「――これ、“遠き国”の、花嫁衣裳だ」

 これは、三千年前、ベッタラとの結婚式にきたものと似ている――セシルの言葉は、口の中だけで消えた。セシルは、「遠き国」からナミ大陸のクルクスにやってきた、魔術師だったのだ。

 「セシルさんすごい! よく知ってるね」

 アニタが目を剥いた。

 「もしかして、セシルさんも行った? メンケントの歴史博物館のちかくで買ったの。三千年前、ジュセ大陸は、ナミ大陸の人たちに、“遠き国”って呼ばれてて、そこからきた蛮族の長が、兄神アスラーエルに戦いを挑んで負けて、部下になったって言う話が――」

 アニタは知らない。セシルの前世が、その蛮族の長の妻になったということは。

 ニックがなにか言いたそうな顔で彼女を見つめているのにも気づかず、アニタは熱心にしゃべり続けた。だが、セシルもまったく聞いていないか――あるいは聞こえていないようで、アニタはやっと気付き、「――あの?」と話すのをやめた。

 

 「あ――なんでもないのさ」

 「その衣装は、アーニタが着たらどうです?」

 意外なことを言ったのは、ベッタラだった。持参のはちみつ入り果実酒を呷り、セシルのカップにも注ぎながら、彼はにこやかに言った。

 「はあ!?」

 「着て、ニックと並ぶのです」

 ニックも、ちょうど口にヒラメを入れたところで、噎せた。

 

「へ!? ええ? なんでニックさん――」

 なぜか、みんなはニヤニヤと笑っていて、ニックは照れたように――アニタだけが、クエスチョンマークを掲げていた。

 「あたしなんかと並んだら、ニックさんは困るでしょう」

 「え? 何で困るの?」

 ニックが戸惑った。

「困るに決まってます、あたし、男じゃないんですよ――そうだわかった! ニックさんは、そうだな――クラウドさんと並べばいいかも!」

 「なんで俺!?」

 クラウドも、噎せた。アズラエルとセルゲイもワインを噴いた。

 「お似合いでしょ!? なんていうか――金髪の美青年同士で!」

 「!?」

 今度はニックが、信じられない顔でアニタを見た。

 クラウドは、アニタが盛大な勘違いをしていることに気づいた。今日、カブラギの件で、それを理解したばかりだ。

 「ちょ、アニタ、その話だけど、」

 「じつは、セシルさんだけじゃなくて、この屋敷にいる全員、あたし狙ってんだけどな!? だって、みんなモデルか俳優かっていう美形ばっかりなんだもん! 順番に、そう、順番に――セシルさんに早く会えてたらな。先月のアストロス特集号はぜったいセシルさんだったのに! でも、どうしてもいやなら無理は言わないですから! セシルさんがダメだったら、ネイシャちゃんはどう?」

 

 「あ、あたし!?」

 ネイシャは、意外にも、まんざらではない顔をした。

 「リサちゃんとミシェルちゃんは一回ずつ表紙やってもらってるけど、もう一回くらいしない?」

 「するする!」

 リサは手をあげ、ミシェルは猛然と首を振った。

 「あ、あたしはもう、いいよ!!」

 ミシェルが表紙を飾った号は、ミシェルの実家でもたいせつに保管されているし、ララとクラウドの懲りようといったら半端ではない。クラウドは愛読用と保存用と持ち歩き用と三冊所持しているし、ララは自室の額に飾っていた。ミシェルは、ぜんぶ焼却したい気持ちをかろうじて押さえているのだった。

 

 「キラちゃんは!?」

 「え? あたしもいいの?」

 キラが嬉しそうに顔を輝かせた。

 「サルビアさんとアンジェちゃんにも、ふたりでL03の衣装着てほしい! L03特集号で!」

 「あ、あたしはやめなよ――姉さんだけでいいよ」

 「なんで遠慮すんの。ふたりでならんでると、すごくいい雰囲気だよ!? ――そうそう、ルナちゃんもぜひ!」

 「ぷ?」

 「そーうだ!! どうせなら、五人でどう? ルナちゃんとリサちゃん、ミシェルちゃんとキラちゃん、アンジェちゃん! セルゲイさんも、できればスーツ着て表紙になってほしい~! これ、単にあたしの希望だけど! セレブ雑誌の表紙みたいになる! ぜったい!!」

 セルゲイはあわてて遠慮したが――食卓は、本日、アニタの独壇場で終わった。アニタの隣でニックが、不思議そうな顔で首をかしげながら、腕を組んでいるのを、ルナだけがじっと見ていた。

 アニタは知らない。

毎日のように、ニックが夕食に顔を出すのは、この席にアニタがいるからだということを。

 

 

 

 相変わらず騒がしい夕食がすみ、子どもたちを浴室へと追い立て、おとなたちが大広間に移動するころ、アニタとリサの興奮もむなしく、グレンとサルビアは、良い子の時間に帰ってきた。

 まだ九時だ。恋人たちが帰宅するにはずいぶんはやい時間である。

 「ソーセージがとてもおいしかったのです!」

めずらしくサルビアは、ニコニコと千鳥足だった。

 

「アニーちゃんって、お寿司嫌い?」

ニックは、アニタがほとんど手をつけなかった今日の手土産に思いを馳せた。だが、アニタは「え? 好きですけど?」と笑顔で言った。

「でも、ほとんど手を付けてなかったけど――「あ、ああ! それは、ミシェルちゃんもサーモン好きそうだったし、ルナちゃんもいくら大好物そうだったし、あたしの食いたいやつ片っ端からなくなったんで。それに、K33区のお惣菜がメチャ旨そうで、そっち食べてみたくて――ごめんなさい。せっかく買ってきてもらったのに、」

嫌いではないのか――ニックはほっとした顔をして、

「いやいや。じゃあ、よけいに入れてもらえばよかったな。お寿司のネタはなにが好きなの」

「サーモンといくらと、マグロとエビですかね」

「……」

真っ先になくなった四種だった。アニタは「K05区の料亭まさなに、海鮮丼食いに行きたくなりました」とつぶやき、ニックが「じゃ、じゃあ、明後日なんかは、いっしょに――」と言いかけたところで、「アニタさーん! 見たいっていってたドキュメンタリー番組はじまるよ!」とキラの声がしたので、「見る! 見る見る!!」と叫んでアニタは行ってしまった。

「……」

頭を抱えてうずくまったニックの肩を、ルナが、ポンとたたいた。

「ニック、あたしにまかせるのですよ」

「ルナちゃん……!!」

ニックは涙目でルナと握手をした。

 



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