「ルナたち大丈夫かなあ。すげえケンカの声が聞こえたぜ?」

 ピエトは応接室を心配しながら、大広間をうろついていたが、アズラエルに止められた。

 「女のケンカに首つっこむと、痛い目見るぜ」

 「そうそう――止めに入るだけでも、こっちのダメージ半端ねえぞ」

 グレンも言ったので、ピエトは仕方なくソファに落ち着いた。同時に玄関扉がものすごい勢いで開いた――ネイシャが帰ってきたのだ。

 

 「ピエト!」

 「ネイシャ!!」

 ネイシャは屋敷に入るなりバックパックを放り投げ、ピエトに飛びついたが、ピエトはネイシャのあまり豊かではない胸に押し付けられながら、「げーっ」と情けない声を上げた。

 「おま、どれだけでかくなってんだよ! すこしは遠慮しろよ!!」

 「ピエトだって、それなりにでかくなったじゃん」

 「それなりにな!」

 ピエトは、セルゲイに向かって肩を落として言った。

 「セルゲイさん、マジで何食ったらそんなにでかくなるの。俺に教えて」

 セルゲイは苦笑しつつ、首をかしげた。

 「わたしは、とくに変わったことはしていないよ」

 ただ、ピエロみたいに、生まれたときから大きかったらしいけど。

 

 「見てよこれ」

 ロイドが噴き出しそうな顔で、ソファにならべたピエロと、わが子キラリを見て言った。

 覗き込んだ皆が、そろって笑う――なにせ、ひとつき経ったくらいのピエロのほうが、そろそろ一歳児になるキラリより大きいからである。

 「キラリはほかの子と比べても小さめだけど――それでも、これはないよね」

 「生まれたときからでかかったけど、日に日にでかくなるってお医者さんもびっくりしてたんだ」

 重いったらないよ、とピエトは口をとがらせた。

 「ピエロを抱えて三キロ走ったら、かなり鍛えられるぞ」

 グレンの言葉に、ピエトはやる気を見せた。

 「俺、それやろうかな」

 「哺乳瓶の中身はプロテインじゃないの?」

 アニタの冗談に、笑い声が起こった。

 「え? なに? ピエトの新しい弟? ――ついにルナ姉ちゃんが産んだの?」

 ネイシャもびっくり顔で、巨大な赤ん坊を見つめた。

 「ピエトの弟ってとこは、正解だね」

 

 「さて、きっと話し合いは、落ち着くところに落ち着いたと思うから、俺たちは荷物を取ってくるよ」

 ミシェルが席を立ち、ロイドも、「ごめん。ちょっとキラリを見ていてもらってもいい?」と言って立った。

 「荷物?」

 ピエトとネイシャが聞くと、アズラエルたち大人と目配せして、メンズ・ミシェルは言った。

 「俺たちも、今日からここに住む――よろしくな」

 ロイドも笑顔で礼をした。

 「よろしくね」

 

 

 

「ここで、セシルさんが、宇宙船が燃えないように、がんばったんだ」

四人は、応接室のシャイン・システムから、K25区へ飛んだ。太陽の火で、いったん全焼したとはまるで思えないほど、街は約二ヶ月前の姿をとりもどしていた。砂浜まで、段々畑のようにつづく白い街並み――向こうには、ホテルと灯台も見える。

「宇宙船が、太陽みたいに燃えてたのは、あたしもメンケントから見たよ」

キラも、思い出しながら震えた。

「セシルさんのおかげで、宇宙船は無事なのね」

リサは感慨深く、景色を眺め渡した。

セシルだけではなく、マミカリシドラスラオネザやサルビア――真砂名神社の面々も、たくさんの人間が、宇宙船を守ったのだ。

「言ってくれれば、あたしも一年くらいなら、寿命をあげられたのに」

キラはひとつ嘆息した。

 

観光客はすくなかった。店は開いていたが、客と呼べる人の姿はほとんどない。やはりここは、セレブの株主が多く来る区画だったのだろうか。アストロスの大戦以降、株主たちは、ほとんどが降りてしまったと聞いた。ルナたちは、砂浜まで降りながら、とめどもなく話をした。

彼方までひろがる砂浜には、ひとっこひとりいない。

 

「一気にぜんぶは話せないわ――いろいろありすぎて」

ミシェルは伸びをした。

「そうだね。ZOOカードのことから聞かないと」

「ZOOカードって、アンジェがあたしにくれた、美容師の子ネコのカードのことよね?」

リサは言った。

「そう」

「まあ、いいわ。急がないから。毎日、すこしずつ、聞いていけばいい」

あれほど知りたがったリサとキラは、言いたいことを言ったらスッキリしたのか、質問攻めにはしてこなかった。

四人は砂浜につき、波の音を聞きながら、腰を下ろした。

 

「――ここが、地球に着いたら、いちばんはじめに降りる街ね」

リサが、海風にあおられながら、曲げていた足を伸ばした。

「ねえ。夢の中で言ったこと、覚えてる」

「夢のなか?」

キラがクエスチョンマークをかかげた顔で聞き、それからすぐに思い出した。

 

「第二次バブロスカ革命の記憶ね」

ルナの言葉に、リサとキラは目を見開いた。

「あれ、第二次バブロスカ革命っていうの?」

「バブロスカのことは、地名とか調べると出てくるよ」

ミシェルも言った。

「あれって、やっぱり、前世の夢なのね――」

キラは、砂まみれになるのもいとわず、砂浜に仰向けになった。リサは口をとがらせた。

「だから、覚えてる? そのバブロスカ革命の時代のとき、あたしたち、みんなで、卒業旅行は地球行き宇宙船のツアーがいいなあ、なんて話したじゃない」

「――あ」

ルナも、思い出した。

 

「いま、あのとき約束した仲間と、地球に向かってるのよ。すごいことじゃない?」

リサが大興奮で叫び――ふと思い出した。

「イマリはいたけど、おかしいな、ミシェルはいなかったよね?」

どこにいた? 先生だっけ、と首をかしげるリサとキラに、ミシェルはふて腐れてつぶやいた。

 

「あたし、ひとりだけサルーディーバなの。百五十六代目のサルーディーバ」

「ええっ!?」

ふたりは飛び上がった。

「あれ軍事惑星の話でしょ。なんでサルーディーバが関わってくんの」

「リサとキラは、最後まで夢を見なかったの?」

「最後まで?」

話を聞くと、どうやら、リサとキラは、自分たちが死んだところで、夢は終わっているようだった。

ルナとミシェルが、かわりばんこにその後起きたことを話すと、ふたりの目はみるみる潤み始めた。

「そ、そっか――アズラエルも監獄で――グレンは、自殺しちゃったのね」

「マリーも病気で……そういえば、マリーは、生まれ変わってないのかな」

マリアンヌは、アンジェリカやサルーディーバのそばに生まれ変わっていたことを告げると、またふたりの口から驚きの絶叫が飛び出た。

 

「じゃあ、マリーは生まれ変わっても、もう亡くなってて、イマリは宇宙船を降りちゃったんだもんね」

「もう、なんか、びっくりすることだらけ」

「さすがのあたしも、脳みそが追いついていかないわ……」

四人そろって、砂に仰向けになった。海鳥がピ――イと甲高い鳴き声を上げて青空をよぎっていく。

余談だが、屋敷にもどってから、ルナに、集合写真――第二次バブロスカ革命時代の写真と、クラウドの筆跡がのこった手紙を見せられ、リサとキラが腰を抜かすのは、もう少しあとのことである。

四人はもう、なにも話さずに、波の音と海鳥の声を聞いていた。

 



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