――ルナちゃん?」

 

 クルクスの門にいたのは、ルナだった。

 ルナは待っていた。

 入り口をおおっていた黒雲はすっかり消え、ラグ・ヴァーダの武神がのこした、コールタールの黒と、マルコの剣から放たれた炎が、入り口の街を壊滅させていた。

 ルナも、ついに、ラグ・ヴァーダの武神が滅び、宇宙に飲み込まれるのを、じっと見つめていた。

黒雲の代わりに、海からきた白い霧が、街を覆っていた。その霧の中から――ルナの待ち人は、姿を現した。

 

 彼は、足を引きずるようにして、現れた。

 その人は、思っていたよりずっと大きかった。

 かつて、夢の中で見た、ちいさな少年の姿ではない。

 苦痛と苦悩にまみれ、100年分も生きたように髪は白髪化し、顔には、まっすぐ縦に、傷が走っていた。

 服も鎧も、ボロボロだった。白と薄青の衣装は破け、ほこりまみれだった。

 彼は、凛々しい顔を、最初はおどろきに――つぎは、喜びに変えた。

 

 「ルナ」

 

 ――ルナが、夢で聞いた声だった。

 

 やっと、会えたね。

 

 彼はそう言って、ぐらりと倒れた。

ルナは、受け止めた。

ひどく重かった。

彼が抱えて来たものの重さを確かめるように、ルナは抱きしめた。

 

お帰り――それはきっと、アンジェの言葉だ。

 

ルナは言った。

メルヴァの、重い身体を抱いて。

一滴の、涙をこぼしながら。

 

「おつかれさま、メルヴァ」

 

――ありがとう。

 

メルヴァは、眠りについた。

ルナの声を聞いて、安心したように、微笑んで。

 

 

 



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