ニックとベッタラをシャイン・システムから送りだしたあと、今度は玄関のインターフォンが鳴った。郵便局の配達人だ。

 「今日は二度目です」

 ルナが言った。

 メンズ・ミシェルが出て、荷物を受け取ったが、ずいぶん大きな段ボールだった。

 「重いですから、気を付けて」

 「たしかに、こりゃ、重いな」

 メンズ・ミシェルは「よいしょ」とひとこえ気合を入れて、おおきなダンボールを大広間に運んできた。

 「ルナちゃん宛てだ」

 「あたし?」

 大広間のソファで、ZOOカードの記録帳をながめていたルナは、その言葉に目を上げた。

 「けっこうな保険かかってるぞ――送り人は、ピーター……」

 メンズ・ミシェルは、目を見開いた。

 「ピーター・S・アーズガルド!?」

 「はあ!?」

 ルナ以外の軍事惑星群出身者が目を剥いて、ダンボールに躍りかかった。ルナは置いて行かれた。

 

 「なんでピーターが、ルナに――中身はなんだ!」

 「中身は――音からして、金属か?」

 「重いな」

 「へんな品物じゃねえだろうな」

 「ヘンって――具体的には?」

 

 「黄金の天秤です」

 ルナはぺとぺとやってきて、言った。

 「たぶん、黄金の天秤。あたしってゆうか、うさこか、ルーシーが頼んだの」

 「黄金の天秤!?」

 聞きつけたアンジェリカとサルビアも、ダンボールに結集した。

 「ついに黄金の天秤がとどいたの」

流れで、みんなが箱を取り囲んだ――ルナがカッターを持ってきて、せっせと開ける。

 

 ルナの言葉通り、なかから出てきたのは、おそろしく厳重に梱包された、ルナが主軸となって担げるくらいの、巨大な天秤だった。

 発泡スチロールでつつまれたそれを、アズラエルが箱から取り出してやろうと思ったが、ルナは「待って」と止めて、自分で持ち上げた。

 「重くねえのか、ルゥ」

 「重いけど、持てます」

 ルナは、多少踏ん張ったが、大きい天秤を自らダンボールから出した。

 「あたしがこれを持てなきゃいけないの」

 

 箱から出して絨毯の上におろし、ていねいに発泡スチロールを剥がして出てきたのは、まばゆいばかりの黄金の天秤だ。シャンデリアの明かりを受けてきらめく金細工の土台に、天秤棒と、金の鎖につるされた、黄金の皿が二枚、左右に下がっていた。軸をいろどるカラフルな宝石は、本物とみて間違いないとクラウドは言った。

 「ルビーにサファイア、メノウ、エメラルド、真珠――中央はピンク・ダイヤモンドだ。すごいなこれは」

 月を眺める子ウサギが言ったとおり、ずいぶんゴージャスな天秤だった。

 なかには、手紙が入っていた。アーズガルド家のハトの紋章がシーリングされているということは、ピーターの直筆だ。

 

 『ルナ、ご注文の天秤をお届けします。ほんとうはぜんぶ純金でつくってもよかったけれど、純金にすると重すぎるので、残念ながらメッキ仕様です。素材は軽いから、きっと君でも持てるよ。でも宝石はほんものだから、盗難には気を付けて! お題はサービス。また今度、俺が宇宙船に行ったら、会ってね。それでいいよ。きっと君には払えない金額だから、これはあげます。遠慮しないで。このくらいのプレゼントは、女の子たちには贈るんだから。ではね、ピーター』

 

 「宇宙船に乗ったら会ってねだと!?」

 「こいつ、いつ宇宙船に、」

 「いつピーターに会ったんだ――どこで、なにをした!?」

 ルナはすべての言葉を無視して、天秤をいじっていた。やがてルナは、天秤の主軸から、天秤棒となっている部分とつり下げられた皿の部分をはずして、肩に背負った。

 ルナの奇行に、男たちは黙った。

 「うん。だいじょうぶだ。重いのは、このお皿を乗せておく主軸が重いんだ」

 ルナはひとりで納得し、天秤棒を、軸にもどした。

 

 「ルナ、つかいかたは、月を眺める子ウサギから聞いてるの」

 アンジェリカは聞いたが、ルナは首を振った。

 「ううん。まだ」

 「ルゥ! 説明しろ!」

 アズラエルの怒鳴り声に、ルナは説明を始めたが――カオスが真骨頂に達したあたりで、男たちは理解することを投げた。ルナはぷんすかした。

 「アズたちが聞いたくせに!!」

 「もういい――わかった――ヤツと、なにもなかったっていうなら――」

 「だから、ピーターしゃんがくさいってゆったのは、ポメラニアンシルキーローズのせいなのです!」

 「いいナ~、あたしもそういうマンション住みたい!」

 「これって、ふつうの天秤とはちがうのよね? 魔法の天秤なのよね?」

 「あたしが触ったら、まずいよね?」

 「ポメラニアンシルキーローズなんて入浴剤があるの」

 「たぶん、ポメグラネードじゃないかな」

 リサや周りの女の声が、ルナのカオスを増幅させていることに、男たちはやっと気づいた。

 

 「とにかくあした――うさこに聞いてみます!」

 「そうですわね……」

 サルビアが、ルナに許可をもらって、手を拭きつつ天秤を触らせてもらいながら、つぶやいた。

 「これでルナもサルディオネかあ……」

 リサが、なんだかしんみりした口調でつぶやき、「えっ!? サルディオネって!?」とアニタとアルベリッヒが口をそろえて絶叫したので、なぜかにわかのリサとキラが、言葉を尽くして説明することになった。

 「アニタさん、取材はまだ早いからね」

 アンジェリカがくぎを刺したが、アニタの目は爛々と光り輝いていた。

 

 (う~ん、きっと、まだ、早いのです)

 アンジェリカがアニタに言った言葉だったが、ルナはほっぺたをぷっくらさせて、天秤を見つめていた。けっして、取材がどうこうという話ではない。

 (たぶんね? きっと、まだうさこは出てこないよ?)

 ルナの予想どおり、月を眺める子ウサギは、年があけるまで、姿を現さなかった。

 (ものごとには、じゅんばんがあるのです)

 

 



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