「先日は、失礼いたしました」 先頭の、ルナより小柄な女性が敬礼した。 「あらためまして。総司令官、フライヤ・G・メルフェスカです」 顔の半分を覆いつくすようなメガネと、黒髪を三つ編みにした彼女は、年齢と照らし合わせても若く見えたし、とても総司令官という貫禄はなかった。 「L20陸軍メルヴァ討伐隊司令官参謀、アリア・M・サンディです」 「おなじく司令官参謀スターク・A・ベッカーです!」 サンディは生真面目に敬礼し、スタークは敬礼のあとにウィンクひとつと舌を出して、サンディに小突かれた。 「このたびは、ご協力ありがとうございました」 フライヤが、目を潤ませて言うのに、クラウドが席を促した。 「まあ、どうか――座ってください」 フライヤは座った。サンディとスタークは後ろに控えた。 ミシェルが、ルーム・サービスのワゴンから、温かい紅茶を三人分持ってきたのは、それからすぐだ。連日来客があるために、わざわざルーム・サービスを頼まなくても、お茶セットと菓子は、すぐ手の届くところにあった。 フライヤの向かいには、ルナが座った。そして、コの字型のソファを、残りの皆で埋めた。 「たくさんお礼の言葉を用意してきたのに――ここにすわったら、なんだかぜんぶ吹っ飛んでしまいました」 フライヤは、困り顔で言った。 「バスコーレン大佐が、先日、こっちがかゆくなるほどのお礼を置いて行かれましたよ」 クラウドが言うと、フライヤは苦笑した。 「言い足りないくらいです。わたしは、直接お礼を言いたくて――」 フライヤは、顔をあげ、皆を見渡した。そして、いきなりおどろいて飛び上がったので、ルナたちもおどろいた。 フライヤの視線の先には、セルゲイがいた。 「あ、ああ――そういえば! 忘れてた!! その、セルゲイさん、セルゲイさんですよね? は、はじめまして!」 「……」 セルゲイは、呆気にとられてフライヤを見ていたが――やっと気づいた。 「あっ、そうか」 「なんだ、あっそうかって――あ!」 グレンも気付いた。 「そ、そうですね――あの、はじめまして。セルゲイです。お義父さんから、話は……」 「わ、わたしも、エルドリウスさんから――い、いえ、あの、お、おおおおお夫から、話は――」 フライヤの口から「夫」という語句が出るのに、大層な苦労があったことに、サンディはともかくも、スタークは「ブーっ!!」と遠慮なく吹いた。 二人は――義理の母になった女性と年上の息子は、ぎこちなく握手を交わした。セルゲイは、迷い顔だったが、言った。 「お、お義母さんとか呼ばなくても、いいですよね……?」 「え!? お義母さん!?」 フライヤは愕然とし、どう見ても年上のこの男性が、自分の息子に当たるのだと絶句し――「で、できれば、名前のほうで」と言い置いた。 セルゲイのほうもほっとしたようだった。 「……」 「……」 それからふたりは、無言でソファに座りなおした。なんだか急に、居心地が悪いような、落ち着かない空気が部屋を満たし――次にフライヤが口を開いたのは、サンディに対してだった。 「ご、ごめんなさいサンディ中佐、夜には帰りますから――その、わたしだけ、ここに置いて行ってもらえませんか?」 「!?」 フライヤの声は遠慮がちだったが、彼女の尻は、すっかりソファに根を張っていた。スタークだけが分かっていた。 フライヤが話をしたいのは、ルナなのだ。 「(一時間だけって、言ったじゃないですか!)」 サンディは小声で叱ったが、その声は、隠し通せるものではなかった。 「いいじゃないッスかあ~、ちゃんと俺が、責任もって、連れて帰りますから」 スタークが、耳をほじりながらあっちの方向を向いて言うのに、サンディは顔を真っ赤にして怒った。 「スターク中尉!!」 無理もなかった。戦後処理がやっとひと段落したのだ。あとはアストロスの軍に任せて、フライヤたちも急ぎL20に帰還せねばならない。ユージィンの死がもたらした影響は大きかった。軍事惑星で、いつおおきな騒動が起きるかもわからない今、一日も早く、帰らねばならないのだ。 フライヤたちは今夜、アストロスを出立予定だった。 彼女は、少しの時間でいいから、地球行き宇宙船の特殊部隊に礼を言いたいと、無理やり時間をつくってここへ来たのだ。 「だいじょうぶ! 夜まで帰りますから!」 「ならん! すべきことは、山ほど残っているんだ!!」 「だったら、サンディ中佐がフィローとこっそり会ってたの、バラしますよ!」 「貴様、わたしを脅す気か!!」 すでにバラしているじゃないか――という皆のツッコミは、口に出されなかった。 スタークとサンディのやり取りを聞きながら、フライヤはあきらめた。 (やっぱり、無理か) フライヤにも、現状はじゅうぶんすぎるほど分かっていた。わがままを押して、ここまで来たが、直接礼を言えただけでもよかったと思うほかないだろう。 フライヤが、ため息をつきかけたときだった。 「サンディさんは、お菓子あげるから帰るの」 サンディは、ルナが、隣で自分を見上げているのに気付いた。 「ちゃんと、夜には間に合うのです。それから、フィロヒロフィロさんでなくて、サンディさんの運命の相手は、アンリさんです」 部屋は、一瞬で静かになった。フライヤの向かい席にルナがいないと思ったら、両手にたくさんお菓子を持って、サンディを押しやっていた。だれもが、口を開けてその光景を見た。サンディはうろたえつつ、入り口のほうへ押し戻されていく。 菓子を抱えたルナに、後ろ足で部屋を追い出されていくサンディの姿――シュール極まりない。 「ちょ、あの、わたしは! いや、」 「アンリさんあなたのこと素敵なお菓子なんです! でも、いちばん身分が低いから、声をかけられなかった。いま、身体がたいへんだけども、あなたがそばにいてあげれば元気になる。フィロハレハラさんは、かっこよいし強いけどモテるから、あなたのほかにも声をかけてるでしょう? だからだめ。天使さんはああ見えてみたらしだんごですからねー!」 ついにサンディが、部屋の外へ出た。 「みたらし……」 フライヤが呟いた。 「女たらしって言いたいんだと思います」 ルナ翻訳機のミシェルが、重々しく告げた。 サンディは、ドアの外に押しやられた。ドアの向こうから、菓子を配るルナの絶叫が聞こえる。みたらし! みたらし! とさけぶ声が。ちなみにルナが持っている菓子は、高級マフィンやらクッキーの類で、みたらしだんごはなかった。 「フィロプレパラポンさんは、だめですからね!」 ルナはどうやら、軍人たちを追い払ったようだった。ドアの向こうに叫ぶ声が、リビングまで聞こえた。 「フィロプレパラポン……」 フライヤは、またも復唱した。 「細胞とかの名前じゃねえよな? フィロストラトのことだよな?」 スタークも、だれにともなく聞いた。 ルナがぺっぺけぺーともどってきた。 「フライヤさん、フライヤさん、いいところに連れて行ってあげる♪」 「え?」 |