百九十九話 サルーディーバから、サルーディーバへの手紙



 

 ――前略、アンスリーノ様。

 

 この手紙があなたに届くころには、わたしは、もうこの世にはおりませぬ。しかし、わたしの死が、ニュースとなってあなたに届くことも、あなたの周囲の者が気づいて、あなたに知らせるということもありませぬ。

 わたしの死は、だれも知ることがありません。知るのはあなたと、あなたが話すがゆえに知る、アンジェリカと、哀れな名無しの娘、アンジェリカの姉だけでしょう。

 なぜなら、わたしの死は秘されるからです。おおよそ、12年のあいだ。

 現在のL03の状況を鑑みるに、それが可能だと、サルディオーネたちは判断した。

 

 わたしの死は秘される。そう、12年の間――あなたと、アンジェリカの子が、L03にやってくるそのときまで。

 

 わたしは死にます。この身を焼き、ラグ・ヴァーダの武神の亡骸を葬りましょう。

 L05から来たすべての神官は倒れ、数少ない、王宮を守る神官たちも焼かれた。太陽と真昼の神の神殿の大僧正であった御方も、武神の亡骸によって粉々にされた。なんという力、なんという恐るべき執念。カケラとなった亡骸でさえ、絶大なる力を誇る悪神よ。

だが、まだ私がいて、サルディオーネ二名がいる。

 わたしが先に、武神のもとへ向かいます。おそらく、二度と帰ることはないでしょう。

 

 思えば、わたしは、先だっての王宮封鎖のさいに、生きながらえたことが不思議でした。

 けれども、今ならそれが分かります。

 わが命は必要であった。

ヒュピテムは、あなた方の子につかえるよう、ユハラムとモハに、L03の近代化を、ふたりのサルディオーネに、古きものと新しきものをつなぐ役割を託すため。

新しき世についていけぬものは、いつでも大勢いるものです。その者たちをも、不幸にせんがために。

 

わたしと長老会があなたに送った手紙に、あなたがお怒りになったことはよくわかっています。大層、失礼なお手紙をさしあげたと、わたしも思っています。

あなたの妻とすることによって、あの子をサルーディーバではなくしていただきたい――そうして欲しいと願ったのは、長老会ではなくわたしでございます。

長老会の者どもは、放っておけば、あの哀れな娘の正気がなくなるまで利用しつくし、貶めたことでしょう。あなたが想像するより、ずっと長老会は残虐で、ひとの感情を持たない組織であります。そう、まるでラグ・ヴァーダの武神の手先のようでありました。

 

あの子を宇宙船に乗せたことを、わたしは後悔しておりません。

あなたに、ぶしつけで、下劣なことを申しましたことも。

けれども、わたしは下劣とは思いませなんだ。なぜなら、あなたが、かならずあの子を慈しんでくださると、知っているからです。

真実、あの子を愛してくださると、わたしは知っていました。

そこに真実の愛が育まれれば、下劣ではないとわたしは考えました。なにせ、サルーディーバという者は、ひとの感情を越えるように要求される。あの子は、恋もできぬ身でありますし、その想いの持て余し方すら知らぬ。

あなたに、あの子を、ひとに戻してやってほしいとわたしは思ったのです。

 

けれども、あなたがアンジェリカを選ばれたことも、また運命。

どうか、どうか、アンジェリカを幸せにしてやってくだされ。

あの子もずっと、自分の容姿に苦しみを持っていた子でございました。どちらかを選ばねばならなかったことは明白。

それでいいのでございます。

でもどうか、アンジェリカの姉にも、幸せがあるよう導いてやってくださいませ。

 

アンジェリカの姉はあわれな娘でございます。

もはや、サルーディーバ以外に、あの子を呼ぶ名はございません。

サルーディーバとして、赤子のころから育てられ、女であるがゆえにサルーディーバにはなれぬ。

いいえ――もっとも惨いことは、サルーディーバという存在が、偽物であると知ることです。

われわれサルーディーバが、かならず通らねばならぬ道。

歴代つづいてきたサルーディーバというものの存在が、無意味であると知ること。

われわれは、まず、自分をすら、否定せねばならぬのです。

もはや象徴ですらない――主権もなく、長老会に立てられ、操られる存在。

ひとでもなく、神でもなく、それでは自分とは何なのか。

サルーディーバとなる者は、生涯ずっと、自分という者の存在に悩み続けるのです。

 

われわれサルーディーバは、偽物です。

もともと、地球人が、このラグ・ヴァーダ――L03の民を従わせるためにつくった象徴。

この星にもとから住んでいたラグバダの民の女王も、サルーディーバという御名であらせられた。

地球にもサルーディーバという永遠の命を持つ者がいた。

だから、その名をつかっただけの、ただの地球人に過ぎません。

われらL03のサルーディーバは、ほんとうの、地球のサルーディーバの子孫にあらせられるあなたの偽物です。

 

われわれはただの傀儡に過ぎぬことを。

不可思議な力とて、悪神ラグ・ヴァーダの武神がもたらしているにすぎないことを。

だれよりも聖なる者であることを求められ、悪の力を借りる。

そのことに、崩壊してゆくサルーディーバも少なくありません。

むろん、本物の真砂名の神もおられる。けれども、悪意に満ちた世界では、どうしても、ラグ・ヴァーダの武神にあやつられることが大きかった。

そして、L03は、そのような世界だったのです。

 

けれどもわたしは、自分の生を無為とは思っておりませぬ。

あわれなわたしの跡取りを、解放すること――。

あたらしいL03を導くこと。

そして、わたしの死によって、アンジェリカをも解放すること――。

思えば、それこそが、いまやラグ・ヴァーダの武神が滅ぶ証なのかもしれません。

真なる真砂名の神や、ラグ・ヴァーダの女王の思し召しかもしれません。

すくなくとも、わたしはそう感じています。

 

アンジェリカに告げて下され。

どうかこれからは、腹に宿った、新たなるサルーディーバにおつかえせよと。

アンジェリカも、姉も、エルバ家の娘。

そう――三ツ星のきずなであるメルーヴァ姫の産んだ、イシュメルの正統なる子孫。

すなわち、ふたりの産んだ子は、イシュメルであると。

そして、地球のマーサ・ジャ・ハーナの神話にある、永久に旅する老人、サルーディーバの子孫は、まぎれもなくあなた――アンスリーノさま。

アンジェリカとあなた様、ふたりのお子は、イシュメルであり、真のサルーディーバであるのだということを。

 

これからのL03は、わたしには見えぬ。

ふたりのサルディオーネは見えているようだが、それでも複雑な糸が絡み合い、混沌と化してはっきりとはわからぬようだ。

あなた方のお子が、成人したのち、どのようになるかは私にもわからぬ。

12年――わたしの死が秘されるあいだ、L03がどう変貌していくのか。

サルーディーバという象徴はなくなるのか、象徴はまだまだ必要とされるのか。

けれども、いま、たちどころにL03から象徴が消えゆくわけにはまいりません。

それゆえ、わたしは死してもなお、象徴としてL03にありましょう。

 

もし、あなたのお子がL03に降り立ったなら、そのときこそ、やっと、本物のサルーディーバが、L03を治めるときが来たと言えるのでしょう。

 

サルーディーバにすべてを捧げると誓ったアンジェリカ。

わたしが生きているかぎり、アンジェリカは、この地へもどらなくてはならない。

誓いは誓いです。守らねばなりません。

あの子の姉の幸せを願い、サルーディーバという立場から解放してやろうとすれば、アンジェリカがL03へもどるよりほかなくなる。

アンジェリカがL03にもどれば、あの子の姉の孤独は、深まりましょう。

わたしは、ふたりのあわれな姉妹に救いがないものか、ずっと考えておりました。



 けれども、真砂名の神は――真実の神は、お見捨てにならなかった。

 歴代のサルーディーバの想いをくんでくださった。

 あなたと、アンジェリカがあの地球行き宇宙船で出会ったことが、すべてのはじまりだったのでしょう。

 これからアンジェリカは、腹の中の子につかえればよい。

 L03に戻る必要はありません。

 アンスリーノ様、あなたと、健やかな家庭を築き、幸せに暮らしていくことを、この老木は望んでおります。

 

 ただ、心配なのは、あわれなわたしの跡取りだった娘。

 運命よ、神よ――哀れな子羊を見捨てたもうな。

 わたしは、それを願い、旅立ちます。

 もうゆかねばなりません。

 王宮を焼くわけにはゆかぬ。王宮から出られぬ二名のサルディオーネがいる。ではわたしは行きます。黒雲が、街に広がってゆく。いけません、止めねば。

 

 どうぞ、お達者で。

 

 アンスリーノ・マーサ・ジャ・ハーナ・サルーディーバ様

 

サルーディーバ

 

 



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