――アニタは、「お屋敷」を見上げて絶句していた。無理もない。

「ルナちゃんたちって、セレブ?」

「庶民です」

ルナは厳かに言った。

「いっしょに住む人間に、庶民以外がいるだけなの」

ミシェルも言った。

「怪しいルートの仕事してるヤツとか、お医者さんとか……」

アントニオが噴き出した。

「怪しいルートの仕事って、クラウドのこと? それともアズラエル? グレン?」

「え!? そのふたりもアヤシイの!?」

 

車庫のまえには、五台も車があったので、すでに大勢が屋敷に結集していることが伺えた。

「あ、おかえり!」

玄関ドアを開けると、さっそくもらったエプロンをつけたアルベリッヒが、あつあつのラザニアを運んでいた。

「ルナちゃんありがとう! このエプロン、ポケットが大きくて便利だ」

アルベリッヒは、ポケットというポケットに、あれこれ詰めていた。タオルにおたまにカッターにと。

「なんだ? そいつがあたらしい同居人か? 女のほうの?」

アズラエルが、アニタの姿を認めて言った。

「……!?」

「入れ。取って食いやしねえから」

 

アニタは、絶句顔で――言葉がやまないマシンガンの異名を持つアニタが、まったく言葉も繰り出せず、大広間を眺めわたした。どこかのダンス会場みたいな大広間のせいもあっただろうが、おもに大広間を埋める人間たちのカオスぶりに失語していた。

老若男女――年寄りから赤ちゃんまで、勢ぞろいしている。

アニタに話しかけたのはどう見てもマフィアにしか見えない筋肉ムキムキの入れ墨男で、おなじくらい派手な刺青のヤンキー兄ちゃんが料理を運んでいる。そして、銀髪の、これまた派手な男がワインをテーブルに並べていた。ここだけ見ると、マフィアのアジトに紛れ込んだような緊張感がある。

スーツ姿の人間がちらほら見えるということは、役員も混じっているということだ。

背が高くてカッコイイ系のおばあさんと、アンドレアが、少し離れた場所で赤ちゃんの面倒を見ている。いっしょにいるのは、どう見ても髪の毛が四方八方に爆発し、七色に染め上げられた、パンクというレベルを軽く超えた女性だった。

(キラちゃんだ)

アニタは、彼女だけは思い出した。ルナたちの同乗者。ここにリサはいないようだった。

L03のアクセサリーをつけた、どことなく一般人とは違う雰囲気の女性が三人もいて、どう見てもL5系の上流階級のセレブに見える男性がひとり、モデル並にうつくしい男性もひとり、原住民にしか見えない男性も一名――。

美人だが、女性プロレスラーにしか見えない筋肉ムキムキの中年女性が、椅子を五客も肩に乗せて運んでくる。大した迫力だった。

 

「タカ……」

リボンをつけたタカが、ケーキの入った袋を下げてこちらへ飛んでくるのは、幻だと思っていいのだろうか――。

「よくできた! すごいよ、サルーン!!」

わかい入れ墨オトコがケーキの袋をキャッチした。褒めると、タカは嬉しげに「ピイ!」と鳴いた。

犬猫がペットの家庭はよくあるが、タカがペットというのはあまり見たことがないアニタだった。

物怖じしない方のアニタも、玄関から一歩も先に進むことができず、固まっていたが――。

 

「アニーちゃん!」

「ニックさん!」

アニタはニックの姿を見つけて、たちまち情けない顔をした。

「カオス屋敷へようこそ!」

「だれがカオス屋敷だ」

銀髪男にどつかれるニック。ニックは笑いながら、アニタを連れて、大広間へ踏み出した。

キッチンから、ドスドスと言わんばかりの足音をさせて、オルティスがチキンの丸焼きを運んでくる。

「おお、アニタじゃねえか。ルナちゃんたちと友達だったのか?」

「オルティスさん!?」

知り合いなの!? と絶叫したアニタ――デレクとエヴィも、酒の瓶を抱えてキッチンから出てくる。

「お! ついにアニタちゃんまでこのカオス屋敷に!」

「え? え? みんなお知り合い――マジで!?」

 

「だから、アニーちゃんは、ぜったいルナちゃんたちと仲良くなれるって言ったじゃないか」

ニックが肩を叩いて言うのに、アニタの目と鼻と口から、いろいろなものが噴火した。

「え? マジですか。あたしほんとに、ここに住んでもいいの!? 冗談とかじゃなく?」

 

「なんだ、最後の一人って、君か」

モデルも真っ青の美形に気さくに話しかけられて、アニタは飛び上がるところだった。

「よろしく。俺はクラウド。ここはたしかにカオス屋敷だけど、居心地の良さだけは保障するよ」

「あたしはセシル、こっちは娘のネイシャ」

びっくりするほど綺麗な親子だ。

姉妹かと思ったとアニタが言うと、セシルは嬉しげに微笑んだ。

「セルゲイです、よろしく」

モデルのようなL5系セレブに握手を求められて赤面した。

「俺はグレン、あっちの入れ墨男はアズラエル」

入れ墨男を紹介した銀髪男も、悪い人ではなさそうだが、コワモテだった。だがイケメンだ。

「サルビアですわ」

「あたし、アンジェリカ。よろしくね」

L03の美しい衣装を着た姉妹は、姉は目を見張るほど神々しくうつくしく、アニタは見とれたし、妹のほうは、ものすごく頭がよさそうだった。

「わたしはアルベリッヒ、こっちは兄弟のサルーン、よろしく」

両腕がタトゥだらけのイケメンは、真っ黒なタカの飼い主だった。

すれ違いざまに、たくさんの人間が自己紹介していく。アニタはいつもの十分の一の声で自己紹介しかえした。このお屋敷は、あんまりなくらいにイケメンと美女だらけで、めずらしくアニタは気後れした。

 

キッチンに走っていったルナが、ぺぺぺーっと大広間にもどってきた。アストロスで買ってきた、エプロンの包みを携えて。

ルナはアニタに、クラフト紙と紙ひもでつつまれた、飾り気のないプレゼントを渡した。

中身は、エプロンだった。ルナもミシェルも身に着けていたし、部屋には同じエプロンをつけている人物が幾人かいる。なるほど、このエプロンをつけているのが、この屋敷に住むメンバーなのか。

 

「これ――あたしに?」

「うん! いっしょに地球に行こうね! アニタさん!!」

「……!!」

 

ルナが差し出したのはエプロンだが、アニタに必要なものはハンカチとティッシュだった――だれかがティッシュボックスを探したが、アニタは自前のバッグからハンカチを取り出して涙を拭き、ポケットティッシュで盛大に鼻をかんだ。

そして、エプロンを受け取った。

 

「行く! いっしょに、地球に行こう!」

 

こうして、地球に到達すべき仲間26人目があつまった。

――27人目はまだここにはいなかったが、彼の存在は、ピエトとともに、着々と地球行き宇宙船に近づいていた。

 

 



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