百九十八話 終息



 

 「ルナちゃん! ――兄貴!?」

 街の方から駆けてきたのは、スタークだった。

 「スター「スターク!!」

 アズラエルが、久々の弟との邂逅に目を丸くしたが、彼より先にスタークの名を呼び、両腕を広げたのはマルコだった。

 アズラエルは、マルコが「お義兄さん」と言っていた意味を、ようやく解した。

 「オリーヴの方じゃなくて、こいつか」

 アズラエルは、それなりにびっくりした。

 だが、両思いとはいかないらしい。スタークは、三メートルも手前で急ブレーキをかけた。

 「ヨッホー! 兄貴! ひさしぶり!!」

 スタークが飛びついたのは、大好きな兄貴の方だった。マルコの、隠しもしないガッカリ顔。スタークは兄貴との再会を短く喜び、すぐにウサギのほうへ興味をうつした。

 

 「ルナちゃん! ルナちゃんだよな? 生身でははじめまして! 俺、スタークだよ」

 「スタークさん!!」

 ルナのうさ耳がぴょこたんと立った。

 ルナとスタークは、もうずいぶんも前に、テレビ電話でお目見えしている。ペリドットに、かえるのように張り付いていたルナは、ようやく降りて、スタークと握手をした。

 「E353じゃ、俺だけ会えなかったもんな。会えてうれしいよ」

 「あたしもでしゅ!!」

 「いっや~、本物見ると、マジでうさこちゃんだな。犯罪だぜ兄貴」

 アズラエルは聞こえないふりをした。いまさらというやつだ。どうせ、グレンと並んでも、セルゲイと一緒でも、犯罪なのだ。

 

 「ツキヨばーちゃんが、メンケント・シティにいるぞ」

 「うん。できれば会っていきてえけど、どうなるかな……」

 フライヤ総司令官は、そういうところ甘いから、頼めば一日くらい時間をつくってくれるだろうけど、とスタークは笑い――すぐに、表情が消えた。

 スタークが何を見ているかは、アズラエルにもわかった。

 いままでは霧で見えなかった、腐食した入り口の街の様子をだ。再会のなごやかな空気を吹き飛ばし、一気に現実に呼びもどす、無残な光景だった。

 

 「俺は、ヒュピテムたちを――ええと、エタカ・リーナ山岳で遭難してた、王宮護衛官たちを救助して、クルクスに来てから、一歩も外に出られなくなっちまって。まるで事態が把握できてねえんだが、ようするに――終わったんだよな?」

 「ああ、終わった」

 答えたのは、ペリドットだった。

 「そうか」

 スタークは、兄そっくりの顔で、うなずいた。

 「兄貴たちとも、ゆっくり話したいのはヤマヤマだが、とにかくフライヤ総司令官に合流しねえと――」

 「さっき、ここまで来たんだぜ」

 「え!?」

 「メルヴァの遺体を、連れて行った」

 「……」

 兄の言葉に、スタークは一瞬だけ神妙な顔をし、それから、マルコに向かって怒鳴った。

「マルコ、行ける?」

 「ええ」

 マルコが嬉しそうに微笑んだ。

 スタークは、私用機にでも乗るように、勝手知ったる調子でマルコに乗った。

 「しばらく兄貴たちは、クルクスにいるんだろ」

 「ああ」

 「じゃあ、あらためて、また来るよ」

 「スタークさん、気を付けてね!」

 「うん」

 ルナも手を振った。マルコとスタークは、地上を離れた。天使たちも、ルナたちに一礼し、あとを追って羽ばたいていく。

 

 「なんだかんだいいながら、仲は良いじゃねえか」

 アズラエルが、顎髭を撫でながら、それを見送った。

 そこへ、入れ違いのように、軍のジープに乗ったザボンが現れた。

 彼は、ルナたちを――ルナとアズラエル、グレン、セルゲイ、ペリドット、シグルスの顔を順番に見つめ、深々と礼をした。

 「ありがとうございました」

 

 

 

ルナたちは、そのまま、L20の軍ジープに乗せられて、クルクスの城まで行った。

カザマが、城の手前で待ち構えていた。

アストロスの女王が、騎士と娘の帰還を待ちかねていたように、ルナたちが車から降りるのも待たずに、ハイヒールで門前の坂道を駆け下りてきた。

ルナは、カザマに抱きしめられ、「ルナさん! 無事でよかったわ――メルーヴァ姫のお部屋からいなくなっているものだから、心配して――ルナさん!?」

ルナは、カザマの顔を見て安心しきったのか、オチるように眠っていたのだった。

城のVIPスイートルームに通されたアズラエルたちも、ザボンが「お食事のご用意はどうされます――」と振り返ったときには、みんな行き倒れのように寝ていた。

シグルスと二人で苦笑し、あとはシグルスにまかせて、ザボンは退室した。

 

地球行き宇宙船は、大幅なメンテナンスのために、一ヶ月あまり、アストロスに停泊することになった。

船内下部の操縦室は、完璧と言えるまでに無事だったが、そのために、船内上部の街は、壊滅的打撃を受けたのだ。ほぼすべての街は焼失した。奇跡的にも、比較的無事な景観を保っていたのはK13区の「ルーシー&ビアード美術館」のみである。

ララが、すさまじいまでの、念には念の入れようで、美術館自体を、強固な外壁でおおうという、尋常ではない真似をしたので、貴重な文化財は失われずに済んだ。

 地球行き宇宙船は、来年の4月地球到着予定が一ヶ月ずれこみ、5月到着予定になった。滞在期間も延長され、地球を出るのは8月になる。

 

 壊滅的打撃を受けたのは、地球行き宇宙船だけではない。アストロスのナミ大陸も同じであった。E353やマルカまで避難した住民たちが徐々にもどりはじめるのは、ルナたちがアストロスを出航したあとになる。

 いまは、アストロス軍とL20の軍――E002に待機していたアズサ中将の大隊も入星し、復興作業に入りはじめたところだった。

 

 結論から言うと、味方の駒となったニックやベッタラ、エマルたちは無事だった。

 シャトランジ! 盤がなくなって、一番先に目覚めたのはニックだった。

陸地にいた彼は、まず自分が五体満足であったことを喜び、それから、激戦の地を、呆けたように見つめた。それから、あわてて飛び立った。おそらく、盤の位置では、海にしずんだ仲間もいるはずだ。

 ベッタラは、すぐ見つかった。彼は陸地にいた。だが、エマルとデビッドは、確実に海の中だ。

 「エマルさあん! デビッドさあん!」

 ニックは、海の方へ向かった。

 エマルは――フィルズを取ったエマルは、やられたわけではないので、意識は失っていなかった。足元の黄金盤が消えた時点で海に放り出されておどろきはしたが、アンブレラ諸島がちかくに見えていたので、パワフルママは、自力で泳いで島に到着し、救助を待っていたのだった。

 

 「うおーい! こっちだよ!!」

 「エマルさん!!」

 エマルを見つけたのは、ミシェルを乗せた、セプテンおじいさんだった。

 デビッドは、海上に浮いていた。まるで、星守りが浮き輪にでもなったかのように、あおむけになって浮いていた。

 デビッドを海からすくい上げ、泣きながらふたりを捜していたニックと合流し、ベッタラも乗せて、フライヤたちがいるガクルックス総司令部に到着したのは、ルナたちがクルクスで意識を失っている真っ最中だった。

 

 もちろん彼らは、英雄として迎えられた。

 意識不明のベッタラが、アノール族に囲まれて、やいのやいのと担がれて医務室に運ばれていった。太鼓の盛大な音で祝われながら。

 「ニック!」

 「ぼにーじゃんんんん!!!!!」

 ニックは、天使隊の中にマルコの姿を見つけて、どばびしゃと顔中から涙と鼻水を飛ばしまくった。連絡は取りあっていたが、まさに百年以上ぶりの、兄弟の再会であった。

 「ぼんどにぎでぐれだの!!!!」

 「ニック、よく頑張った」

 マルコは、ずいぶんたくましくなった弟の背を、ぽんぽんと叩いた。

 

 「があぢゃんんんん!!!!!」

 「エバブざああああんんn!!!!」

 こちらでも、オリーヴとベックが、涙と鼻水まみれで飛びついてきたのを見て、エマルは爆笑した。

 「なんだい!? ものすごい顔しやがって!!」

 「があぢゃああああ!!!!!」

 息子がもう一人、エマルの無事を認めて飛びついてきたので、エマルはさすがによろめいた。

 「まったくおまえら! ママのおっぱいが恋しい歳じゃねえだろ!!」

 エマルは呆れ声で叫び、

 「それより、アズのアホを叩きなおしてやらなきゃ! あたしだったら、ストレート五発で、あんなモン沈めてたね!」

 アストロスで最強だったのは、このメスライオンだったかもしれなかった。

 



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