メリッサが、「メルーヴァ姫が助けてくれます」といったあと、不思議な遊園地がアストロスの大地に現れ、アノール族が海の生き物になり、天使が鳥となって羽ばたいた。そして、シャトランジ! のなかに閉じ込められていたL20の軍隊を助けてくれた。

総司令部をおおったペガサスを呼んでくれたのも、メルーヴァ姫だということは、わかっていた。

フライヤにも、まだあのときのことが信じられない。

しかし、どんな方法だったかは知らないが、彼女が助けてくれたのだ。

それは間違いなかった。

 

「ずっと、ずっと、アンジェはね、メルヴァに会いたがっていたから――でも、この戦いで、たくさんの人が死にました。それを考えると、無理もないと思ったの。でも、あなたは、礼を持って埋葬するって言ってくれた。その言葉、アンジェたちが、どれだけ嬉しかったか……」

「……」

フライヤは言葉を失ったが、やがて、言った。

 

「――途中から気づいたんです。わたしだけじゃない、総司令部にいたみんなが」

あれは、メルヴァというよりも、ラグ・ヴァーダの武神との戦いだったんだと。

それに気づいたのはいつだったか。

「天使隊や、アノール族の皆さんは、最初から、“区別”がついていた。区別がついていなかったのは、L20の軍隊だけだったんです」

 

メルヴァ、と、ラグ・ヴァーダの武神の区別がついていなかった。

それは大きなことだったとフライヤは語った。

 

「アストロスに着き、わたしは全域を巡って、クルクスでザボン市長の話を聞きました。その時点で、わたしたちにできることはないと気付いたんです。その時点で、E002に、強引でも全軍撤収していれば、サスペンサー大佐は死なないで済んだかもしれません……」

 

しかし、それは無理だっただろう。ルナにもわかっていた。グレンが、ルナに説明してくれたからだ。一戦も交えないうちに撤退することは、おそらく許されなかっただろう。

フライヤは、名目上総司令官とはいえ、マクハラン少将にアズサ中将ほか、将位の高官がたくさん後ろに控えていた。彼らが、それを許さなかっただろうし、現にマクハランは、九ヶ月も動きのない彼女に業を煮やして出張ってきた。

もし、フライヤがあのまま初期に全軍撤退していたら――軍法会議で、フライヤは軍人としての地位を追われていた――この戦が勝利となっても、確実に。

それだけではすむまい。もと傭兵であるフライヤには、さらに過酷な処罰が待っていたかもしれない。

 

ルナは、彼女にかける言葉を見失って、黙って見つめていたが、彼女は沈んでいたのではなかった。

ふいに、ルナのほうを向いて、うつむいた。耳まで真っ赤だった。

「へ、へんなこというけど、笑いませんか……」

「わ、笑わないよ?」

ルナのほうが、よほど言語的におかしなことを言っている自覚はあった。

 

「わたし――あなたに、はじめて会った気がしないんです」

フライヤは、思い切ったように言った。ルナは、首を傾げた。フライヤがずっと言いたかったのは、この言葉だったのだろうか。

「うん。あたしも」

ルナの言葉に、フライヤはほっとした顔をし――そして、次の言葉で、すべてを悟ったのだった。

 

「フクロウさんとしたお茶会のチーズケーキ、美味しかったね」

 

フライヤは、愕然とした。

 

「白いウサギはね、シンシアちゃんだよ」

「――!?」

「シンシアちゃんはずっと、フライヤさんを見守ってたよ」

 

カペーリヤの港――灯台で見た二羽のウサギ。白い方がシンシアで、――ピンクのうさぎが、ルナだ。

フライヤは、口を覆った。

夢でピンクのウサギに出会ってから、自分の運命は信じられない方向に進んできた。

アダム・ファミリーに拾ってもらい、エルドリウスに出会って、L20の軍部へきて、アイリーンと出会い、ミラの秘書室に入って――。

フライヤは、ルナと会うためにアストロスへ来たのかと、錯覚するほどだった。

 

「シンシアちゃんがゆってたです」

ルナは、先日、ZOOカードで、「真っ白な子ウサギ」と話したばかりのことを、フライヤに告げた。

「フライヤさんは、自慢の親友だって」

フライヤの喉が、鳴った。――嗚咽に。

ルナは、それから、迷うようにうつむき、シンシアに、「フライヤに告げて」と頼まれたことを、告げることにした。

「グレンを、恨まないでって」

彼も、たくさん、苦しんだの。

 

「シンシア――!」

ちいさな肩を震わせて、嗚咽するフライヤの背を、ルナの手が、いつまでも撫で続けていた。

「わ、わた、わたし――シンシアっていう、親友がいたんです」

「うん」

「は、はな、はな、話しても――いいですか?」

ルナは、うなずいた。

 

 

 

サルーディーバは、クルクスの救急病院にいた。ヒュピテムとダスカを見舞うためだった。彼らも今夜、L20の軍と一緒に、L系惑星群へ帰還する。

ダスカは病室にいなかったが、ヒュピテムはいた。まだ、包帯は取り切れていなかった。

戦いの真っ最中、ダスカは一度も目覚めることはなかったが、意識を失い続けていた彼よりヒュピテムのほうが重傷であったのだ。ヒュピテムは凍傷に加えて足も折れていた。

ダスカの回復は早く、先にL20の軍にもどったと、ヒュピテムはサルーディーバに告げた。

 

「そうですか――ダスカも無事で、よろしゅうございました。わたくしも、よい報告が」

「なんです?」

「アンジェリカが、もどってくるというのです」

「それは、ようございましたな」

アンジェリカが地球行き宇宙船にもどることに、心なしか胸を弾ませているサルーディーバは、L03で、現職サルーディーバが死したことは知らない。むろんヒュピテムもだ。

アントニオからは、「アンジェリカの腹の子が次期サルーディーバとなったので、もどらなくてもよくなった」とだけ告げられた。

アンジェリカが子を宿したことを、だれよりも喜んでいた彼女である。おまけに、不穏な情勢化にあるL03ではなく、安全な地球行き宇宙船で産むことを許された。

彼女の心は、ひさしぶりに、安らぎに満ちていた。

 

「あたらしい御名は、サルビアさま――というのでしたな」

「はい。アンジェリカが、サルビアがよいのではないかと」

サルーディーバは、頬を赤らめた。それが、グレンの選んだ名だと言うことは知っているが、それを言うのは気恥ずかしいサルビアであった。

「そのような衣装も、よく似合っておられる」

「そ、そうですか……やっとひとりで着られるようになったのです」

サルーディーバは――サルビアは、誕生日にプレゼントされた服を着ていた。ラベンダー色のニットと、ストライプのシャツにジーンズ。ベージュと茶の、細身のコート。ショートブーツ。

 

「どうか、地球で、お健やかに暮してください」

「ええ……」

サルビアは、もはやサルーディーバとしての力は完全に失った。そのことは、まだ自分の中で整理できてはいない。

「あなた様のお口添えのおかげで、わたしもユハラムも、サルーディーバ様のおそば近くにつかえることができました。感謝のしようがありません。ですが――あなたがお命じになられた、L03の書庫のことは、」

「ええ、それは現職サルーディーバさまがお許しにはなりませんでした。もう、いいのです」

サルビアは、首を振った。

ユハラムに、王宮の貴重なる書物を地球行き宇宙船に避難させるように命じたサルビアだったが、それは現職サルーディーバが止めたのだった。

さいわいにも、幾度も戦渦に巻き込まれながら、王宮だけは守られている。

 

「……われわれの自害を止めるために、役目をくださったことは、存じておりました」

ヒュピテムの静かな告白に、サルビアの表情は沈んだ。

「そんなお顔をなさらないでください。もはやわれわれは、命を絶とうなど、微塵も思っておりませぬ。ユハラムも、これからL03の立て直しに生涯をかけるでしょうし、わたしも役割を頂きました」

「――どんな?」

ヒュピテムは微笑んだ。

「次期サルーディーバ様を、お支えしていくこと」

「まあ――では、ヒュピテムが、アンジェリカの腹の子の守り人と」

「はい」

ヒュピテムはうなずいた。彼はだいぶ前に宇宙船を降りたから、もう宇宙船に乗ることはできない。L03で、新たなサルーディーバの到来を待ち、地固めをしておくと、伝えた。

サルビアの頬は、うれしげに紅潮した。

「これほど、頼もしいことはありません」

 



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