「あたし、E353の病院でピエトに付き添っていたとき、ヘンな夢を見たの」

リサは言い、キラも同時にうなずいた。

「あたしも。メンケントのホテルで」

「あとからキラと話して分かったの。あたしたち、同じ日に、同じ夢を見ていた」

第二次バブロスカ革命の夢だ。言われなくても、ルナとミシェルには分かった。

「ふたりだって見たでしょ――そうよね? だって、ルナたちも出て来たもの」

「あたし夢って、いつもちゃんと覚えてないんだけど、あれだけははっきり覚えてる。ロイドも、ミシェルも見たの。きっと、アズラエルも見たわ。みんな出てきた。グレンも、クラウドも――」

「ルナたちも見たんだよね? そうでしょ?」

キラが畳みかけるのに、ついにミシェルが降参した。

 

「わかった!」

バンっと両手をテーブルに着いた。

「まず、内緒にしてたことは謝る! でも、ぜったい、あんたたちを友達だと思っていなかったわけじゃなくて――」

 

「言いにくいことかもしれないっていうのは分かるの」

キラはうなずいた。

「でも、あたしたち、なにを聞いてももうびっくりしないから、」

「あたしたちは、なにもできなくても、せめて、あんたたちがどこにいて、なにをしていたか知りたかっただけなの」

 

言いかけたリサは、ルナがめそめそと泣き始めたのに気付いた。キラもミシェルも、驚いて、ルナを見た。

「ちょ……! あたし、あんたを責めてるわけじゃあ、」

リサの言葉にルナは首を振り、ひっくひっくと嗚咽をはじめ――「ぷぎゅ……」と謎の耐え忍ぶ奇声を発して泣き出した。

「ぷぎゅ! ぷぎゅってなにルナ!? どっから声出してんの」

リサは思わず噴き出したが。

 

「ゆ、ゆ、ゆわなかったのは、あたしの、わがままなの……」

ルナはついにぼろぼろと涙をこぼし始めた。

「わ、わがまま?」

三人そろって、ルナに聞いた。

「うん、わがまま」

 

ルナは、レイチェルとシナモンが降りてしまったとき気づいた。彼女たちの存在が、どれだけ大切な存在だったか。いつも隣にいて、気づかなかった。

 それは、リサとキラも同じだ。

 「友達は大切よ。あたりまえじゃない」

 リサは平然と言ったが、ミシェルには、ルナの言わんとすることが分かった。

 カレンの事件や、「地獄の審判」、セシルたちの呪いの一件――K19区の遊園地でシャトランジ! を託されたとき――今回の、メルヴァとの戦いもそうだ。

 気の置けない友人の存在は、ルナやミシェルが、日常に戻ることのできる、スイッチみたいなものだった。

 

 「……だからあたしは、リサとキラには、なんにも知らないままでいてほしかったのかもしれない」

 ルナは涙を拭きながらもしょもしょと言った。リサとキラの目が見開かれた。

 「あたし、まだ、メルヴァのこと、受け止めきれないんだ……」

 ルナは、ぽろぽろと涙をこぼした。ルナの言葉に、リサとキラが顔を見合わせた。

 「やっぱりルナ、メルヴァと戦ってたのね?」

 「戦ってたっていうか、敵はメルヴァじゃなかった。ラグ・ヴァーダの武神っていう、べつものよ」

 ミシェルの言葉に、リサとキラは口を開けたが、ルナの涙が止まらないのを見て、話を聞くのはあとにした。

 

 「あたしきっと、一生消えない。メルヴァの、あの顔――」

 

 やっと、会えたね。

 

 クルクスの入り口で出会ったメルヴァの微笑み。壮絶で美しく、まるで子どものように純粋な微笑み。メルヴァの身体の重さを、ルナはまだ覚えている。

 メルヴァに泣きすがるアンジェの姿、気丈に涙をこらえ、それでもあふれてくるサルビアの涙。あとから知った、天使たちの犠牲、メルヴァの部下たちが、道々で倒れていたこと――クルクスの城内で聞いた、フライヤの半生。

 ルナは必死で日常にもどろうとした。でも、ときおりふと思い出す。

 みんなの想いが、カケラとなって、胸の奥に引っかかっている。

 

 ミシェルが隣で、目を真っ赤にしていた。

 ミシェルはミシェルで、あの地獄の階段を上がり切ったロビンの安らかな顔を思い出しているはずだった。エミリの笑顔、なにもできなかったつらさ、すべてを含めて。

一生消えないだろう、胸に刻まれた光景を。それはキズとは言えないが、重い記憶であることは確かだった。

 

 「あたしたち、ものすごいことが、起きすぎたの……」

 ルナは茫然と言った。

 抱えようと思っても、抱えきれないことが多すぎた。でも、捨てきることもできはしない。

 あのメルヴァの微笑みは、ルナに思い知らせた。

 あれを見てしまった以上、もう、「こちら側」にはもどれないのだ。

 友達とお茶をしたり、のんびり家事をしたりして暮らすのんきな日常には。

それでもルナが日常を送ることができているのは、イシュメルやノワ、メルーヴァ姫やルーシー、月の女神が、ルナの想いをすこしずつ分けて、抱えてくれているからだ。

ルナはきっと、サルディオネとなって、「ルナ自身」では抱えきれないひとたちにこれからも触れていくのだろう。

 

「あたしにはもう、日常なんかないのかなって、そう思うこともあった」

ルナが語る、「いままで秘密にしていた」部分を、リサとキラは、意味が分からないながらも、真剣に聞いていた。

「そんなふうにあたしも、ちょっぴり覚悟してたんだ。でも、このあいだ、ルーム・シェアのパーティーで、キラやツキヨおばーちゃんや、ママの顔見たら、ぜんぶそれが吹き飛んじゃって……」

ルナはやっと笑みを浮かべた。

「あたし、日常がなくなったわけじゃないんだなって。日常がなくなったんじゃなくて、日常に、ちょっと真剣なことが増えるだけなのかなって、ようやくそう、思えた……」

 

「ルナ……」

キラも、アイシャドウが溶けて顔が真っ黒になるほど、もらい泣きしていた。

 「あんた、なんつう重いもの背負ってるのよ」

 リサも号泣寸前だった。ルナの手をにぎり、彼女はティッシュを探して目をさまよわせた。

 「あの夢も、けっこうきつかったよね」

 キラは部屋のサイドボードにティッシュケースを発見し、取りに向かいながら言った。

 「監獄の寒さまで分かるみたいな、リアルな夢だった」

 

 まずは四人で、いっせいに鼻をかんだ。

 そして、ミシェルが言った。

 「こうなったら、なにもかも話すわ」

 ティッシュ箱を抱えて、四人は立った。

 「ちょっと、でかけよ」

 

 



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