笑いの絶えない昼食が終わり、テオとシシーは区役所へもどり、エマルは、ネイシャにコンバットナイフを教えるというので、ネイシャが帰るまで大広間でテレビを見ていると言った。

 ピエロはリンファンとツキヨが寝かしつけてくれた。

 キラは本気でエプロンを染める気らしく、浴室になにやら持ち込んでやりはじめたし、ルナも慌ただしかった午前中を過ぎ、巨大なピエロからも解放され、伸びをしていると、ふたたびシャイン・システムのランプがついた。相手は分かっている。

 

 「こんにちは――おや? 今日はもう、就寝でしたか」

 シグルスが、手土産を持ってシャインから出てきた。彼の目的であるピエロは、応接室のソファで、ツキヨに抱かれ、すっかり眠りについている。

 「シグルスさん、毎日、お土産はよいのです」

 「いいえ。わたしにも、関わらせてください」

 ピエロの話をするときは、シグルスの顔はいつも柔らかい。

 「ララ様のお子なのですから」

 

 シグルスは、毎日やってくる。ほんの五分から十分、ピエロの顔を見てあやすくらいで、あっというまに去っていくのだが、そのたびに、ルナたちにお菓子を持ってきたり、粉ミルクやおむつ、ピエロの服など、さまざまな手土産を置いていく。

 「ララ様も、自分がピエロのまえに顔を出せない手前、わたしがここへ来る時間をかならずつくってくださいます」

 シグルスはおだやかに眠るピエロを愛おし気に見つめ、「それでは、また」とすぐに立った。

 「もっとゆっくりしていらして」

 リンファンは言ったが、シグルスは微笑んで、失礼した。多忙ななか、この五分の時間をつくるのさえ、彼にはむずかしいのだろう。

 「シグルスさん、お菓子、ありがとうございます」

 ルナがシグルスを見送ったあと、応接室に顔を出したのはアルベリッヒだった。

 

 「それじゃあ、今日も行ってきます。ルナ、ごめんね、サルーンをよろしく」

 「あ、アル、いってらっしゃい!」

 その言葉を合図に、サルーンがルナのほうへ飛んできて、エプロンのポケットにおさまった。それを見て、ツキヨが噴き出す。

「この子ったら! おもしろいタカだねえ」

 「まったく。サルーンはこのポケットがお気に入りになっちゃったよ」

 ルナも呆れ声で言ったが、サルーンは知らんぷりだ。

 「あたまに乗られるよりは、いいのです」

 そうはいっても、サルーンがポケットに入りたがるのは、ルナのエプロンだけ。アルベリッヒのエプロンは、いつもさまざまな道具が入っていて、サルーンが入るスペースはない。

 「アルベリッヒさんは、どこへ行ったの?」

 リンファンが尋ねると、ルナは「お料理教室」とこたえた。ツキヨは手を打った。

 「料理教室に通ってんのかい! どうりで美味しいものをつくると思ったよ」

 

 アルベリッヒは週五日、料理教室に通っていた――いや、この屋敷に来てから、通えるようになったのだ。

 じつは、アルベリッヒはずっとずっと、船内の料理教室に通いたかった。だが、それができないでいた。なぜなら、サルーンを連れて料理教室に通うことはできないし――なにしろ、料理教室はペット不可だし、あのとおり、彼女はずいぶん落ち着きがないのである――サルーンひとりを残していけば、彼女はさみしがって追いかけてくる。

 繊細な飼いタカの彼女にも野生の友人はいるが、野生とペット――なかなか話が合わないというらしく――真偽のほどはアルベリッヒしか知らないが。

 だがこの屋敷に来てから、サルーンはルナが気に入ったのか、ルナに預けておけば、多少アルベリッヒが姿を消しても捜しまわることはなくなった。なので、アルベリッヒは、ようやく念願の料理教室に通うことができるようになったのである。

 

 「そうかいそうかい――そりゃよかったねえ」

 ツキヨはサルーンを撫でながら、何度もうなずいた。

 ルナはサルーンにちょっとだけエプロンから出てくれるように言い、ピエロを抱っこした。

 「さてと――ピエロをベビーベッドに寝かせてくるから、お茶しない? おばあちゃん、今日は病院じゃないの?」

 「病院は明日だよ」

 リンファンがお茶の支度をしてくれるというので、ルナはピエロを抱っこして、三階までの階段をせっせと上がった。

 

 「こんなにおだやかなら、最初から同居していればよかったねえ」

 ツキヨが大広間のシャンデリアを見つめながら嘆息した。

 「夜は相変わらず騒がしいよ」

 ルナはシグルスが持ってきてくれたクッキー缶を開け、リンファンが紅茶を――サルーンには水を、ワゴンに乗せて運んできた。エマルはドラマを見ていたが、みんながソファに集まると、テレビを消し、クッキーをつまんだ。サルーンもルナのエプロンから出て、ソファに羽根を降ろした。

 「あたしは、そうそうぶっ倒れることはないし、寝たきりにもならないし、夜はともあれ、昼間はこんなに静かなんだろ? ピエロを連れて、河川敷を散歩するのもいいし、テラスでサルーンといっしょに、読書としゃれ込むのもいいねえ」

 リサたちが入って部屋は埋まってしまったが、部屋が空いていたらここに住んでいてもよかったかなというツキヨに。

 「……ララさんに頼めば、増設してもらえる――かも?」

 ルナがちょっとだけ期待した目で言ったが、ツキヨは首を振った。

 「そこまでするこたないよ! いいんだよ。中央区だって居心地がいいし、」

 「アズがあたしといっしょは、ぜったい嫌がるって」

 エマルは五枚目のクッキーの包み紙を破りながら、つぶやいた。

 「でも、女ばっかりで、こうしてお茶を飲むっていうのは、いいね。こいつはうまいよ。エルドリウスさんが、フライヤによく贈ってきたクッキーに似てるわ」

 フライヤがウチにいたころは、よくオリーヴとフライヤと、三時にはお茶は飲んでね、とエマルが語りだし、

 「フライヤさん、アダム・ファミリーにいたんですか!?」

 とルナがおどろいて聞くと、エマルは大げさにうなずいた。

 「そうそう! エルドリウスさんから毎日貢ぎ物が届いてさあ――フライヤあてに! 菓子や食い物だったときはみんなで食って。あのときは、旨い菓子ばっかりで、ぜいたくだったなあ」

 

 四人はしばらくほっこりと、思い出話をしたりして、テーブルを囲んだ。

 新しい屋敷での、あたらしいルーム・シェアメンバーとの生活が始まって、それぞれのリズムがつくられてきたころだった。

 アニタは今日、セシルとベッタラに連れられて、目を輝かせながらK33区を取材しているはずだ。

 アンジェリカは本格的にお腹が大きくなって動けなくなるまではと、サルディオネとしての仕事に復帰し、サルビアは、サルーディーバの特殊能力はなくしたが、サルーディーバとして学んできた知識や経験を活かし、アンジェリカの仕事を手伝うために同行している。

 セルゲイは、「そろそろ、お医者さんにもどろうかな」と、タケルの紹介で、K19区の小児病院に通っている。患者は診ていないが、非常勤の医師として、出勤している。

 グレンは、あいかわらずルシアンにラガーに護衛術の講師と、掛け持ちが忙しい。

 

 以前とすこし変わったことと言えば、ピエトがあまり傭兵の訓練をしなくなり、部屋にこもって勉強することが多くなったことだった。セルゲイとクラウドにも、勉強を見てもらっている。ルナは、遅くまで勉強しているピエトの部屋に、夜食を差し入れるのが習慣になっていた。

 ネイシャも、エマルとアズラエルを教師にして、本格的にコンバットナイフを習っている。ベッタラとも格闘演習をしているらしいし、たまに地下のジムで、グレン相手にも汗を流していた。

 ツキヨとリンファン、エマルもよく顔を出すようになったし、カルパナやカザマの娘ミンファが夕食に――シシーとテオも、ほとんどルーム・シェアしているのと変わらないくらい、毎日会うようになっていた。

 

 「アズはそれで、どうしたんだい。早々に育児放棄かい?」

 エマルが思い出したように言い、ルナはあわてて、噎せた。

 「う、ううんっ! ちがうの。昨日から、区役所に通いはじめたの」

 「区役所?」

 「うん。あのね、担当役員の推薦があれば、いまから役員になるための講習を、船内で受けることができるんだって」

 「へえーっ」

 リンファンもエマルも、興味津々で身を乗り出した。

 「それで、アイツ、勉強しに行ってんのかい」

 「そう。アズだけじゃなくてクラウドも。あとね、エルウィンさんもリサもキラも、ロイドもミシェルも行ってる」

 今日は、午前中にロイドが講習に行き、キラがキラリを見ていて、午後からはキラが講習会に行き、ロイドがキラリの世話をするのだ。

 

 「ルナ、あんたは行かないの」

 リンファンが尋ねると、ルナは困った顔をした。

 「じ、じつはね……」

 ルナも、ほんとうはその講習に通おうとしたのである。

 「カザマさんが、あたしはまだ、行かなくてもいいって、ゆって」

 「カザマさんが?」

 おばさんたちは声をそろえて聞き、ルナはうなずいた。

 「あたしはね、とにかく、地球まで行けばいいんだって」

 「それだけでいいのかい」

 ツキヨも、身を乗り出した。

 「派遣役員になるための講習は受けなきゃいけないんだけど、実質一ヶ月なんだって。筆記試験はあるけど、ちゃんと真面目に講習を受けてれば、小学生でも合格するほんとうにカンタンな試験なんだって。あとは、K19区の役員になるには、保育士かベビーシッターの資格は必須みたい。それは、L55に行ってから取るんだって、で、それでね、」

 ルナはさくさくさくさくと、うさぎみたいにクッキーを齧った。ルナがエプロンにこぼす粉を、サルーンが片っ端から拾っていく。いいコンビだった。

 「ふつうは、K19区の役員になるには、派遣役員になってから、10年以上の実務経験が必要なのに、あたしは、カザマさんとヴィアンカさん、あとメリッサさん、それからK19区役員のタケルさんが署名した推薦状がすでにあるらしくって、一足飛びにK19区の役員になれるらしいの」

 「――!?」

 三人は顔を見合わせた。ルナの眉は、への字だった。不安げな顔だ。

 「いきなりだよ? だいじょうぶかなあ……」

 

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*