二百三話 ララの隠し子



 

新居での生活がはじまって二日――いよいよ、ピエトたちが帰ってくる。

ルナは玄関を開けはなし、朝からソワソワ、ウロウロと庭をうろつきまわっていたが、道路にタクシーが横付けされると、まっしぐらに飛び出して行った。

「ピエト!!」

庭先には、口をあけて屋敷を見上げているピエト――と、リサとメンズ・ミシェルがいた。

「ピエト! リサ、ミシェル、おかえり――」

ルナも、ピエトの姿が見えたところで、急ブレーキをかけた。ピエトがやっとルナに気づき、屋敷を見上げていた目を、ルナに向けた。

「ピエト?」

「ルナ、ただいま」

ルナも口を開けた。――何からおどろいたらいいだろう――なにもかもだ。

 

「ただいま」と言ったピエトの声がおどろくほど低かったこと。それは柔らかなテノールだったが、彼はあきらかに声変わりしていた。

ピエトの身長が、伸びていたこと――ネイシャと同じだ。十センチも伸びただろうか。彼は、K38区の屋敷を出たときにはルナを見上げていたのに、今はルナを見下ろしている。

すこし大人っぽくなった顔は、アズラエルに似た顔とは一線を画していた。キリリとした眉とまつげの長い大きな瞳はそのまま――むかし、アズラエルが子どものまま育っていたならどれだけ美青年になっただろうとからかわれることが多いが、ピエトは着実にアズラエルよりは、クラウド系のほうに顔立ちが進化していた。

そして、ピエトのあらゆる変化を、すべてどうでもいいことにしてしまうような――。

 

「この子、どこの子!?」

ピエトの、撃たれた肩とは反対側に固定された、抱っこひものなかで眠るのは、あきらかに新生児だった。すやすやと眠っている。

ルナは、金色のつむじを持つ、真っ白な肌の、ずいぶん大きな赤ん坊を見て叫んだ。

 

ピエトは困り顔で――まるで別人のような、少年期から青年期にかわる、すこし枯れた声でつぶやいた。

「俺の子ども――」

「はえ!?」

「だって、ルナ、あのさ――ルナとアズラエルがダメって言ったら、俺の子にしたいと思って」

「ほ!?」

「この子も――ルナの子どもにしてくれる?」

ピエトは、さらに、「……弟にしてもいい?」と、泣きそうな顔で聞いた。

「ピエロって言うんだ。俺が名前つけたの……」

消え入りそうな声で言うピエトをまえに、ルナは完璧に絶句していて――リサが、そっとピエトの背を押した。

「とにかくお屋敷に入ろうよ。だいじょうぶ、あたしが説明してあげるから」

 

ピエトたちが屋敷に入ったとたん、大広間にいた皆に「おかえり!」の挨拶をもらうと同時に、彼らの目はすぐさまピエトの胸元にくぎ付けとなって、固まるのだった。

ルナはようやく、ピエトが見知らぬTシャツとジーンズをはいていることに気づいた。彼がここを出る前に着ていた服は、ぜんぶ入らなくなったのだ。

「あれ? カリムは?」

「カリムさんもパットゥさんも中央区役所。とにかく、込み入った話をしなきゃならないから、俺たちだけで来たよ」

「もしかして、ピエトが抱いてる赤ん坊の話?」

「まあな」

クラウドとメンズ・ミシェルの会話を聞きながら、ルナは、すっかり成長したピエトを、口をあけたままながめていた。

 

「おう、おかえり――」

ピエトの帰着に合わせて、彼の好物であるバリバリ鳥のシチューをつくっていたアズラエルもキッチンから出てきて、ピエトと胸元を見たとたんに真顔になった。

「あっ、アズラエル……これは、」

ピエトは赤ん坊を守るように身を縮めたが、アズラエルは、のっしのっしとピエトに歩み寄り、ぬっと手を伸ばした。

ピエトの身が縮む。アズラエルはちらりと赤ん坊の顔を覗き込み、それから、ピエトの頭を、大きな手で撫で繰り回した。

「おかえり、ピエト」

「――!」

ピエトの顔から、不安が一気に消えた。

「ただいま!」

「おまえ、ずいぶんでかくなったじゃねえか」

「う、うん! 俺、165センチになったよ!」

 

「あの子がピエト君だよね」

アニタがミシェルをつついた。

「そ、そうだよ……」

皆と同じように、ピエトが連れてきた赤ん坊にびっくりして固まっていたミシェルが、うなずいた。

「あの赤ちゃんは――27人目ってこと?」

アニタの言葉に、はっとした。

「そっか……27人目――でも、赤ちゃんよ!?」

「赤ちゃんよね……」

 

「こんにちは! あたしリサよ――もしかして、あたらしいルーム・メイト?」

「アルベリッヒです、よろしく」

イケメンに目がないリサは、さっそくアルベリッヒと握手を交わしていた。

「いくつ? あたしらと同い年? マジかっこいい。もとからK27区にいたの? それともK37とか?」

「23歳です。わたしはリュナ族。このあいだまではK33区に住んでいました」

「――原住民なの!?」

リサの裏返った声に、アルベリッヒは苦笑した。

「原住民が苦手ですか? 申し訳ない……」

一瞬、リサの顔に表れたけわしい顔に、となりにいたメンズ・ミシェルも、近くにいたアズラエルもおどろいた。あわててリサと握手していた手をほどいたアルベリッヒに、リサのほうがあわてて、

「ち、ちがうのよ――あなたが悪いんじゃないの、ごめんなさい」

と謝った。

「――あなたが悪いんじゃなくて、悪いのは、ルナとミシェル」

ぼそりとつぶやいたリサの言葉を、アズラエルが聞きとがめた。

「今、なんて言った?」

「うっさい! あんたもあんたよ! バカアズラエル!!」

リサは怒鳴り――目を見開いたアズラエルに思い切りしかめ面をして見せてから――アルベリッヒには、笑顔を見せた。

「ごめん、気を悪くさせて――ほんとに原住民とか、そういうのは関係ないの。これから仲良くして。よろしく」

両手でアルベリッヒの手をにぎり、ルナとミシェルのほうではなく、セルゲイたちのほうへ行った。

 

「――なに怒ってんだ、あいつ」

アズラエルのぼやきに、メンズ・ミシェルが苦笑した。

「だいじょうぶだ。あとでルナちゃんたちと話し合えば、誤解は解けるさ」

「誤解?」

ピエトが、アズラエルのTシャツの裾を引っ張った。

「リサ姉ちゃんは、仲間外れにされたことを怒ってるんだ」

「仲間はずれ?」

 

ルナもミシェルも、まるで自分たちを無視しているようなリサの態度に、二の足を踏んでいた――彼女たちが帰ってきたことも嬉しかったのに。さっきは、変わりなくルナに声をかけたリサである。なぜか怒っているような顔をしていて、ルナたちのほうを見ない。グレンとセルゲイたちにもすこし声をかけたあと、不機嫌そうにひとり、部屋の隅に行ってしまった。リサらしくない態度だった。

こちらへ来ないので、しかたなく、ミシェルといっしょにいたアニタが、リサに寄っていった。

「リサちゃん!」

「アニタさんじゃない。ひさしぶり! まだ宇宙船に乗ってたの!?」

「乗ってたのよ、それが――」

 



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