――これは、余談である。

 ラグ・ヴァーダの武神との決戦が終了したのち、アストロスの交通は、日常を取り戻した。

 バーダン・シティのスペース・ステーションで足止めを食らっていたイマリは、ようやく出航し、E353、マルカ、リリザと経由して、数ヶ月後――L系惑星群にたどり着いた。

 サムが言ったとおり、宇宙船のパスカードをかざせば、どのホテルも交通機関も無料だった。

 彼女は、やっとL67の生家にたどりつき――その一週間後、行方不明となった。

 担当役員であったサムは、彼女の家族から、イマリが行方不明になったことを知らされた。

 

 「ですが、一度は、ご自宅にもどられたのですよね」

 イマリは確かに、自宅に戻った。ベンという男性に、非常に怯えていて、彼の特徴を言い、「彼が来たら追い返して! 私を殺そうとしているの」と鬼気迫る顔で言った。

 

 「ええ――たしかに。たしかにベン・J・モーリスという男性とはおつきあいされていました。――え? 詐欺? ベンという方はたしかに軍人ですよ。ええ、間違いありません。職業を詐称しては、宇宙船には入れませんから。いいえ、さすがに軍人は詐称できません。そりゃあ、スーパーでバイトしていたとか、個人的に家庭教師をしていたとか、その程度なら詐称もあるでしょうが、あなたも軍人でしたらご理解していただけると思います。ナンバーが振られてますから――そう、軍人の詐称は無理です。――そう――ええ。は? いいえ――けっして、仲が悪いというふうには見受けられませんでした。なぜなら、イマリさんが強制降船になったのも、彼からもらった指輪を、あの非常時に、むりやり宇宙船に取りに行こうとしたからなんです」

 

 サムと、イマリの家族のやり取りは、担当役員が責任を取る一年間の限界までつづいた。

 イマリの地元近辺で、ベンらしき人物の目撃情報があった。イマリは、ベンに連れ去られたか――あるいは、着いて行ったかどちらかの可能性が高くなった。

 そして、イマリの叔母が、イマリがこっそり電話をしているのを耳にしていたことが発覚した。

『そんなに――そんなに、あたしを愛してくれてるの』

 彼女は涙ぐんでいた。

 『もういいわ――ごめんなさい。バカなこと考えて。あなたと一緒なら、どこへだって行くわ――大好きよ、』

 相手の名前は、聞こえなかった。イマリは、その電話の次の日からいなくなった。

 

 その事実を、イマリの姉が叔母から聞いたのは数ヶ月後である。彼女は当然激怒したが、叔母や両親は、すでにイマリを捜すことをあきらめていた。

サムは、一年も彼の姉とやりとりして、ようやく理解してきたが、イマリの家族で、イマリを心配しているのは姉と義兄だけで、それ以外の人間は、両親でさえ――イマリのことをあまり気にかけていないことが伺い知れ、さすがに彼も同情したのだった。

 なんとかしてやりたくても、サムがイマリのことで相談に乗れるのは、一年きりである。

 

 「――駆け落ち、とみてよいのではないでしょうか」

 イマリの家族は――いや、姉と義兄は、イマリを捜しつづけ、サムの尽力もあったが、見つからない。

 「はい、はい。わたしどもの見た限りでは、決して――ええ。だまされているという感じではありませんでしたし、れっきとした軍人の方です。ええ、L18の貴族軍人です。――はい、L18。――なぜそれを先に言わないって――でも、ベンさんも、自宅にもどられている形跡はないんです。はい、すでに降船扱いになっています。三ヶ月過ぎまして、はい。おふたりは、仲が良かったです。デートもよくしていて――ええ、指輪。婚約もしていたのではないですかね? あれだけ意固地になって、取りに行こうとしていた指輪ですし――ですから、イマリさんがご自宅にもどられて以降、宇宙船のパスカードをつかわれた形跡はないんです。ベンさんもです。そろそろ期限もきれます、ですから――」

 

 イマリとベンの行方は、ついに分からなかった。

 

 

 

 「ここが、メルーヴァ姫の部屋ね――へえ」

 ルナは、ミシェルを、城内のメルーヴァ姫の部屋に連れてきた。なにもない、広い部屋の窓を開け、半円形のベランダに出た。

 「すごい――! アストロスが一望できるじゃない!」

 「うん!」

 涼しい風が吹いてきた。

ルナとミシェルは、ベランダの手すりのすきまから足を投げ出し、座り込んだ。顔をはさんで、ふたりで変顔をした。

 

「……メルーヴァ姫様が、そんな顔しちゃダメだよ」

「ラグ・ヴァーダの女王様だってだよ」

ふたりとも、とてもではないが、それぞれの恋人には見せられないひどい有り様だ。

 でも、そんな顔をせざるを得なかったのだ。

 

 「わーっ!!!!!」

 ミシェルが叫んだ。

 「ぷぎゃー!!!!!」

 ルナも叫んだ。

 さいわいにも、この城は広大すぎて、「どうしました!?」と駆け込んでくる人間はいなかった。

 

 エーリヒとジュリが、去った。

 バーガスとレオナ、チロルも帰った。

 マミカリシドラスラオネザも、去った。

 アンジェリカも、降りてしまう。

 

 「――セシルさんとネイシャはどうすんのかな」

 「ベッタラさんが帰ることになったら、いっしょに帰るよね」

 

 ピエトと、ミシェルとリサはもどってくる。

 だけども。

 「新しい家で暮らすのは、七人か……」

 ルナとアズラエル、ミシェルとクラウドに、セルゲイとグレン、ピエト。

 そもそも、あの家はもとどおりになるのか、わからなかった。別の区画で暮らすことになるのか、まだ、それすらもわからない。

 ふたりはまだ、様々な感情を整理しきれないでいた。

 

 「……メルヴァはね、とってもいけめんだったよ」

 ルナは、唐突に言った。

 「ルナ、怖くなかったの」

 メルヴァがめのまえに現れたとき。

 「うん……ぜんぜん、怖くなかった」

 ほんとうだった。一瞬の出会いであり、別れだった。とても長い間、待ちかねていた――。

 

 「あたしもね、マリーちゃんと話したよ」

 「ほんとに!?」

 「うん――あたしたちと、お茶したいって、言ってた」

 「……そっか」

 ルナとミシェルは、夕日が沈もうとしている、ジュエルス海のほうを見つめた。

 

 「ミシェル」

 「うん?」

 「ぜったい、地球に行こうね」

 「――うん」

 「あたし、ひとりきりになっても、きっと行くよ」

 ルナの決意に、ミシェルが目を見開いた。そして笑った。

 「あたしだって、なにがあろうとも、行くよ」

 

 

 

 「おまえ、去年から、火傷だらけじゃねえか」

 「それを言わないでください。でも、寿命だけはよけいに頂きましたから」

アズラエルは、ルナたちの様子を見に来たチャンと、VIPホテルの廊下を歩いていた。

あのとき、寿命塔に腕を突っ込んだ連中は、寿命塔に捧げた寿命プラス三年分をもらったらしい。

 「返したのに、よけいにもらってしまって、なんだか際限のない礼状のやりとりですよ」

 チャンはメガネを押し上げた。バグムントなんぞは大喜びしていたが、ナキジンは百年分リターンしてきたわけで、「何年生きるつもりだ」とその場にいた全員に突っ込まれていた。

 

 「あなたも、もどってくるとは」

 ずいぶんな覚悟で、ルナさんから離れたんでしょうに――チャンは言った。アズラエルの心境を、だれよりも理解していたのがこの男だったことに、アズラエルはおどろいてもいた。

 「まァな。ルナが魅力的過ぎて、あきらめきれなかった。やっぱりもどる羽目になったよ」

 チャンはめずらしく笑った。

「――軍事惑星出身者と、L7系の女性は相性がいいようですよ」

「だれが言ったんだ、そんなこと」

「宇宙船役員の間で、統計を取っている人間がいるのです。宇宙船内で結ばれたカップルを統計しているのですが――」

 チャンは、携帯を弄って、その統計画面を出してアズラエルに見せた。

「軍事惑星出身者と、L7系では接点も少ないですし、カップルの実際の数は少ないのですが、宇宙船を出てからも長続きする確率が高いそうです。逆に、宇宙船を降りて、即別れるのはL5系とL6系のカップルがもっとも多いらしく、」

「……ヒマなんだな。宇宙船役員って」

「なにを馬鹿な。勤勉と言っていただきたい」

 こんな呑気な会話ができるというのは、いいことだ。アズラエルは、少なくとも、そう思っていた。

 

 すべてが終わったのだ。

 

 部屋に帰れば、ルナがドアを開けて飛び出てくる。

 命を懸けて守った、日常だった。

 

 「おかえり、アズっ!!」

 

 



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