「――ルナが呼んでる。急げ」

 「急げと申されましても、この霧では――」

 ルナのメッセージを受け取ったのは、ペリドットだった。彼は、すべてが終わったあと、休む暇もなく立った。アンジェリカを連れて。

 ララの救助ヘリでサルーディーバを迎えに行き、そのまま、アストロスへ降り立った。

 アンジェリカたちは、まだ目的を知らされてはいない。ケンタウル・シティのスペース・ステーションは、まったくの無人だった。

 「ジュエルス海で、メリッサさんが、船を用意して待っていてくださるはずです」

 シグルスが言った。

 自動車には、運転手一名と、ペリドットとアンジェリカ、サルーディーバ、シグルスが乗っていた。

宇宙船から運んできたララの私用車のエンジンはかけられたが、運転手は戸惑っていた。なにせ、一寸先も見えない、深い霧である。

 

 「行け――とにかく、まっすぐ」

 ペリドットが指を指した方角だけ、急に霧が晴れた。

 「この霧をつくりだしているのは、エタカ・リーナ山岳の神。俺の前世は、妻神だ」

 「ええっ!?」

 アンジェリカとサルーディーバも初耳だった。

 三千年前、エタカ・リーナ山岳に、ラグ・ヴァーダの武神の刀を封じたのは、女神官。ペリドットの前世である彼女は、そのままエタカ・リーナ山岳の神の妻となってしずまった。

 「理屈は、ラグ・ヴァーダの女王と同じだ」

 武神を封じ、見張るため、自分もともに鎮まる。刀も滅び、なきがらも滅びた今、それぞれの身も自由になった。

 「俺がいれば、霧は晴れる」

 不思議なことに、自動車が進むほどに、目前の霧は晴れていく。

 信号も動かない、無人の霧深い街を、自動車はジュエルス海に向かって走った。

 

 「――参ったわ」

 メリッサは、ジュエルス海沿岸で、途方に暮れていた。だいたい、想像はしていたが、シャトランジ! によって、L20の軍艦はすべて大破していて、つかえそうなものはひとつもない。

 ガクルックスから、不思議とメリッサの運転する道筋は晴れて、なんの障害もなくここまで来られたのだが、ついにストップしてしまった。

 

 そんなメリッサの困惑をキャッチしたのが、クルクス門前にいたマルコだった。

 「ン?」

 「どうした、マルコ」

 クルクスの門前、ルナに気づかれないように、息を詰めるようにして身を潜めていた天使隊とアズラエル、グレンだったが、急にマルコが動いたので、おどろいた。

 「メリッサさんが、船がなくて、困ってる」

 「メリッサさんが?」

 「うん。ジュエルス海の向こう岸にいる」

 マルコは、まっすぐ、霧の向こうを指した。

 「フィロー、それから、テッサとサミュエル、手助けに行っテ」

 「わかった」

 天使たちは、霧の向こうに飛んでいく。

 海を渡ってくる天使たちに気づいて、メリッサが歓迎の声を上げたのは、それから間もなくだった。

 

 アンジェリカとサルーディーバは、それはそれは、へとへとにつかれていた。ルナが呼んでいるという言葉に引きずられてここまで来たが、自動車に乗った途端に、意識を失った。

 彼女たちが目覚めたのは、ジュエルス海に着いたときだった。

 

 「戦艦が――!」

 道筋以外は、ほとんど霧に包まれて見ることがかなわなかったが、ペリドットたちは、ここに来るまで、アストロスの崩壊ぶりを目の当たりにしてきた。想像以上の戦いが、この地で繰り広げられていたのだ。

惨憺たる街の有り様に、シグルスも絶句していたところへ、やっとジュエルス海に着いたと思えば、目の前の海に半分沈んでいる戦艦の数々。

 どう見ても、すさまじく大きなものに圧縮されたように、ぺちゃんこにつぶれている戦艦もあった。

 「――なんだこれ」

 「アストロスで、いったい、なにが起こっていたというのです?」

 アンジェリカもサルーディーバも、さすがに目が覚めた。言葉を失って、めのまえの光景を見つめていた。

 

 「サルーディーバ様、アンジェリカ様!」

 「メリッサ!」

 メリッサが、一行の姿を見つけて駆け寄ってきた。

 「船はどれもオダブツだな」

 ペリドットが、呆れ声で言い、「クルーザーも持ってくるべきでしたね」とシグルスの舌打ち。

 引き返して、クルーザーを持ってくるか、アクルックス方面に向かうか――急がねば、せっかくの「霧」が晴れてしまう。

選択を迫られていた彼らのまえに現れたのは。

 

 「クルクスへは、わたしたちがご案内します」

 天使たちが、胸に手を当ててお辞儀をし、あいさつをした。

 「あなたたちは――!」

 「サルーディーバさま、お会いできて、光栄でございます」

 三人の天使は、サルーディーバの手を取り、口づけをし、ペリドットにも挨拶をした。

 「ラグ・ヴァーダの女王さまの末裔であらせられる御方に、サルディオーネ様、こんなところでお会いできるとは思いませんでした」

 テッサが代表して言った。

 「まだ、くわしくは聞いていないが、今回のいくさでは、大活躍だったそうだな」

 ペリドットが親しげにテッサの肩を叩くと、彼はにっこりと笑った。

 「まずは――メルーヴァ姫様がお待ちです。急ぎましょう」

 「ルナが?」

 「はい」

 アンジェリカの問いに、テッサはうなずいた。

 

 サルーディーバとアンジェリカをテッサが。ペリドットとシグルスをフィロストラトが。メリッサと運転手を抱えようとしたサミュエルには、運転手が怖気づいて、「わ、わたしはここで待っています!」と遠慮したので、サミュエルは、メリッサ一人を連れて羽ばたいた。

 彼らがクルクスの門前まで着くのは、すぐだった。

 アンジェリカもサルーディーバも、ふた柱の武神像を見上げ――それから、すぐに気付いた。

 

 門の向こうにいる、存在に。

 

 「――ルナ」

 「アンジェ」

 ルナはずっと、膝に乗せた人間の頭を撫で続けていた。いたわるように。

慈しむように。

 ルナはそっと、立ち上がった。長い間座り続けていたせいで、足が固まって動けなかった。ルナは這いずるようにして、そっとメルヴァの頭を地面に置いて、アンジェリカがこちらへ来るのを待った。

 

 ――アンジェリカも、サルーディーバも、ようやく、悟った。

 この霧の意味を。

 そして、ルナが膝に抱いていた人物が、何者なのかも。

 

 「メルヴァ!!!」

 

 アンジェリカの叫び。

 彼女は、小さな身体を目いっぱい伸ばし、駆けた。そして、飛びついた。

つめたくなった、婚約者に。

 ――かつての、幼馴染みに。

 



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