キラリを寝かしつけたロイドが、大広間にもどってきた。

「パットゥさんも、バーベキュー・パーティーに誘っても、一回も来なかったもんね」

「あのひとも、キッチリ線引いてたな」

でも、すごく頼りになる人だ。メンズ・ミシェルは言った。

 

「どんな船客と当たるかは――俺たちにとってもこれは、ご縁ですから」

テオはつぶやき、

「それより、アニタさん、さっき食事のときに仰ってたこと」

「ほ?」

食いすぎた、と腹をさすりながら仰向けになっていたアニタは、ゆっくり起き上がった。

「リズンで、あなたに失礼なことを言った三人組ですが」

「え? あ、いや、失礼なことっていうか、」

「具体的に、特徴を教えていただけますか?」

「……はい?」

 

アニタは、さっき、食事の席で、三人の船内役員に後ろ指を指されたことを話した。アストロス停泊前に、リズンで会った、アパレル関係であろう三人組だ。直接そう言われたわけではないが、「一回目のツアーで地球に行けるひとはヒマ人だ」と言われたこと。それに傷ついたこと――そういうことが、取材先で数々あったこと。

話の流れだった。他意はない。

アニタの言葉に同意したのは、おなじくらい交友関係が広いリサだった。

「あたしもあるわよ? K12区の美容室で、コンコンと諭されたことがあるもの」

リサは、いますぐ宇宙船を降りて、L55で美容師としての腕を磨くよう言われたが、それはそもそも、彼女に命令されることではなかったし、リサを地球に行かせたくない態度が見え見えで、リサは二度とそこへは行かなくなった。

リサの話を聞いたとたん、テオが、「それはどこの美容室です?」と追及したのだ。

 

「げーっ!! 今期の調査員、おまえか!!」

シシーが後ずさった。テオは呆れと冷却が混在した目でシシーを見下ろした。

「君のことなんて、報告すべきことは何もないよ。ただ、よく食うしよくしゃべるってことぐらいだろ」

「あ、あーっ!! よが、よがっだ……!!」

シシーは自分に与えられたビール缶を、おずおずとテオに差し出したが、さらなるつめたい視線が降ってきただけだった。

「賄賂が効くとでも?」

 

「ちょ、調査員って?」

アニタが聞くと、シシーが説明した。

「役員を調査する調査員。たいてい、派遣役員にも船内役員にもコッソリ紛れ込んでるんだけど、コイツに“失格”判押されると、役員の資格取り上げられる」

「ええっ!?」

「おおげさだな。ちゃんと説明しろよ」

テオはふかぶかとため息をつき、きちんと説明した。

 

テオは、役員を調査する役員である。その役員は、ツアーごとに変更。役員が、きちんと役員としての責務を果たしているか、船客に迷惑をかけていないか、極秘に調査する役員である。とくべつにその仕事が割り振られるのではなく、派遣役員や船内役員の仕事の傍ら、調査員も行うというわけだ。

「だいたい、10年以上勤務経験のある役員で、問題行動を一度も報告されておらず、テストに合格した役員がランダムに選ばれます」

 

「ママも、一度調査員になったことがあるわ」

「カザマさんが?」

ほとんどしゃべらないミンファが、今日初めて「うん」と「いいえ」以外を口にした。

「うん。まえのツアーのとき」

 

テオは肩をすくめた。

「アニタさんやリサさんみたいなケースは、多いんですよ」

役員は、船客を地球に到達させるのが最優先であるのに、理屈をつけて降ろそうとする役員が、想像以上にいるのだという。そして、役員の言葉が原因で、宇宙船を降りた船客も、すくなからずいる。

「リサさんの、その美容師の方は、もう完璧レッドカードです。『宇宙船を降りなさい』という言葉が出た時点で、それはアウトです」

「き、厳しいのね……けっこう」

リサも、引き気味につぶやいた。

「そのあたりは厳しいです。ただ、徹底的に調査はします。船客を装った調査員が、その美容師さんに接触して、同じ言葉を引き出そうとします。それで、美容師さんがその言葉を発しましたらアウトです。証拠は取ります」

 

「でも、あの、あの子たちは、悪気はなかったし……」

アニタは、三人組をかばう日が来るとは思わなかった。

「安心してください。リサさんやアニタさんの名は出ません。その三人組は、調査上、さっきの言葉が出ればアウトでしょうが、厳重注意勧告は出るでしょうね。つまりイエローカード。イエローカードが三枚そろえば、資格はく奪と、降船です」

「それって、苦労してとった資格が、取りあげられるってわけ?」

キラがおおげさに飛び跳ね、リサと顔を見合わせた。

「き、気を付けることにする」

 

「その調査員って、もしかして、カブラギも入ってる?」

クラウドの問いに、テオは苦笑した。

「カブラギさんって――ルシアンのオーナーですか? 分かりませんね。調査員ってことは、周囲にバレないようにしてるはずなんで、俺のほかにだれが調査員なのか、俺はわかりません」

「そうか……」

クラウドは、なにか考えるように、腕を組んだ。

「あんたいま、あたしにバラしたじゃない!」

「君は、俺が調査員だとわかったから、これ以上愚かな行動はしないだろ?」

 

そこへ、おおはしゃぎでじゃれあいながら、ネイシャとピエトが飛び込んできた。身体は大きくなっても、子どものままだ。

「いや。思春期という食い盛りに入ったってことだな」

アズラエルは、真顔で言った。炊飯ジャー一升炊き三つがカラッポになったのだ。あれだけのおかずをならべてでさえ――。

おまけに、哺乳瓶二本のミルクをたいらげる新生児が現れた。

 

「アニタ姉ちゃん、シシー姉ちゃん! アイス食べる?」

「食う食う!!」

「あ、あたし、もうはいんない……」

手を挙げたのは、シシーだけだった。

「コラ!! 先に着替えなさいパジャマに――お風呂は入ったの!?」

セシルの絶叫がこだまする。

 

シシーはついに叫んだ。

「あたし帰りたくない! 今日泊まっていい? そしてあした、焼鮭つきのおいしい朝ごはんを食べてから、区役所に向かっても?」

「シシー、君、俺が調査員だって明かした理由が分かってないだろ!?」

「べつにいいが、ゲストルームがねえよ。応接間のソファに寝るか?」

「ゲストルームが欲しいって、ララにいうべきだったね」

「だって、まあ、部屋がぜんぶ埋まるとは、思ってもみなかったもんね」

「お風呂、さきにいただきました♪ 次、だれが入る?」

湯気を立てたアルベリッヒが、サルーンとともに大広間へやってくる。

 

「にぎやかだなあ」

ルナは、ピエロとともに、三階から大広間を見下ろしていた。ピエロは、「うく、きゃ、きゃ」と目をいっぱいに見開いて、階下を見ている。

「楽しそうだもんね」

「きゃ、ぷ、うきゃ、」

「まだ寝たくないの、困ったなあ」

 

ルナは、ピエトがこの赤ん坊にピピと名付けなかったことが不思議だった。ピエトがこの子を連れて来たのは、弟のピピに重ねているのだと思っていた。

だが、ピエトが名付けたのは「ピエロ」。

L系惑星群の言葉では「道化師」だが、ラグバダの言葉では、「龍」を意味する――らしい。

「君は、身体も心も、おっきくなるよ」

(絶対、死なせないからね)

 

この子のZOOカードは銀色の光を迸らせ、「ラ・ムエルテ(死神)」を背負って現れた。

「八つ頭の銀龍」。

天秤を背負ったハトほどとはいえないが、ララの金龍を彷彿とさせる、巨大な龍だった。

 

――ララの、後継者。

 

「でもダメです。お子ちゃまは寝るのです」

ピエロは「あー」と不満げな叫びをあげたが、ルナは部屋に連れ帰った。

薄暗い部屋のベビーベッドに寝かせると、たちまちすやすやと眠りに落ちた。

 

『心配するな、わたしが見ていよう』

いきなりイシュメルが現れたので、ルナは飛び上がるところだった。ノワも、のっそりと現れた。

『ルナ。おまえの神様に酒をそなえてくれ』

ノワは酒をあおる仕草をした。

「もう! お酒くさくなってたら、ピエロが酔っ払っちゃうよ!」

ルナはそう言いつつ、いつも部屋に常備してあるワインの瓶をノワに渡した。彼は嬉しそうに受け取った。

 

「ルナーっ、いっしょに温泉はいろ!」

アンジェリカが呼びに来て、ベビーベッドを見て慌てて声を低めた。

「今行くよ」

ルナはそっと、部屋のドアを閉めた。おっさんがふたり、ワインを飲みながら赤ん坊を見ている。あとで部屋に来たアズラエルが絶叫することは請け合いだ。

 

「イシュメルとノワに見守られた赤ちゃんなんて、死ぬ気がしないよ」

アンジェリカにもサルビアにも、ふたりの姿が見えていたらしい。

「お背中の流しっこをするのです」

サルビアは、使命感に満ち溢れた声で言った。

「うん! します!」

大広間の賑やかな声を聞きながら、ルナは、サルビアとアンジェリカとともに、リサたちも待っている、お風呂に向かったのだった。

 

 



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