「ベッタラ、おまえ、文明人の生活に慣れたら、島に帰れなくなるんじゃなかったのか」

アズラエルがからかい交じりに言うと、じゃがいもを頬張っていたベッタラはふて腐れた。

「美味しいものは、分かち合うのです! ワタシは、美味しいものを皆で囲むのは、潔くみとめるのです!」

 

「ますます食卓が多国籍化してるね……」

セルゲイがおかしげに、ワイングラスを傾けた。

「セルゲイ兄ちゃん、そのチーズのやつ、なにが入ってるの」

彼のそばに置かれた、大きなスクエアプレートの料理を見つめ、ネイシャが叫ぶ。

「えーっと、」

「茄子とひき肉、じゃがいもとレンズ豆、ベシャメルソースとヨーグルト、ミートソースだよ」

アルベリッヒが言うと、ネイシャが、「それ! それ取って!」と騒いだ。

「俺も食いてえ! アル、それ取って」

「はいはい」

アルベリッヒは言われるがままに取り分ける。彼の隣で、サルーンがささみとレンコンをつついていた。子ども用のいすではあったが、サルーンの座席もしっかり用意されていた。

 

本日テーブルを囲むのは、ルーム・シェアのメンバーだけでなく――もっとも、今日からリサとメンズ・ミシェル、キラとロイドが加わったが、夕食の席には、ベッタラとニックに加え、シシーとテオもいた。そして、カザマの娘、ミンファも。

ミンファは、よくサルビアやアンジェリカと食事をとっていた。カザマが多忙なこともあって、ひとりの食卓が多いからだ。今回、ふたりがルーム・シェアのメンバーに入ることになって、ミンファも、夕食だけでもここで取れるよう、サルビアがルナたちにお願いしたのだった。

ルナたちが断るわけもなかったし、カザマはしきりに「申し訳ありません」と遠慮がちだったが、ミンファは楽しそうだった。

「ミンファ姉ちゃん、ちゃんと食えよ?」

「あたし、お肉とったげようか? それともキャベツ?」

終始おとなしいミンファなので、ピエトとネイシャがせっせと皿におかずを取り分けた。

シシーとテオも、以前パーティーに参加したときに、アズラエルに言われたのだった。

「夕飯だったら、いつ食いに来てもいいぞ」と。

テオは社交辞令として受け取っていたのだが、シシーはそうではなかった――でもひとりで行くのは勇気がいると、テオを誘ったのだった。アズラエルは社交辞令のつもりはなかったらしい。ふたりは当然のように、食卓へ迎えられた。

 

「あたし、このバリバリ鳥のシチュー、食べたことがあるけど、アズラエルさんがつくったほうが旨い!」

アニタの言葉はお世辞ではなかった。

「ワインで煮込まれたこの上品な味が……肉はホロリ、玉ねぎが甘さを加え、セロリが隠し味となって――」

恍惚と表現するアニタに、セルゲイが我慢できずに笑った。

「食べたことがある? どこで。めずらしいな」

「バリバリ鳥食えるお店があるの?」

アズラエルとピエトが、興味津々で顔を上げた。

「K30区に、ハンシクっていう多国籍料理店があって」

「あ! ワタシ知っています!」

意外なことにベッタラが叫んだ。

「あそこ、アノールの料理もあります!」

「そうそう! K33区の真下でしょ? 原住民のひとも食べに来るのか、けっこうめずらしい料理が多くて――取材したことがあるの」

 

「アニーちゃんは、船内で取材したことがない区画ってあるの?」

ニックが聞くと、アニタは「ありますよ!」と言いながら、すでにはちきれそうなおなかをさすりつつ、サラダを取った。

「K04区、K33区、K26区、それからK03区あたりは行きにくいですね。K03、04は、よそ者が来たって感じでジロジロ見られるし、とにかく視線がつめたくて、一人で行くのは怖いです。K33区とK26区は、マジでおそろしくて入っていけません」

 

K03は神官たちの区画で、K04区は仏僧たちが住む山深い区画だ。K26区はS系惑星群の住民ばかりでまったく言葉は通じないし、ルナたちの人種とはかけはなれた姿の人が多い。そしてK33区はL系惑星群の原住民の区画。アズラエルが最初、一人で行ったことをあきれられたように、なかなか一般人は入りにくい区画だった。

 

「K03と04はそうかもね」

アンジェリカが肩をすくめてつぶやき、

「でも、あたしたちはK03に住んでたし、なんなら、案内しようか?」

排他的なひとばかりではないよ、そういう傾向はあるけど、とアンジェリカは言った。

マカロニを頬張っていたアニタはあわてて飲み込んだ。

「ホントですか!?」

「ええ。ご案内なら、できますわ」

サルビアも微笑んだ。彼女は相変わらずソーセージをフォークにさすことができず、ついにグレンが自分の皿の分を彼女の口に入れた。

 

「K33区はベッタラが案内できるんじゃない?」

ニックが言うと、ベッタラは胸を叩いた。

「おまかせあれ!!」

「マジですか――ちょ、しんじられな――あの、贅沢な申し出かもしれませんけど、取材なんかは――」

「取材?」

「ええ。無料パンフレットに載せる取材なんかは? 街の写真を撮ったり、住んでいる方にお話を聞くなんてことは、」

「いいという人間がいれば、だいじょうぶだよ」

アンジェリカは言ったし、レディ・ミシェルはつぶやいた。

「バジさんなんか、大喜びで取材受けそうだよね」

「ワタシが、すみからすみまで、ご案内するもてなしを約束します!」

 

「ほんとに!? やったあー!!!!!」

アニタは、万歳三唱した。

「あたし、ここに来てからいいことだらけ。――マジで幸運使い果たしてンじゃないかな?」

アニタは騒いだあと、急に神妙な顔になって着席した。さっきからサルビア姉妹しか食べていない、ビビッドなサラダを取り分けることだけは忘れずに。

「それより、どうか、明日の朝は鮭で」

鮭食べたい。レディ・ミシェルが懇願するように、ルナに向かって言った。

 

 

「もファ~、なんかまったりしちゃう。アパート帰りたくない。あたしもここでルーム・シェアしたい……」

食事を終え、次回の訪問のために積極的に片づけを手伝ったシシーは、大広間でゴロゴロ、転がった。

「シシー、君、船客の家で気を抜きすぎだ」

おなじく、後片付けに参加したテオは、スーツに絨毯の糸くずをつけるシシーが信じられないようだった。

「残念だったな。俺たちが入ったから、もう部屋は空いてないんだ」

メンズ・ミシェルがビールのプルトップをあけながら、テオとシシーにもおなじものを手渡した。

「一日遅かったかあ――」

おいおいとシシーが泣きまねをするのに、テオが呆れ声で突っ込む。

「船客の家に役員がルーム・シェアするなんて聞いたことがないよ。許可されるわけないだろ」

「テオは固い! 固すぎ!! 二週間放置した食パンみたいだよ!!」

「分かるう! あれパサッパサになって、口の水分全部取られるんだよね」

キラが叫び、起き上がったシシーと意味不明なハイタッチをした。

「食パンはちゃんと密封して、冷蔵庫に入れれば持つよ」

テオの返答に、シシーはケッという顔をした。

 

「やっぱり、役員って、船客と仲良くしちゃいけないの」

セルゲイが聞くと、テオは言った。

「そういう決まりはありません」

「ほら~」

シシーが口をとがらせたが、テオは、シシー限定で、厳しめに言った。

「決まりはないんですけど、暗黙の了解で、なるべく船客とは親しくしないほうがいいってことにはなってます」

「やっぱりそれは、仲良くなりすぎると、不都合が起きてくるから」

「そうですね――やっぱり、そういう傾向があるみたいです」

大広間にいるメンバーの頭に真っ先に浮かんだのは、フローレンスの一件だった。あの場合は株主と役員だったが、癒着して犯罪化したいい例だろう。

 

「ソフィーもそういう役員だったな」

クラウドは言った。彼女も生真面目な方で、パーティーに誘っても、ことごとく断られた。アストロスの大戦がきっかけで、かなり彼女とは打ち解けられたと思うが、お茶の約束を果たすまえに、彼女はエーリヒを送るために旅立ってしまった。

「でもあたしらなんかは、カルパナさんに、ずいぶん助けられたよ?」

セシルは、カルパナが役員として距離を置くのではなく、親身にしてくれたから、助けられたことも多くあると言った。

 

「俺としては、どっちがいいとは言えないですね。セシルさんのような例もあるし、ソフィーさんはソフィーさんで正解だと思うし」

テオは「いただきます」と断って、缶ビールをあけた。

「シシーは緩みすぎだと思いますけど」

 



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