「やれやれ。大騒ぎだったな」

 バーガスが、逞しい肩をすくめて言った。

 『午後三時十五分発、E353行きの搭乗ゲートが開きます』

 アナウンスが流れた。次の便で、バーガスたちが帰るのだ。

 

 「ルナちゃん、ミシェルちゃん、ほんとに楽しかったよ」

 レオナが、ルナとミシェルをまとめて抱きしめたのに、ついにふたりは泣いた。

 メフラー親父とアマンダ、デビッドは、一日前の便で出立していた。アマンダが、一日遅らせて、ルナちゃんたちに挨拶していこうよと言ったのを、メフラー親父が首を振ったのだ。

 一度、E353で別れの言葉をつげている。何度も別れなければならないのは、年寄りにはきつい、とメフラー親父は言った。

 だが、バーガスたちが一日遅れで出るのには、なにも言わなかった。

 

 「ばーがしゅしゃん……」

 K38区の屋敷で、熱い誓いをしたときのように、ふたたび、バーガスの巨大な手とうさこのちいさなおてては、がっしりと、組み合った。

 「ルナちゃん、キッチンは、おめえの手に委ねたぜ」

 ルナはたくさん、バーガスに料理を教わった。K38区の屋敷で、みんなと過ごした思い出は、だれにとっても、忘れられないものだった。

 「バーガスさんのオムレツがもう、食べられないなんて……!」

 「L18に食いに来な。ミシェルちゃんのためだったら、いつでもつくるぜ」

 「うわーん!!」

 

 「ルナちゃん、ミシェルちゃん、チロルを可愛がってくれてありがと」

 ピエトに会えないのだけが、心残りだよ、とレオナは言った。

 「セシル、元気でね」

 「レオナも――ほんとにありがとう」

 屋敷で、一番仲が良かったふたりだった。

 「ネイシャも、一足先にあたしら、L18で待ってるからね!」

 ネイシャは、地球に到達後、メフラー商社のもとで、傭兵になる道を歩むのだ。メフラー親父とも、約束した。

 「うん! レオナねーちゃん、ありがとう!」

 

 「まさか、おまえらが残って、バーガスたちが降りることになるとは……」

 バグムントが、納得できない顔で、いつまでもつぶやいていた。バグムントは、降りるなら、アズラエルとクラウドだと思っていた。バーガスたちは、グレンのボディガードとして乗ったわけで、たしかにもう、その心配はなくなったわけだが、彼らはメフラー親父に降りることを強制されたわけではない。そのまま、地球に行くと思っていた。

 

 バーガスとレオナも、ほんとうは、このまま地球に行くつもりでいた。ラグ・ヴァーダの武神との決戦直前までは。

 そして、いまも、メフラー親父に「いっしょに帰るぞ」と言われたわけではなかった。

 

 だが、彼らも、もどらざるを得なくなったのだ。

 ふたりに決意をさせたのは、「ユージィンの死」であった。

 

 決戦が終わって一週間――ついに公開されたふたりの人物の死は、全世界を大きく揺るがした。

 ひとりは、「革命家メルヴァ」。

 もうひとりは、「ユージィン・E・ドーソン」である。

 

エーリヒが、いち早く降りる決意をしたのも、マミカリシドラスラオネザが、エビフライの宴会を待たずして降りることになったのも、同じ理由だ。

革命家メルヴァの死も、大きく取りざたされた――だが、まるで比べ物にならないくらいの重大さで取り上げられたのが、ユージィンの死だった。

 アストロスを震撼させた、革命家メルヴァの死は三日、新聞をにぎわせて終わった。

ラグ・ヴァーダの武神ときたら、あの苛烈な戦いはいったい何だったのかと思うほど、闇に葬られ、表ざたにはされていない。表ざたにしようにも、あの不可思議な黒もやや、シャトランジ! の駒は、だれのカメラにも映っていなかったのだから、しかたがない。

 

それよりも、なによりも、ユージィンの死亡が世界にもたらした影響のほうが、はるかに大きかった。

軍事惑星の状況は、一変しつつある。

それにともない、L4系の原住民も不穏なうごきを見せ始めている。

マミカリシドラスラオネザの故郷もそうだった。彼女の村の周囲が、きなくさい状況になってきたので、彼女は故郷に呼ばれ、バーガスたちも、「地球なんて行ってる場合じゃねえ」ということになったのである。

メフラー親父たちも、帰路を急いでいた。

どう考えても、ひと波乱ありそうだった。

 エーリヒはいわずもがな――だが、L18の心理作戦部は、文字通り崩壊したと言っていいだろう。いまはアイリーンが預かっていて、「貴様の帰還を待つ」とエーリヒに言ったが、彼がL18で、心理作戦部の立て直しを図るとは思えなかった。

 「さよなら! バーガスしゃん、レオナしゃん、ちろるちゃーん!!」

 「また会おうね!」

 「おう! かならず遊びに来いよ!」

 「元気でね!!」

 バーガスとレオナが、チロルを抱いて、バグムントとともに、搭乗口へ向かっていくのをながめ、クラウドは軍事惑星のこの先を思った。

 

 

 

 それから数日もせず、今度は、エーリヒとジュリが帰路に発つ日になった。

 クラウドとエーリヒは、アストロスのスペース・ステーションにいた。今度は、だれも見送りがいない。それもそのはずだ。エーリヒは、本当の出立の時間を、こっそりクラウドだけに告げた。

 「ほんとに、だれにも告げずに行くの」

 「ああ」

 「ルナちゃんにも?」

 エーリヒは顔を上げた。

「私がいちばん、別れがたいのがだれか、分かっているような言い方だね」

 

 エーリヒは、ルナとミシェルには別れをすでに告げた、と言った。

 あの日、ふたりに、来年渡すはずだったプレゼントを渡した日、三人で、活気を取り戻しつつあるクルクスの街中を歩いた。

 お茶をして、ショッピングをするという、実に平凡で、貴重な時間を過ごした。

 エーリヒのネクタイには、黒いタカのネクタイピンが光っている。プレゼントのお礼にと、ルナとミシェルがお金を出し合って、エーリヒに贈ってくれた宝物だった。

 

 「わたしに、タカのモチーフを贈るなんて、宇宙船でともだちになった彼女たちしかいないだろうね」

 「君は、なぜかいつもバラばかりだったね」

 エーリヒのバースデイに、彼の机にあがっている数少ないプレゼントは、たいていバラの花束か、菓子か、石鹸やらキャンドルであった。

 

 「まっすぐ、L18へ?」

 「いいや」

エーリヒのそばには、それなりに大きな黒いトランクがひとつと、黄色の花柄のトランクがある。黄色い方が、ジュリのものだ。

 この宇宙船に乗って、あまりにも生まれ変わった人間は、ジュリをおいてほかにないだろう。彼女の荷物が、これだけのトランクにおさまりきるとはだれも思わなかった。ジュリはカレンたちと暮らして変わり、ルナたちと暮らしてさらに変わり、エーリヒと婚約して、劇的な変化を遂げた。

 「ジュリのたいせつな人だという、エレナに会いに行って、L22へ向かおうと思う」

 構内のショッピング・センターに直行したジュリは、まだもどってこないが、放っておいて平気だろう。

 

 「今のジュリを見たら、エレナは仰天するだろうな」

 「そうなのかね? だとすればわたしは、宇宙船に乗ったばかりのころの、ジュリに会いたかったなあ」

 「いやあ、それは、君でも苦労したと思うよ」

 「そうかな――そういえば、ベンはいま、どのあたりだろうね」

 「さあ。無事にイマリと合流できたかな」

 

 ベンとは、宇宙船の中央区役所で別れたのが最後だ。無事に宇宙船から脱出できたかどうか。エーリヒもクラウドも、まさか、宇宙船から出られなくなっているとは思いもしなかったし、ベンの任務はたしかにあの時点で終わっていた。

 だが、船内に、ベンの遺体も存在も残っていないし、イマリの存在も宇宙船からは消えていた。イマリは、なんと、アストロスで強制降船のレッドカードを発行されていた。

じっさい、船内の大火災で、株主も多く宇宙船を降りたし、この時期にはほとんど船客も残っていない。

 



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