サルビアが、買ったエプロンをグレンに見せびらかしていると、なにを思ったかグレンは、「俺も買う」と雑貨屋に直行した。

 ユニセックスなデザインで、フリーサイズとはいえ大きめだったが、グレンが身に着けるにはすこしちいさいのではないだろうか――ウサギとネコとヒツジは、あわててあとを追ったが、グレンは、ワンサイズ大きいものを、店員に出してもらっているところだった。

 「ラガーでつかうエプロンがねえんだ」

 グレンは、ラガーでのバイトをつづけるつもりらしい。たしかに、カジュアルでユーズド感があって、ラフな格好でするラガーの店員には似合いそうだった。

 「オルティスのエプロンも二十年ものだっていうから、買ってやってもいいが、アイツは無理そうだな……」

 たしかに、グレンの体格でギリギリ――オルティスは、さらにもう一回り大きくなければ着ることができなさそうだった。

 

 「わたしも欲しいな」

 「ええ!?」

 セルゲイまで一枚買った。グレンと同サイズのものを。

 アズラエルとクラウドがもどってきて、べつに便乗したわけではないのだろうが、色違いで同じものを購入した。

 「ピエトの分もいるか」

 アズラエルは、最近大きくなってきたピエトのために、ルナのものと同サイズを買った。

 

 「……」

 それを見ていたルナは、ふたたびハンガーにかかったエプロンを手にした。

 「セシルさんの分と、ネイシャちゃんの分――それから」

 ルナは、アホ面で宙を見た。

 「――あと、“二人分”」

 「ふたりぶん?」

 ミシェルが横から聞いた。

 「うん。あたらしいお屋敷で、ルーム・シェアする、あたらしいお友達の分」

 ルナはそう言って、セシルとネイシャの分二着と、自分と同じサイズを一枚と、グレンたちが買ったワンサイズ大きいものを一枚持ってレジへ走った。クラウドがルナの手元を覗き込んだ。

 「これは――俺たちレベルの図体の男と、女の子が同居するってこと?」

 「うん!」

 ルナは勢いよく返事をし、レジへ持っていった。

 

 「新しいお友達って、いったい誰だ?」

 アズラエルが聞いたが、セルゲイは首をかしげた。

 「さあ――ベッタラくんが、やっぱり自分も一緒に住むって言いだすんじゃないかな」

 キラとロイドは、あいかわらずK06区に住むだろう。キラが、あの平家を気に入っているし、ロイドの資格取得にも、あの地区はちょうどいい。リサとミシェルも、おそらく中央区に住む。彼らは都会の喧騒が、自分たちには合っているのだと言う。

 「だれだろう――心当たりがまったくない」

 身長百八十前後の男性と、ルナくらいの女性。

 セシルとネイシャは、地球に着くまでいっしょに住むことが決まっているが、あと二名の正体は、クラウドたちにも、まったく分からなかった。

 

 「お屋敷に住むみんなで、お揃いだね!!」

 服は一着も買っていないのに、エプロン購入で満足げな顔をしている女性組三人に、「もうすこし見てくる?」と男たちは言ったのだが。

 服は宇宙船に乗ったら買うからいいとミシェルが言ったので、そのまま、海辺に向かうことにした。

 

 「夕食は、ちかくのシーフード・レストランが美味しいらしいから、そっちで。朝食はビュッフェでも、ルームサービスでも、どちらでもいいって」

 クラウドが、レストランの予約は七時半にしたと言った。

 「このあたりは、シャトランジ! の圏内だったんだろ。――すっかり、崩壊の影形もねえな」

 アズラエルの言うとおり、マーシャルあたりまでが、シャトランジ! のひろがった範囲だった。ニックとイシュメルが配置されたのは、ここである。

 港はほんとうにすぐだった。空港から出て海岸線の道路を歩き、すぐに砂浜に出た。

 どこまでもつづく、広い海岸線――海水浴場はもうすこし向こうだった。道路の下の砂浜に、海の家と小さな露店が軒を連ねている。

 

 「デビッドは海に浮いてたって話だったけど、」

 「アズのママは、自力で泳いでアンブレラに向かったって――」

 「アイツは不死身だ」

 男たちの会話はもっぱら、ひとつきまえの大戦のことばかりだった。

 「サルビアさん、見て――あれ、アンブレラ諸島かな?」

 「そうかもしれませんわね――泳いで渡れる距離かしら!?」

 彼方にうっすら見える、島の輪郭を目にしたサルビアは、エマルが泳いで島に到達したというのを横耳で聞いてびっくりした。

 

 「エマルママはきっと渡れるよ。ここからでも」

 クラウドは言い、アズラエルは笑った。

 「ベッタラが、やたら俺のおふくろに対抗意識燃やしてるんだ。自分だったら、ここから泳いでいけるとでも言いたかったんじゃねえか」

 「さすがにベッタラでも、ここからは無理だろ」

 グレンは呆れ声で、彼方の島を指した。

 「どれだけあると思ってんだ」

 「だってベッタラさんはシャチだよ?」

 「ソフトクリーム!!」

 ルナが、ベッタラなら行けるんじゃないかと、座った目で海の向こうをながめていると、ミシェルがソフトクリームの売店を見つけて走っていった。

 真夏の気温とは言わぬまでも、マーシャルは常夏。つまり寒い季節がない土地だ。

「――たしかにこの暑さじゃ、つめたいものが恋しくなるな」

クラウドも賛成といわんばかりにミシェルのあとを追った。

 

街は完全によみがえったとしても、まだあの大戦が終わってほんのひとつきである。

ルナはずっとクルクスの城内にいたし、千転回帰がはじまってからは、意識がなかった。すっかり月の女神が支配していた――ルナが見ることができたのは、自分がメルーヴァ姫の室内に敷いた「ムンド」だけ。

ルナは空を見上げた。

この街の半分をおおうほど巨大なニックの駒が、ここに配置されて動いたのだと知っても、現実味がわかなかった。

 

セルゲイが、ひとり海際に佇んで、じっと水平線を見つめていた。アズラエルも呼ばれて売店のほうへ行ったし、グレンもサルビアを連れて海岸を歩いているので、ルナはセルゲイのもとへ走った。

「セルゲイ、」

ルナがぺぺっと横に立つと、セルゲイは言った。――海のかなたを見つめたまま。

「――やっぱり」

「うん?」

「やっぱり、ルナちゃん――わたしも、ここでカレンと一緒に沈んだんだよ」

「え?」

 

ルナは一瞬、意味が分からず聞き返し――そして気づいた。セルゲイは、三千年前のことを言っているのだ。

彼がセルゲイ・B・ドーソンとして、このアストロスに降り立ったときのことを。

 

「わたしは、ラグ・ヴァーダには行っていない」

セルゲイは、確信を込めて言った。

「ええ?」

「イシュメルを連れて、ラグ・ヴァーダ、つまりL03に向かったのは、別の男だ。わたしじゃない。だってわたしは、たしかに、ここで死んだ」

カレンと一緒に、セルゲイは巨大戦艦もろとも撃沈された。ロナウドとの戦いで――。

 

(セルゲイじゃない?)

ルナは、愕然とした。

「だ、だとしたら」

思わず言った。

「イシュメルを連れて、ラグ・ヴァーダの女王様に会いに行ったのは、だれなの?」

 

史実では、セルゲイ・B・ドーソンが、イシュメルを守ってL03に逃げ、ラグ・ヴァーダの女王に幼子を託した。そして、「ラグ・ヴァーダを守る誓いをすれば、ドーソンに三千年の繁栄をさずけよう」と約束された。セルゲイ自身は地球軍の侵略のあとに、処刑されたという話だった。

 

「セルゲイの言い分、わかる」

いつのまにか、ミシェルも隣にいた。ソフトクリームをルナとセルゲイに差し出しながら言った。

「あたし、たぶん、セルゲイに約束したんじゃないよ。ドーソンの繁栄――たぶん、別のひと」

「別のひと!?」

ルナは叫んだ。

 



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