「あたしは、子をつくるなと、アンジェリカに言われてる」

「――え?」

「あたしの子は、5歳になる前に死ぬという象意が表れている。あたしは、一代で巨額の財を築く代わりに、実子には恵まれないってことだ」

「――!」

「妻も持たない。持てば伴侶は、早死にするだろうって話でね」

その言葉が本当か確かめるにも、アンジェリカは今ここにいなかったが、ZOOカードで占われたことにちがいなかった。

 

「まあ、だから、子ができないようかなり注意は払っていたんだが――」

「払うわりには、これまでも、三度ほど失敗されましてね」

シグルスが、メガネのフレームを押さえた。ララはそっぽを向いた。

「……」

「どうしても、女たちは、ララ様を愛するあまりに、子をなしたいと思ってしまうようで――」

「ステルシアは大丈夫だと思っていたのに」

ララは言ったが、なんの説得力もなかった。本人も誰かを納得させるつもりはなかった。

 

「ララ様の子をなした方々は、ひとりは母子ともに、死産で亡くなられまして、あとふたりは、子を生かしたら母親が死にまして。まったく、罪深いお方です……」

ルナたちは息をのんだが、シグルスの嘆息は、まったくララには響いていなかった。

「生き残ったお子様がたは、ララ様のお子としてではなく、まったく親が不明の孤児として、白龍グループの孤児院で成長しております。いずれ、傭兵になるでしょう」

シグルスは、ピエトの膝ですやすやと眠る赤ん坊を見つめた。

「その子は、船内の孤児院に置くか、白龍グループの孤児院にしようか、話し合ってはいたのですが」

 

ここで、ピエトのほうに話がうつった。

そのころ、ピエトは四人部屋の普通病棟で、ケガの完治を待っていた。ルーム・メイトは、ひとりは病気のおばあさんで、もうひとりは寝たきりのおじいさん。ふたりとも寝てばかりだったので、ピエトはいつも静かな時間を過ごしていた――そこへ入ってきたのが、ステルシアだった。

彼女は、大きなおなかを抱えていた。

「明後日、予定日なのよ」

ステルシアは気さくなたちで、ピエトにもずいぶん話しかけた。

E005で、ずいぶんおおきなメルヴァの宇宙船が見つかり、戦闘になった。アストロスは入星できない状態であり、L20の軍人で大ケガをした重傷患者がE353まで流れてきて、病室の空きがすくなくなり、移動させられたのだと彼女は言った。

 

「仲良くしてね、ピエト」

「うん!」

毎日リサとミシェルが来てくれるが、さみしい思いをしていたピエトは嬉しかった。

しかし彼女は、産むまではおだやかだったのに、出産がすんだら豹変した。泣きふさいでばかりで、赤ん坊には触れさえしなかった。張る乳房をもてあまし、ヒステリックに泣きわめきながら、看護師がつれてくる我が子を、「あたしに見せないで!」とわめく始末――それでいて、赤ん坊の顔が見えないと、「どうして連れて来てくれないの」と、再び泣くのだ。

けれども、赤ん坊を連れて来ても、決して抱かない。顔を見るのも嫌になるようなのだ。そのときの様子を見ていたリサは、言った。

「マタニティ・ブルーにしたって、ひどかったわ」

 

それで、ピエトがついに手を出した。母親に抱いてもらえず、泣きわめく赤ちゃんがかわいそうで。

リサが赤子に触れようとするのは、彼女は嫌がった。ミシェルもダメだ。けれども、ピエトはだいじょうぶだった。

ケガが治っていないピエトは、赤子を抱くことは叶わなかったが、彼女のそばまで行って、ベビーベッドに寝かされた赤子をあやした。それを見て、ステルシアはほっとしたように涙をこぼすのだった。

ステルシアは、自分が赤子を抱くことはできないけれど、ピエトが赤子をそばに置いてあやしてくれているのを見るのは好きなようだった。

ある日、ステルシアは、ピエトが寝ているうちに、ベビーベッドごとピエトのベッドそばに赤子を移動させ、自分は姿を消した。

 

ピエトも仰天したが、看護師たちも仰天した。事情を知った、リサとミシェルもである。

 ララたちが病院に顔を見せたのは、ステルシアがいなくなったその日だった。

 「おまえ、ピエトじゃないか」

 「あっ! ララさん!?」

 ふたりは、病室で思いもかけない邂逅を果たす。

 ステルシアが消え、ピエトのもとに赤子がのこされたと知ったとき――ララは運命を感じた。

 赤子の行く末は、ララの中で最悪の方向からシフトチェンジした。

 

 「サイアクの方向って――」

 ルナが青ざめた声で言うのに、ララは重い口を開いた。

 「さっき言っただろ? あたしの子じゃなかったらいいが、あたしの子だったら、母親の命か、子どもの命か選ばなくちゃならない。子どもの命を選択すると、母親は確実に――自殺する」

 「それで、ステルシアさんは?」

 焦ったリサの問いに、ララは「無事だ。ちゃんと保護してる」とだけ言った。

 

 「赤子の顔を初めて見たとき、あたしは当然、その子はステルシアと――その、アイツの子だと思っていた」

 ララが口に出した男の名は、ルナたちも容易に知る世界モデルの名だったので、ふたりはびっくりした。それで分かった。たしかに、ピエロは――ピエトの腕に抱かれる赤子は、特徴だけで言えば、彼にそっくりだ。金髪碧眼に白い肌。

 「ステルシアは焦げ茶色の髪だ。アズラエルの髪色に近いね――目の色もブラウンだ。あたしはこのとおり、産まれたときからどっちも真っ黒。ぜったいアイツの子だと思っていた。だが、ステルシアもシグルスもあたしの子だって聞かないから、DNA鑑定はした」

 「――そうしたら、ほんとうに、君の子だったと」

 クラウドの言葉に、

 「残念だが」

 ララは、めずらしくも、深い深い嘆息をこぼした。

 「先祖返りってヤツかもな。だいたい、両親が金髪なのに黒髪が生まれたりってのは、ザラにあるしな」

 「めずらしいケースではありますけどね」

 シグルスも嘆息した。

 

 「あたしは今回、母親を選んだ」

 ララは告げた。

 「だからもしかしたら、その子は――5歳になるまえに、死ぬかもしれない」

 

座が凍り付いた。だれもが、ピエトと、彼が抱く赤ん坊を見つめた。

ルナだけは、ララの視線の意味が分かっていた。

(ピエロは、K19区の子どもと同じだ)

――最初から、死を宣告された子ども。

うさこが、助ける方法を知っているかもしれないはずの子ども。

どうして、ピエトがこの子を導いてきたのか、ルナはぼんやりと認識した。

 

(K19区の役員になるまえに、まずはこの子をたすけるのね? うさこ)

 

「ピエトが、ルナならきっとなんとかできるって言って、連れて行くと言い張った」

ララの言葉に、ふたたびリサの顔がしかめっ面になったが、だれも気が付かなかった。

ピエトはうつむき、掬い上げるような目で、ルナを見た。

ルナは、自分の膝がしらを見つめていたが、決心したように言った。

 

「ピエト、“ピエロ”を貸して」

「う、うん!」

ルナは、赤子の名を呼んで、ピエトから預かった。ルナが赤子の名を呼んだことに、ピエトは嬉しそうに、返事をした。

ルナは、ものすごく重く、どこも悪いところはなさそうな、健康そのものの赤ん坊を、じっと見つめた。

(君は、生きたくて、生まれて来たのだもんね?)

ピエロは、ルナの顔を見たとたんに、くしゃくしゃの笑顔になった。

「あ、笑った――!」

ピエトも笑顔になった。

腕の中に香る赤ん坊のにおい。生まれたてのにおい。ルナも自然と、笑みをこぼした。

(生きるんだよ? あたしも、うさこといっしょに、なんとかするから)

 

「ララさん」

ルナはピエロを抱きしめ、決意した。

「あたしの子どもにする」

 



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