「サルビア様、これだけは、お伝えしておかねばなりません」 ヒュピテムは、包帯だらけの身を起こした。 「わたしは、あなたの生家で、“ルーツ”をお伺いしてきました」 こちらは、ヒュピテムに頼んでいたことだった。サルビアの顔が真剣になった。 「父上は、お話しくだされたのですか」 「ええ――あなたに直接話さなかったのは、あなたとアンジェリカ様がアストロスに着けば、否が応にも知ることになるからと、そういうことでした」 「アストロスに来れば――」 しかし、アストロスに滞在している今、自分の出生に関するルーツを知る機会などまったくない。 「ふつうのご旅行であれば、アストロスに着いたなら、あなたとアンジェリカ様は、この古代都市クルクスの、サルーディーバ遺跡に参ったことでしょう。そして、観光地として解放されている城に行ったであろうというのです」 「城……」 たしかに、ラグ・ヴァーダの武神との戦いのせいで、観光どころではない。あの城もふだんならだれでも入れるが、現在は城も遺跡公園も、関係者以外立ち入り禁止で、観光はできない。 先日、ルナに会うために中に入ったが、とくにルーツを感じるものはなかった。 「あの城に、わたくしたちのルーツが?」 「はい。あなたさまのご両親は、おふたりに隠していたわけではないと。ですが、おふたりが直に“故郷”の土を踏んでから、お話しされたいと思っていたようです」 「故郷――」 サルビアは絶句した。 「故郷と申されましたか?」 「はい。サルビア様――あなたは、三つ星のきずなであるイシュメル様のご子孫なのです」 サルビアは、息をのんだ。 「エルバ家のエルバは、アストロスのメルーヴァを、ラグ・ヴァーダの言語で読んだもの。あなたは、メルーヴァ姫様とラグ・ヴァーダの武神の子、イシュメルの子孫なのです」 動揺して震える彼女の手を、ヒュピテムは安心させるように、そっと握った。 「ですから、あなたとアンジェリカさまご自身がイシュメルであり――お生みになった子は、すなわち“イシュメル”なのです」 ――サルビアは、ふらふらと、クルクスの街を歩いた。 ヒュピテムの言ったことが、まだ飲み込めなかった。 サルビアの生家、エルバ家は、アストロスからラグ・ヴァーダに連れてこられた、イシュメルの子孫だった。 地球行き宇宙船のイシュマールたちは、イシュメルを守るために着いてきた従者たちの子孫。なぜ、従者であったイシュマールの一族が、本来ならサルビアたちが名乗るはずの「アストロス・サルーディーバ」の名字を名乗っているのか。それは、真なるイシュメルの血族を守るためであった。 当時、三つ星のきずなであるイシュメルは、地球軍にも目をつけられていたし、危険が多かった。だから従者たちが、身代わりに「アストロスのサルーディーバ」の血族を名乗った。 けれども、ほんとうのイシュメルは――メルーヴァ姫の血族をしめす、「エルバ」という苗字をつけることによって、分かる者にだけ分かる、血族の正統性をしめした。 つまり、サルビアやアンジェリカが産んだ子が、必然的に「イシュメル」なのだ。 (――わたしは、なんという愚かな) グレンの愛する女がイシュメルを生むという、偽物の予言を信じ、ルナたちのきずなを引っ掻き回してしまった。 グレンは関係なかったのだ。 サルビア自身がイシュメルであり、子を産んだとしたなら、それはイシュメルだったのだ。 それは、アンジェリカも同様。 アンジェリカが産んだ子はイシュメルとなる――そして、彼女は、アントニオの子を産む。アントニオの子となる者は、まさしく地球のマーサ・ジャ・ハーナの神話に出てくるサルーディーバの末裔。 つまり、「本物」のサルーディーバ。 アントニオが、自分かアンジェリカを妻にとのぞんだ意味が、ようやくわかった。 サルビアは、よろめいた。 (わたしはいったい、何者なのだろう) サルーディーバ? それともイシュメル? (いいえ――サルーディーバでは、もうなくなってしまった) 平和の象徴、イシュメル――あれほど、悩み、苦悩し、イシュメルの生誕を早くと願っていた。 それが、自分だったなんて。 街はすでに活気を取り戻していた。ナミ大陸の中で、奇跡的に無事だった、ゆいいつの都市だった。 すでに夜は更けたというのに、街は明るく、大勢の人間が行きかっていた。 サルビアは、いつしか、サルーディーバ遺跡記念公園の入り口まで来ていた。クルクスのどこからでも見える、巨大な城だけを見つめて、歩いてきたのだ。 アーチ状の入り口前には、「関係者以外立ち入り禁止」の看板が掲げられ、サルビアの行く手を阻んでいた。サルビアはそれでも、アーチ状の門にたたずみ、城を見上げた。 (あそこに、わたしたち姉妹のルーツがある……) 「きゃっ!!」 「ごめんよ!!」 門前でおおきく迂回した自動車が、泥水を跳ね上げた。さっき、二時間ほど降った雨の水たまりだった。茫然とたたずんでいたサルビアはよけられず、服はぐっしょりと、泥にまみれた。 「ああ――いただいた、服が、」 サルーディーバであったころは、こんな目に遭ったことはなかった。つねにたくさんの人間に囲まれ、泥水がたまった場所を、彼女が歩くことはなかったからだ。 汚れを払っていた彼女の後ろ姿に、また泥水がかかった。城から出てきたL20の軍のジープが、気づかずに跳ね上げていったのだ。 「……!」 背中から膝まで――すっかり泥まみれになり、サルビアは恥ずかしさにうずくまった。サルーディーバとあろうものが、なんという場所を汚して――うろたえたが、だれも彼女を見ている者はいない。 道行く人が、彼女の姿に目を留めることはない。礼をしていくこともない。L03の衣装を着ていない彼女を、サルーディーバとわかる人間はいない。そもそもが、ここはアストロスであった。L系惑星群とは遠く離れた、惑星だ。 洋服を着、たったひとりで歩いている彼女は、ここアストロスの住民と変わらない、いち人間であった。 サルビアは、両の手を見つめた。力を失ったことが、急に恐ろしく感じられたのだ。 (わたしは) 彼女の身体は、震えだした。 (わたしはいったい、何者なの?) ――だれか、教えて。 |