――前略、アンスリーノ様。 この手紙があなたに届くころには、わたしは、もうこの世にはおりませぬ。しかし、わたしの死が、ニュースとなってあなたに届くことも、あなたの周囲の者が気づいて、あなたに知らせるということもありませぬ。 わたしの死は、だれも知ることがありません。知るのはあなたと、あなたが話すがゆえに知る、アンジェリカと、哀れな名無しの娘、アンジェリカの姉だけでしょう。 なぜなら、わたしの死は秘されるからです。おおよそ、12年のあいだ。 現在のL03の状況を鑑みるに、それが可能だと、サルディオーネたちは判断した。 わたしの死は秘される。そう、12年の間――あなたと、アンジェリカの子が、L03にやってくるそのときまで。 わたしは死にます。この身を焼き、ラグ・ヴァーダの武神の亡骸を葬りましょう。 L05から来たすべての神官は倒れ、数少ない、王宮を守る神官たちも焼かれた。太陽と真昼の神の神殿の大僧正であった御方も、武神の亡骸によって粉々にされた。なんという力、なんという恐るべき執念。カケラとなった亡骸でさえ、絶大なる力を誇る悪神よ。 だが、まだ私がいて、サルディオーネ二名がいる。 わたしが先に、武神のもとへ向かいます。おそらく、二度と帰ることはないでしょう。 思えば、わたしは、先だっての王宮封鎖のさいに、生きながらえたことが不思議でした。 けれども、今ならそれが分かります。 わが命は必要であった。 ヒュピテムは、あなた方の子につかえるよう、ユハラムとモハに、L03の近代化を、ふたりのサルディオーネに、古きものと新しきものをつなぐ役割を託すため。 新しき世についていけぬものは、いつでも大勢いるものです。その者たちをも、不幸にせんがために。 わたしと長老会があなたに送った手紙に、あなたがお怒りになったことはよくわかっています。大層、失礼なお手紙をさしあげたと、わたしも思っています。 あなたの妻とすることによって、あの子をサルーディーバではなくしていただきたい――そうして欲しいと願ったのは、長老会ではなくわたしでございます。 長老会の者どもは、放っておけば、あの哀れな娘の正気がなくなるまで利用しつくし、貶めたことでしょう。あなたが想像するより、ずっと長老会は残虐で、ひとの感情を持たない組織であります。そう、まるでラグ・ヴァーダの武神の手先のようでありました。 あの子を宇宙船に乗せたことを、わたしは後悔しておりません。 あなたに、ぶしつけで、下劣なことを申しましたことも。 けれども、わたしは下劣とは思いませなんだ。なぜなら、あなたが、かならずあの子を慈しんでくださると、知っているからです。 真実、あの子を愛してくださると、わたしは知っていました。 そこに真実の愛が育まれれば、下劣ではないとわたしは考えました。なにせ、サルーディーバという者は、ひとの感情を越えるように要求される。あの子は、恋もできぬ身でありますし、その想いの持て余し方すら知らぬ。 あなたに、あの子を、ひとに戻してやってほしいとわたしは思ったのです。 けれども、あなたがアンジェリカを選ばれたことも、また運命。 どうか、どうか、アンジェリカを幸せにしてやってくだされ。 あの子もずっと、自分の容姿に苦しみを持っていた子でございました。どちらかを選ばねばならなかったことは明白。 それでいいのでございます。 でもどうか、アンジェリカの姉にも、幸せがあるよう導いてやってくださいませ。 アンジェリカの姉はあわれな娘でございます。 もはや、サルーディーバ以外に、あの子を呼ぶ名はございません。 サルーディーバとして、赤子のころから育てられ、女であるがゆえにサルーディーバにはなれぬ。 いいえ――もっとも惨いことは、サルーディーバという存在が、偽物であると知ることです。 われわれサルーディーバが、かならず通らねばならぬ道。 歴代つづいてきたサルーディーバというものの存在が、無意味であると知ること。 われわれは、まず、自分をすら、否定せねばならぬのです。 もはや象徴ですらない――主権もなく、長老会に立てられ、操られる存在。 ひとでもなく、神でもなく、それでは自分とは何なのか。 サルーディーバとなる者は、生涯ずっと、自分という者の存在に悩み続けるのです。 われわれサルーディーバは、偽物です。 もともと、地球人が、このラグ・ヴァーダ――L03の民を従わせるためにつくった象徴。 この星にもとから住んでいたラグバダの民の女王も、サルーディーバという御名であらせられた。 地球にもサルーディーバという永遠の命を持つ者がいた。 だから、その名をつかっただけの、ただの地球人に過ぎません。 われらL03のサルーディーバは、ほんとうの、地球のサルーディーバの子孫にあらせられるあなたの偽物です。 われわれはただの傀儡に過ぎぬことを。 不可思議な力とて、悪神ラグ・ヴァーダの武神がもたらしているにすぎないことを。 だれよりも聖なる者であることを求められ、悪の力を借りる。 そのことに、崩壊してゆくサルーディーバも少なくありません。 むろん、本物の真砂名の神もおられる。けれども、悪意に満ちた世界では、どうしても、ラグ・ヴァーダの武神にあやつられることが大きかった。 そして、L03は、そのような世界だったのです。 けれどもわたしは、自分の生を無為とは思っておりませぬ。 あわれなわたしの跡取りを、解放すること――。 あたらしいL03を導くこと。 そして、わたしの死によって、アンジェリカをも解放すること――。 思えば、それこそが、いまやラグ・ヴァーダの武神が滅ぶ証なのかもしれません。 真なる真砂名の神や、ラグ・ヴァーダの女王の思し召しかもしれません。 すくなくとも、わたしはそう感じています。 アンジェリカに告げて下され。 どうかこれからは、腹に宿った、新たなるサルーディーバにおつかえせよと。 アンジェリカも、姉も、エルバ家の娘。 そう――三ツ星のきずなであるメルーヴァ姫の産んだ、イシュメルの正統なる子孫。 すなわち、ふたりの産んだ子は、イシュメルであると。 そして、地球のマーサ・ジャ・ハーナの神話にある、永久に旅する老人、サルーディーバの子孫は、まぎれもなくあなた――アンスリーノさま。 アンジェリカとあなた様、ふたりのお子は、イシュメルであり、真のサルーディーバであるのだということを。 これからのL03は、わたしには見えぬ。 ふたりのサルディオーネは見えているようだが、それでも複雑な糸が絡み合い、混沌と化してはっきりとはわからぬようだ。 あなた方のお子が、成人したのち、どのようになるかは私にもわからぬ。 12年――わたしの死が秘されるあいだ、L03がどう変貌していくのか。 サルーディーバという象徴はなくなるのか、象徴はまだまだ必要とされるのか。 けれども、いま、たちどころにL03から象徴が消えゆくわけにはまいりません。 それゆえ、わたしは死してもなお、象徴としてL03にありましょう。 もし、あなたのお子がL03に降り立ったなら、そのときこそ、やっと、本物のサルーディーバが、L03を治めるときが来たと言えるのでしょう。 サルーディーバにすべてを捧げると誓ったアンジェリカ。 わたしが生きているかぎり、アンジェリカは、この地へもどらなくてはならない。 誓いは誓いです。守らねばなりません。 あの子の姉の幸せを願い、サルーディーバという立場から解放してやろうとすれば、アンジェリカがL03へもどるよりほかなくなる。 アンジェリカがL03にもどれば、あの子の姉の孤独は、深まりましょう。 わたしは、ふたりのあわれな姉妹に救いがないものか、ずっと考えておりました。 けれども、真砂名の神は――真実の神は、お見捨てにならなかった。 歴代のサルーディーバの想いをくんでくださった。 あなたと、アンジェリカがあの地球行き宇宙船で出会ったことが、すべてのはじまりだったのでしょう。 これからアンジェリカは、腹の中の子につかえればよい。 L03に戻る必要はありません。 アンスリーノ様、あなたと、健やかな家庭を築き、幸せに暮らしていくことを、この老木は望んでおります。 ただ、心配なのは、あわれなわたしの跡取りだった娘。 運命よ、神よ――哀れな子羊を見捨てたもうな。 わたしは、それを願い、旅立ちます。 もうゆかねばなりません。 王宮を焼くわけにはゆかぬ。王宮から出られぬ二名のサルディオーネがいる。ではわたしは行きます。黒雲が、街に広がってゆく。いけません、止めねば。 どうぞ、お達者で。 アンスリーノ・マーサ・ジャ・ハーナ・サルーディーバ様 サルーディーバ |