「いやあ――無理無理。お泊まりは無理だって。姉さん、このあいだ、就寝前にグレンさんにキスされて、熱あげたんだ」

 「「「マジ!?」」」

 ルナも魚のパックを抱えて参戦していた――「熱って!?」

 

 つい先日のことである。話題の映画がテレビで公開されたので、めずらしく全員そろって大広間で観賞し、いつもはやく就寝するサルビアも、ずいぶん遅くまで階下にいた。

グレンの部屋のはすむかいが、アンジェリカとサルビアの部屋。みんなそろって階段を上がり――それぞれの部屋に入る間際、グレンはサルビアに「おやすみ」といって、ひたいにキスをした。

たしかに、いままでなかったことだった。グレンはキチンとサルビアに距離を置いていたし、むやみに手をにぎることもなければ、馴れ馴れしく触ることもなかった――アンジェリカから見ても、あのキスは、わざとでも故意でもなく、ごく自然な流れだったと、思っている。

だが。

「……おやすみなさいませ」

サルビアは、そのまま、笑顔で真後ろに倒れた。

「ねえさーん!?」

アンジェリカがあわてて後ろから支えたが、本気で目を回したサルビアに、グレンは衝撃的な顔をし――「悪かった」とだけ言って、ベッドまでサルビアを運んでくれた。

サルビアはそのまま発熱し、翌日の朝には下がったが、夜なかにうなされたのである。

 

「姉さん、箱入りも箱入りだからね。鉄製の箱にはいってたからね」

アンジェリカが重々しく告げ、四人は言葉を失った。

「そう簡単に、口づけなどしてはなりません! そ、そそそそそういうのは、愛する女性と――手順を踏んだのちに!」

「ここにも同類がいたわー!!!」

顔を真っ赤にして叫んだベッタラに、女たちは悲鳴をあげた。セシルが横で苦笑している。

 

 その悲鳴に重なるようにして、盛大な赤ん坊の声が、二人分、ひびいた。

 「よおし、よし。腹減ったんだな、わかったわかった」

 アズラエルが、ピエロとキラリを両腕に抱えてキッチンに入ってきた。

 「なァおい、哺乳瓶三本分のミルク!」

 「ちょっと待ってて」

 セシルが走った。

 「旨そうなモン並んでるな」

 アズラエルが食卓に興味をしめす。

 「アーズラエルがはじめてK33にきたとき、これを食したはずです」

 ベッタラが鳥のかたまりを皿にあげていると、シャイン・システムのランプが点いた。ニックのお出ましだった。

 

 「お邪魔しま~す! おみやげだよ!」

 「マグロ!!!」

 アンジェリカが、ニックの持ってきた、ひと抱えもあるような寿司の大皿に、絶叫した。

 「エビもマグロもある!」

 「なに!? 今日、だれかの誕生日だったっけ?」

 ニックがウィンクした。

 「誕生日なら、ケーキがいるな――じつは、料亭まさなが、100周年記念掲げてて、この一週間はいろいろサービスやってるんだ」

 お寿司もいつもの半額! と、ニックは、十人前はありそうな寿司桶を、テーブルに置いた。アンジェリカは叫んだ。

 「あたしもK05区行ってたのに、知らなかった!」

 「ルナ、サーモンがあるから、今日はつくらなくていいよ」

 「たまごといくら!!」

 ルナも叫んだ。

 

 「そういや、ツキヨばあちゃんたちは? 今夜は夕飯いっしょじゃねえのか」

 アズラエルがピエロの口に哺乳瓶をぶち込み、もう片方の手で、キラリが飲むボトルを支えながら言った。

 「ツキヨおばーちゃんは、エマルさんと、ルナのママと、あたしのママもいっしょに、アンさんのステージを見に行ったよ。今日は調子がいいからって、ビールでも一杯飲んでくるんだって」

 キラがピエロ用に、もうひと瓶用意しながら答えた。玄関扉が開いて、たてつづけに入ってくる――セルゲイやロイドたちもつぎつぎ帰ってきて、最後に、アルベリッヒが帰ってきた。

 「ただいま――あ、あれ? 今日は食卓が豪華……」

 「アルが来てから、いつも豪華なのですよ」

 ルナはそういって、彼の腕から買い物バッグを受け取った。すかさず、サルーンがアルベリッヒの肩に乗る。

 「ただいまサルーン。今日は、なにもつくらなくてよさそうだな」

 「アル、フィッシュ&チップスつくれる?」

 「ふぃ、ヒッシュアンドちっぷす?」

 「フィッシュ&チップス!」

 「それはどういうもの?」

 「セルゲイさん、悪いけど、子どもたち呼んできてくれる? 部屋で宿題をしているはずなの」

 「ああ、いいよ」

 セシルが叫んで、コートを脱ぎながら、テーブルを見て口笛を吹いたセルゲイが、上に向かう。

 

 今日は、シシーとテオは夕食には来られないようだ。定時になっても、彼らの来訪を知らせるシャイン・システムのランプはつかなかった。ミンファも今日は、カザマといっしょらしい。

 「うおーっ! 美味そう!」

 「えー、今日お寿司なの。あ、でも、なんか見たことある肉がある!」

 階段から駆け下りて来たピエトは、食卓を見てよだれを垂らさんばかりの顔になったが、ネイシャはすこしがっかり顔だった。だが、K33区の食べ物を見て、ニコニコ顔になる。

 「ほら、ふたりとも手を洗ってらっしゃい!」

 「はーい!!」

 

 子どもたちも席につき、ふたりの大きな「いただきます」の声を皮切りに、にぎやかな夕食はスタートした。おとなたちの頭上を酒が行きかい、子どもとサルーンのコップには、ミネラル・ウォーターが注がれた。

 

 「ねえ、さっきの話の続きなんだけど」

 アニタも寿司はあまり得意ではないらしい。春巻きにも似た惣菜と、アルベリッヒとルナがあわてて揚げたフィッシュフライとポテトを皿に盛りあげ、言った。

 「セシルさん、来月号の表紙になってみない?」

 今日、アニタはベッタラの案内で、K33区を取材してきたのだった。セシルも同行していた。明日もK33区を巡ってくるつもりだし、今日もたくさん写真を撮ってきたが、アニタはぜひ、来月号の表紙はセシルに飾ってもらいたかった。

 「い、いや、あたしは……」

 あわててセシルは首を振ったが、アニタは食い下がった。

 「ひとりが嫌なら、ベッタラさんやネイシャちゃんといっしょでも――じつは、セシルさんに着てほしい服があって」

 そうなのだ。アニタには、ぜひセシルに着てほしい服があった。

 アニタは、猛然とキッチンを出ていき、自室に駆けこんで、ふたたびキッチンへもどってきた。

 彼女が手にしていたのは、民族衣装だった。紫が基調の、宝石がたくさん付いた、豪華絢爛なものだ。

 

 「じつはこれ、アストロスの民族衣装なの」

 「えーっ!?」

 リサやキラも、興味津々で衣装を手にした。

 衣装についた宝石はイミテーションだが、刺繍はむかしのやり方で縫い込んだものだから、金額はそれなりに高かった。底の高いサンダルや、足飾り、髪飾りなど、一式そろえて、アニタは購入していた。

 「まあ、それなりにしたけど、撮影用につかえるんじゃないかと思って。セシルさんを見たとき、ぜったいコレが似合うと思ったの!!」

 アニタはうっとりと、衣装を見つめた。

 「これを着れば、アストロスの古代のお姫様になります!」

 「アニタ、無料パンフに情熱かけるのもいいけど、すこしは自己投資したほうがいいって」

 リサは言ったが、アニタは冷や汗を垂らしただけだった。

 「そりゃあたし、このジーンズと、Tシャツ二三枚とジャケットくらいしか持ってないけど、べつにデートも行かないし!」

 「アニーちゃんの誕生日って、いつ?」

 ニックがさりげなく聞いたが、アニタが答えるまえに、セシルのつぶやきにさえぎられた。セシルは、衣装を手にして、瞬きもせず見つめていた。

 



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