「ルナちゃん! ――兄貴!?」 街の方から駆けてきたのは、スタークだった。 「スター「スターク!!」 アズラエルが、久々の弟との邂逅に目を丸くしたが、彼より先にスタークの名を呼び、両腕を広げたのはマルコだった。 アズラエルは、マルコが「お義兄さん」と言っていた意味を、ようやく解した。 「オリーヴの方じゃなくて、こいつか」 アズラエルは、それなりにびっくりした。 だが、両思いとはいかないらしい。スタークは、三メートルも手前で急ブレーキをかけた。 「ヨッホー! 兄貴! ひさしぶり!!」 スタークが飛びついたのは、大好きな兄貴の方だった。マルコの、隠しもしないガッカリ顔。スタークは兄貴との再会を短く喜び、すぐにウサギのほうへ興味をうつした。 「ルナちゃん! ルナちゃんだよな? 生身でははじめまして! 俺、スタークだよ」 「スタークさん!!」 ルナのうさ耳がぴょこたんと立った。 ルナとスタークは、もうずいぶんも前に、テレビ電話でお目見えしている。ペリドットに、かえるのように張り付いていたルナは、ようやく降りて、スタークと握手をした。 「E353じゃ、俺だけ会えなかったもんな。会えてうれしいよ」 「あたしもでしゅ!!」 「いっや~、本物見ると、マジでうさこちゃんだな。犯罪だぜ兄貴」 アズラエルは聞こえないふりをした。いまさらというやつだ。どうせ、グレンと並んでも、セルゲイと一緒でも、犯罪なのだ。 「ツキヨばーちゃんが、メンケント・シティにいるぞ」 「うん。できれば会っていきてえけど、どうなるかな……」 フライヤ総司令官は、そういうところ甘いから、頼めば一日くらい時間をつくってくれるだろうけど、とスタークは笑い――すぐに、表情が消えた。 スタークが何を見ているかは、アズラエルにもわかった。 いままでは霧で見えなかった、腐食した入り口の街の様子をだ。再会のなごやかな空気を吹き飛ばし、一気に現実に呼びもどす、無残な光景だった。 「俺は、ヒュピテムたちを――ええと、エタカ・リーナ山岳で遭難してた、王宮護衛官たちを救助して、クルクスに来てから、一歩も外に出られなくなっちまって。まるで事態が把握できてねえんだが、ようするに――終わったんだよな?」 「ああ、終わった」 答えたのは、ペリドットだった。 「そうか」 スタークは、兄そっくりの顔で、うなずいた。 「兄貴たちとも、ゆっくり話したいのはヤマヤマだが、とにかくフライヤ総司令官に合流しねえと――」 「さっき、ここまで来たんだぜ」 「え!?」 「メルヴァの遺体を、連れて行った」 「……」 兄の言葉に、スタークは一瞬だけ神妙な顔をし、それから、マルコに向かって怒鳴った。 「マルコ、行ける?」 「ええ」 マルコが嬉しそうに微笑んだ。 スタークは、私用機にでも乗るように、勝手知ったる調子でマルコに乗った。 「しばらく兄貴たちは、クルクスにいるんだろ」 「ああ」 「じゃあ、あらためて、また来るよ」 「スタークさん、気を付けてね!」 「うん」 ルナも手を振った。マルコとスタークは、地上を離れた。天使たちも、ルナたちに一礼し、あとを追って羽ばたいていく。 「なんだかんだいいながら、仲は良いじゃねえか」 アズラエルが、顎髭を撫でながら、それを見送った。 そこへ、入れ違いのように、軍のジープに乗ったザボンが現れた。 彼は、ルナたちを――ルナとアズラエル、グレン、セルゲイ、ペリドット、シグルスの顔を順番に見つめ、深々と礼をした。 「ありがとうございました」 ルナたちは、そのまま、L20の軍ジープに乗せられて、クルクスの城まで行った。 カザマが、城の手前で待ち構えていた。 アストロスの女王が、騎士と娘の帰還を待ちかねていたように、ルナたちが車から降りるのも待たずに、ハイヒールで門前の坂道を駆け下りてきた。 ルナは、カザマに抱きしめられ、「ルナさん! 無事でよかったわ――メルーヴァ姫のお部屋からいなくなっているものだから、心配して――ルナさん!?」 ルナは、カザマの顔を見て安心しきったのか、オチるように眠っていたのだった。 城のVIPスイートルームに通されたアズラエルたちも、ザボンが「お食事のご用意はどうされます――」と振り返ったときには、みんな行き倒れのように寝ていた。 シグルスと二人で苦笑し、あとはシグルスにまかせて、ザボンは退室した。 地球行き宇宙船は、大幅なメンテナンスのために、一ヶ月あまり、アストロスに停泊することになった。 船内下部の操縦室は、完璧と言えるまでに無事だったが、そのために、船内上部の街は、壊滅的打撃を受けたのだ。ほぼすべての街は焼失した。奇跡的にも、比較的無事な景観を保っていたのはK13区の「ルーシー&ビアード美術館」のみである。 ララが、すさまじいまでの、念には念の入れようで、美術館自体を、強固な外壁でおおうという、尋常ではない真似をしたので、貴重な文化財は失われずに済んだ。 地球行き宇宙船は、来年の4月地球到着予定が一ヶ月ずれこみ、5月到着予定になった。滞在期間も延長され、地球を出るのは8月になる。 壊滅的打撃を受けたのは、地球行き宇宙船だけではない。アストロスのナミ大陸も同じであった。E353やマルカまで避難した住民たちが徐々にもどりはじめるのは、ルナたちがアストロスを出航したあとになる。 いまは、アストロス軍とL20の軍――E002に待機していたアズサ中将の大隊も入星し、復興作業に入りはじめたところだった。 結論から言うと、味方の駒となったニックやベッタラ、エマルたちは無事だった。 シャトランジ! 盤がなくなって、一番先に目覚めたのはニックだった。 陸地にいた彼は、まず自分が五体満足であったことを喜び、それから、激戦の地を、呆けたように見つめた。それから、あわてて飛び立った。おそらく、盤の位置では、海にしずんだ仲間もいるはずだ。 ベッタラは、すぐ見つかった。彼は陸地にいた。だが、エマルとデビッドは、確実に海の中だ。 「エマルさあん! デビッドさあん!」 ニックは、海の方へ向かった。 エマルは――フィルズを取ったエマルは、やられたわけではないので、意識は失っていなかった。足元の黄金盤が消えた時点で海に放り出されておどろきはしたが、アンブレラ諸島がちかくに見えていたので、パワフルママは、自力で泳いで島に到着し、救助を待っていたのだった。 「うおーい! こっちだよ!!」 「エマルさん!!」 エマルを見つけたのは、ミシェルを乗せた、セプテンおじいさんだった。 デビッドは、海上に浮いていた。まるで、星守りが浮き輪にでもなったかのように、あおむけになって浮いていた。 デビッドを海からすくい上げ、泣きながらふたりを捜していたニックと合流し、ベッタラも乗せて、フライヤたちがいるガクルックス総司令部に到着したのは、ルナたちがクルクスで意識を失っている真っ最中だった。 もちろん彼らは、英雄として迎えられた。 意識不明のベッタラが、アノール族に囲まれて、やいのやいのと担がれて医務室に運ばれていった。太鼓の盛大な音で祝われながら。 「ニック!」 「ぼにーじゃんんんん!!!!!」 ニックは、天使隊の中にマルコの姿を見つけて、どばびしゃと顔中から涙と鼻水を飛ばしまくった。連絡は取りあっていたが、まさに百年以上ぶりの、兄弟の再会であった。 「ぼんどにぎでぐれだの!!!!」 「ニック、よく頑張った」 マルコは、ずいぶんたくましくなった弟の背を、ぽんぽんと叩いた。 「があぢゃんんんん!!!!!」 「エバブざああああんんn!!!!」 こちらでも、オリーヴとベックが、涙と鼻水まみれで飛びついてきたのを見て、エマルは爆笑した。 「なんだい!? ものすごい顔しやがって!!」 「があぢゃああああ!!!!!」 息子がもう一人、エマルの無事を認めて飛びついてきたので、エマルはさすがによろめいた。 「まったくおまえら! ママのおっぱいが恋しい歳じゃねえだろ!!」 エマルは呆れ声で叫び、 「それより、アズのアホを叩きなおしてやらなきゃ! あたしだったら、ストレート五発で、あんなモン沈めてたね!」 アストロスで最強だったのは、このメスライオンだったかもしれなかった。 |