「どうしたの? いったい、何の話」

クラウドも、アイス片手にもどってきた。セルゲイはようやく気付き、礼を言って、溶けかかったソフトクリームを受け取った。

「わたしは、ラグ・ヴァーダには行っていないという話をしてたんだ」

「え?」

「わたしはカレンと一緒に、戦艦ごとこの海に沈んだ。つまり、わたしの終焉の地は、ここだったってわけだよ」

 

セルゲイは、それを確かめに来たのだった。じっさいに、ナグザ・ロッサ海域を目にすれば、違和感がほどけるのではないかと思って――。

ペリドットから、はじめて「ラグ・ヴァーダの神話」を聞いたとき、ひとつだけ違和感があった。セルゲイは、ラグ・ヴァーダには行っていない。ミカレンとともに、「イシュメルを守ってラグ・ヴァーダへ行くだれか」を逃がすために、ここで戦い、死んだのだ。

 史実では、セルゲイがラグ・ヴァーダに向かい、ミカレンがここで戦い、没したことになっている。

 

 「ね、これ、さっき見つけたの」

 ミシェルが皆を引っ張って、売店が立ち並ぶ場所へ戻った。露店の端に、おおきな黒曜石の石碑がある。

 「――ミカレン終焉の地」

 セルゲイが、読みあげた。

 石碑には、ここで地球軍のミカレンが、アストロスの民を守るために勇敢にたたかった、ということが書かれていた。

 「セルゲイのことは、少しも書かれていないね……」

 ルナはすっかり溶けたソフトクリームをあわてて舐めながら、石碑を見上げた。

 

 「でもわたしは、たしかにここで死んだ」

 「じゃあ、ラグ・ヴァーダに行ったのは、いったいだれ?」

 クラウドの質問に、答えられるものは、だれもいなかった。

 

 日がしずむ直前まで、ルナたちは海岸をうろついた。それから、ホテルに紹介されたシーフード・レストランで食事を終え、ホテルの部屋に入ったときには九時を回っていた。

 入浴を終えた皆が、ひとり、ふたりとルナとアズラエルの部屋に集まった。

 とくにパジャマやスウェットの持ち合わせがない――とにかくぜんぶ焼けた――状況下では、ホテルの備え付けの寝具にたよるほかなく、最近は、寝間着と言えばみんなバスローブだのシルクのパジャマだの――だった。

 そして、男たちは、なぜか妙にファンシーなシルクのパジャマに袖を通しかねた。

 全員が全員、バスローブ姿で結集した部屋は、違和感に満ち溢れていたが、だれも冗談をいわなかった。

 海が見渡せるスイートルームで、ルナやミシェルは一面ガラス張りのリビングから、ベランダに出てはしゃいでみたりしたわけだが、男たちは、酒を片手にリビングのテーブルを囲んでいた。

 くりかえすが、全員バスローブである。

 ルナとミシェルは、「シュール……」と言いながら、外からその光景を見つめた。

 やがて、グレンが、とどいたルームサービスをエサに、子ウサギたちを室内に呼びもどした。

 グレンはネコとウサギに生ハムを与え――遅れて入ってきた、サルビアの隣の席を用意した。

 「よし。これで、部屋がむさ苦しくなくなった」

 バスローブ姿の男だけ四人も固まっていれば、視覚的によろしくない。

 シルクのパジャマのボタンをすべて掛け違えていたサルビアのそれを、ルナが直してやりながら、軍議は開始した。

 

 「ルナちゃんからの情報によると、こうなる」

 クラウドは、メモに名前を書いた。

 

 ●メルーヴァ姫……ルナ

 ●アスラーエル将軍……アズラエル

 ●アルグレン将軍……グレン

 ●アストロスの女王サルーディーバ……カザマ

 ●地球から来た最初の使者(天文学者)……アントニオ

 ●セルゲイ・B・ドーソン……セルゲイ

●ミカレン……カレン

●マーロン・A・アーズガルド(アストロス攻略の司令官・一番目)……おそらくオルド?

●ジェームズ・T・ロナウド(アストロス攻略司令官)……オトゥール

●アラン・B・ルチヤンベル(ジェームズの部下、ナグザロッサでミカレンたちと戦った司令官)……フライヤ

●イシュメル……サルビア

●ラグ・ヴァーダの女王サルーディーバ……ミシェル

 

※セルゲイがナグザ・ロッサ海域で死んだとするなら、イシュメルを、ラグ・ヴァーダの女王に託したのはいったい、だれか?

 

クラウドがいちばん下に書き記した一文が、今回の議題だ。

 

「――わたくしが、“イシュメル”だったのですか!?」

サルビアは驚いて、言葉をなくした。

「うん。だってね、ヒツジさんの絵で出てきたの。だからたぶん、サルビアさんだ」

ルナはうなずいた。

「……」

先日、自身がイシュメルの末裔であると知ったばかりである。サルビアは、驚きを隠せないままに、テーブルに置かれたメモを見つめた。

 

「それと、言い方は悪いけど、ナグザ・ロッサ海域でミカレン軍と戦って、勝っちゃったロナウドの司令官は、フライヤさんだった――それは、このあいだ、会ってはじめて分かったの」

ルナは言った。

ジェームズや、アランなどの名前は、史実に残っているものをクラウドが調べたものだった。

「あのフライヤさんが、ナグザロッサで戦った相手だったなんてね」

セルゲイも嘆息した。

 

三千年前は、アストロス支配のためにこの地へ降り立ったフライヤだったが、今回は、守るためにふたたび「総司令官」としてきたわけである。

たしかに、このとき先頭に立ってミカレン軍と戦ったアランこと、フライヤだったが、セルゲイやミカレンの死後、彼らの名誉回復に尽力した人物のひとりでもある。

 

「セルゲイの話が――というか記憶がほんとうだとしたなら、セルゲイはミカレンとともに、ここ、ナグザ・ロッサ海域で、巨大戦艦とともに沈んだ――ラグ・ヴァーダの女王にイシュメルを託したのは、別の人物だということになる」

 

クラウドが、メモをにらみながらつぶやいた。

グレンが、氷の塊にウィスキーをぶちこみ、男たちにくばった。女性の分は、ウィスキーにライム・ジュースを混ぜて、かるくひと混ぜしたものを。

ミシェルがグラスを受け取りながら言った。

 

「あたしもね――なんだか――うまく言えないけど――それはいつものことだけど――セルゲイじゃない気がするの。でもね、あたしのとこにきたのは、セルゲイって名前だったと思うの」

「つまり、セルゲイ・B・ドーソンとは名乗っていた」

戦艦に残ったセルゲイの身代わりとなって、発ったのか。

 

「あたしが見てるならね、クラウドも見てるはずなのよ。彼を」

「俺?」

クラウドは自分に振られて、素っ頓狂な声を上げた。

「そうよ。だって、あたしのそばに控えてたんだから――そうだな、あのね? あたしも、違和感があるところ、言ってもいい?」

「ああ、もちろん」

「ドーソンに、三千年の繁栄を約束したっていうのも、なにか、引っかかるところがあるのよ」

「ひっかかるところ?」

ルナが聞いた。

「あのね? その、ドーソンさんがさ、イシュメルを守って連れて来てくれたのはよしとしよう。でもね、よく考えて。イシュメルってさ――つまりその、ラグ・ヴァーダの武神の子どもなわけで。ラグ・ヴァーダ側としてはさ、素直に受け取れなかったと思わない?」

ミシェルの言葉にだれもがはっとした。

「でもね、女王が預かるしかなかったわけよ。アストロスではラグ・ヴァーダの武神とアストロスの兄弟神が対決して、そこへ地球軍が首つっこんだメチャクチャな状態で。地球軍がイシュメルを手に入れてたら、悪用されるしかなかったわけで。つまりさ――ウチに来た“セルゲイ”の偽物も言ってたけど、ロナウドも、目こぼししたの。イシュメルがラグ・ヴァーダに行くのを――だってさ、赤ちゃんなわけよ。赤ちゃんがどんな目に遭わされるかもわからないのに、放っとけないでしょ? つまり、ロナウドの二人は、人間の心はもっていたってわけね」

 

ミシェルの中では、つぎつぎに記憶がよみがえってくるようだった。おおきなダブルベッドに、バスローブ姿で寝そべるミシェルは、まさしく女王様という風格さえまとってきたような気が、ルナにもした。

皆は息をつめて話の続きを待った。

 



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