「え? ソフィーは、今日発ったの?」

 『そうよ。だって彼女、エーリヒさんの担当だもの』

 クラウドは、ソフィーに聞きたいことがあって中央区役所に電話を掛けたのだが、不在だった。バグムントが、バーガスたちの帰路について行ったこともあって、クラウドとアズラエルの担当は、ヴィアンカになっていた。だから、自然と電話はヴィアンカに回されたのだった。

 「あ、いや――まあ、そうだね。そういや、ソフィーはエーリヒの担当だった」

 だが、エーリヒとジュリが発ったときには、彼女はふたりに着いてはいなかった。

 『区役所もけっこう忙しくてね――そいで、あの混乱のどさくさで、ベンさんは降船したでしょ? とりあえず、あなたと、エーリヒさんが、別れを交わしたと聞いて、ソフィーはベンさんの降船手続きをしたわけ。それに、ソフィーはちょっと上層部に呼ばれてね――エーリヒさんも急いでいるようだったから、先に発ってもらったの。彼女、きのう、追いかけて行ったわ』

 

 「――ソフィーが呼ばれたのって、“イノセンス”?」

 

 クラウドは、失言をした。それは、彼にもわかった。電話向こうのヴィアンカが黙り――急に恐ろしい声になった。

 『クラウド、あんたはいい友達よ』

 彼女は、クラウドと初めて会ったときの、厳格な役員の声にもどっていた。

 『でも――言ったわよね? いくらあんたが凄い頭脳を持ってても、この宇宙船の中枢に近づくことはできないって。それを望むのなら、あたしは、担当役員の権限を持って、いますぐあんたを降ろすことも――』

 「悪かった、興味本位じゃないんだ」

 クラウドは、あわてて謝った。

 『あんたは、なんでもかんでも知ろうとする。それはいけないことだわ』

 「本当に悪かったよ――エーリヒにも言われたばかりだ」

 

 『レオンのことは忘れて』

 ヴィアンカはぴしゃりと言った。

 『あたしは、ルナちゃんやミシェルちゃんに言ってるんじゃないわ――クラウド、あんたも、グレンも、そういう世界で生きてきたはず。グレンさんには気の毒だと思う。だけど、クラウド、あんたが知ることじゃない』

 「……」

 たしかに、クラウドにはぐうの音も出なかった。――だが。

 

 「……相手はきっと、俺が、声帯から相手を特定できることも、知っていたはずだ」

 『なんですって?』

 たしかに、この部屋に電話をかけてきた時点で、だれが出るかはわからなかった。アズラエルか、グレン、セルゲイの場合もあったろう。だがそれは逆に、クラウドが出る可能性もあったということだ。

 相手は、こちらの素性をすべて承知している。アズラエルたちが出たなら心配はないが、クラウドが出たなら、「正体」が見破られることも、わかっていたはずだ。

 正体を知られたくないならば、クラウドが、一度も「会ったことがない」人間が電話をかけるはず。

 (俺は、誘導されているのか?)

 クラウドは、そう思った。

 (誘導されているのなら、もう一度くらい、アクションがあるはず)

 

 『とにかく! もう一度、この話を持ち出そうものなら、問答無用であんた、降船よ! レッドカードが郵便ポストに入るわよ――いいわね!』

 「わ、わかったよ、ごめん」

 電話は、荒々しく切られた。

 「クラウド、なにヴィアンカさん怒らせてるの」

 ミシェルにも聞こえていた。クラウドは、肩をすくめた。

 「彼女、短気だから」

 

 アストロスから、地球行き宇宙船が出航する三日前になった。ルナたちのもとに、ララからの連絡はない。

 「あたらしいおうちは、ララさんがつくってくれてるの?」

 「そう。だから、ララから報告が来るまで、俺たちはここで待機」

 ルナの問いには、グレンが答えていた。

 「ふうん……」

 

 ルナは先日、「E353にピエトを迎えに行く!」と言って荷物を持って飛び出した。あわてたアズラエルが荷造りしてあとを追いかけようとしていたところへ、ペリドットがうさぎの襟首をひっ捕まえてもどってきた。

 「ちゃんと飼い主がケージに入れておけ」

 ペリドットは、うさぎをアズラエルへ放り投げた。

 「ルナ、おまえはここにいろ。訪問者が後を絶たんはずだ。おまえはそいつらと会うのが役目だ。いいな?」

 ピエトは必ず、無事にもどってくる。

 そう言って、ペリドットは帰っていった。

 不満げなうさぎは、座った目でうさ耳をぴこぴこさせていたので、「いくら部屋うさぎでも、たまには外へ出してあげなきゃ」とセルゲイが散歩に連れ出した。

 

 ペリドットの言うとおり、毎日のように訪問客がある。――ルナだけとは言えないが、大方、ルナに。

 先日は、ザボンがやってきて、ほぼ一日がつぶれたし、L20のバスコーレン大佐や、アストロスの軍隊の幹部も、ルナに挨拶に来た。

 キラとロイドにエルウィン、ユミコ、ヴィアンカやメリッサ、アンとオルティス――エヴィとデレク。

とにかく毎日交代で、だれかれが、ルナに会いに来る。

 

 だから、ミシェルとは違って、気分転換に街に繰り出すこともできず、部屋にこもりきりのルナは、ストレスが溜まっているようだった。ピエトも心配だし、エーリヒがいなくなったことも、だいぶ尾を引いている。

だまってZOOカードのまえでおとなしくしているかと思えば、そわそわとその辺をうろつきまわっているので、アズラエルは、自分の足に乗るように言った。うさぎは、ぴょこたんと跳ねて、アズラエルの足に飛び乗った。

 「うっさぎっの気持ち、うっさぎのきっもち、骨身にしみるぅ~♪ うさぎのきもち」

 さっそく、カオスな光景ができあがった。アズラエルがソファに座り、ルナが乗っている片足が、ひょこひょこ、上げ下げされている。

 

 (骨身に沁みる……)

 (うさぎのきもち……)

 セルゲイとグレンは、新聞に気をそらした。突っ込んでは終わりである。

 「ルゥ、その歌やめろ。ストレッチの邪魔だ」

 「だって、暇なんだもの!」

 「それと、その歌とは、なんの関係があるんだ」

 「いっちうさにーうさ、さんうさ、よんうさ、はちうさ、じゅううさ、」

 「数えるなら、ちゃんと数えろちびウサギ!!」

 「ぴぎっ!!」

 「カオス……」

 クラウドではなくセルゲイが言い、ユージィン関連しか放送していないニュースをつけようと、立ったときだった。

 

 部屋のドアがノックされた。

 「はい」

 クラウドが、インターフォンで相手をたしかめた。このホテルはVIPしか入れないので危険はないだろうが、今日はだれだ。

 『突然の訪問、失礼いたします。L20陸軍総司令官、フライヤ・G・メルフェスカです。ルナさんにお会いしたい。いらっしゃいますか?』

 ドアの向こうに、サンディ中佐とスターク、そしていかめしい軍人たちが十名以上も、敬礼の構えで立っていた。

 

 「失礼します――」

 先日、L20の代表として、バスコーレン大佐の訪問があったが、まさか、総司令官じきじきのお出ましとは。

おどろいたのは全員だった。

 ルナうさは、すかさずアズラエルの足から飛び降りたし、ソファにだべっていたミシェルもシャキーンと立って、シャツの裾を整えたりなんかした。

 クラウドは、フライヤと参謀ふたりを、リビングまで案内した。

 「おまえたちは、ここで待て」

 サンディの言葉で、護衛の兵士たちは、ドアの前に待機した。

 



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