二百五話 十二の預言詩



 

 ――その男は父なる者。獅子の頭。そなたは母、男は父、伴侶となりて、終生そなたの心の安らぎとなる。

 

 ――その男は長の苦労、節を帯びた手で、そなたの力となるだろう。月の女神の光を帯びたる男よ。

 

 ――月の女神の辞書となる男。そなたは辞書を引かねばならぬ。されどつかいかたを誤れば、道も誤る。

 

 ――長きをともに過ごす友よ。四盟のひとり。そなたのそばにいるだろう。生涯おるだろう。

 

 ――縁のまほろば。縁の入り口。母なる者。縁となるを、切ったり蘇らせたりする。

 

 ――世界。ワンダーランド。そなたに天命以上の世界を見せる。

 

 ――そなたの道しるべであり方位磁石。母なる鹿よ。金色なり。

 

 ――はじまりの月。そなたの守り神。ともにあれば安泰。

 

 ――食の神。旅は終わった。これから始まる。そなたとの、長の旅を。大きなクジラの懐で。

 

 ――そなたの師となる者。そなたが師となる者。齢同じくして、死すときも同じであろう。朋友。

 

 ――黄金の龍は、真砂名の神のみ使いなりければ。

 

――アルビレオの衛星の伴侶となる者。想像もできぬほど万能である。そなたがもっとも頼りとなす者。

 

 ――12人の使徒が持つ玉によって、黄金の天秤は輝く。月と地球の御前にて。

 

 おばばのお節介を許してくだされよ。アンジェリカ殿、サルビア殿。月の女神のサルディオーネが誕生するそのときを、この目で見たかった。

 ルナ殿に幸あらんことを。

 ペリドット様に、なにとぞよろしゅう。――

 

 

 アンジェリカが受け取った封筒には、二枚の便せんが入っていた。一通は、「12の預言詩」、二通目は、L03の近況が書かれていた。アンジェリカは、L03の近況も気になる一方で、預言詩から目を離せなかった。一枚目の便せんのみを、何度も何度も、読みかえした。

 (おばばさまの、預言詩だ……!)

 アンジェリカは興奮を隠し切れない顔で、くりかえし読んだ。水盆の占いをするサルディオーネが書いた預言詩――これは、ルナを占ったものだ。

 水盆のサルディオーネが、ルナを占ったのだ。

 (いよいよ、ルナがサルディオーネになる日が近づいている)

 昨夜、黄金の天秤が届いた。奇しくも、ほぼ同時期に、この預言詩が届く――新しい、サルディオーネの誕生を祝って。

アンジェリカも、サルディオーネになったばかりのころ、「九つの預言詩」をもらった。アンジェリカがもらったものは、サルディオーネとして生きていくうえで、アンジェリカが気をつけなければならない九つの教訓を示したものだったが、ルナの場合は、趣がちがうようだ。

(これは……ルナの周囲に集う、12人の人間のことを示しているのかな)

 アンジェリカは預言詩を見、二通目にさっと目を走らせ、それから、また一通目に目をもどした。

 「……」

 L03の近況も知りたいが、こちらが先だ。

 

 「アンジェ、中央役所に向かう時間ですが」

 サルビアが、呼びに来た。アンジェリカはあわてて二通目の――L03の近況が書かれた方をジャージのポケットに隠した。サルビアは、サルーディーバが、ラグ・ヴァーダの武神との対決で没したことを知らない。知っているのは、アンジェリカとメリッサと、ペリドットだけである。二通目を姉に見せるわけには行かなかった。

 そのかわり、彼女は一通目を差し出した。

 

 「姉さん、今朝、水盆のサルディオーネさまから、預言詩が届いた」

 「なんですって……!」

 サルビアは転びそうな勢いで部屋に入ってきて、手紙を受け取った。

 「まあ――まあ! これは、ルナの預言詩でしょうか」

 「うん。――予定変更だ、姉さん。今日の仕事は全部キャンセル。ルナを連れて、ペリドット様のところへ行こう!」

 「そうしましょう」

 姉妹はうなずきあい、階下へ走った。サルビアは、つかいはじめたばかりの携帯電話で、アンジェリカの仕事先である、中央区役所へ電話をした。

ルナはキッチンにはおらず、大広間で、ピエロと一緒にうさぎ体操の番組を見ていた。

 「うさぎ体操だいいち、はじめーっ! ぴこぴこ、ぴこぴこ!」

 「うきゃ! うきゃ!」

 ルナがピエロの手を取って、うさぎ体操を躍らせている。ピエロのはしゃぐ声が、廊下にも聞こえてくる。

 

 ルナとピエロの隣にはアズラエルが座っていて、そういえば、この三人がいっしょにいるところを、アンジェリカはひさしぶりに見たと思った。ルナと一緒にいるときのアズラエルは、ほんとうにおだやかな顔をしていた。

 アンジェリカは、かつてガルダ砂漠で会った彼とは、あまりに変わっていることにいきなり気づいて、しばらく立ち止まってしまった。

 「……」

 サルビアとアンジェリカが、この屋敷に住むことを、よく了承したものだと思う。それを言うなら、グレンも含まれるだろうが、ガルダ砂漠にいたときも、宇宙船に乗ってからも、彼は自分たちを天敵のように見ていたし、アンジェリカも然りだった。アズラエルは嫌いだった。

 (今は?)

 べつに嫌いではない。あっちがどう思っているかは、分からないが。

久々に得た、団らんの時間を邪魔してしまうことを心の中だけで詫びて、アンジェリカはルナに叫んだ。

 

 「ルナ! うさぎ体操してる場合じゃないよ!」

 「ぷ?」

 ルナは振り向いた。アズラエルもだ。

 「どうしたの?」

 「ピエロはアズラエルに預けて! ペリドット様のとこに行くよ!」

 「え、ええ?」

 ルナは姉妹に引っ張られ、あわててピエロをアズラエルに預けた。ピエロの「あー」とルナを追う声。

 「アズ! ちゃんとうさぎ体操、最後までしてね!」

 「あァ!?」

 ルナはてとてと走りながら、そう言い置いた。

 

 「……」

 残されたアズラエルは、膝上のピエロが、キラキラした目で自分を見上げているのに気づいた。よだれまみれで。しかたなく、よだれを拭き、テレビのほうへ向け、ルナがしていたように「うさぎ、ぴこぴこ~」とピエロの手を取って躍らせると、ピエロはキャッキャとはしゃいだ。

 「うさぎ体操、いち、に、さん、し」

 バリトンボイスが、だれもいない大広間に響いた。

 「うさぎぴょこぴょこ、むぴょ、むぴょこぴょこォ……」

 「ふごっ!!」という声が聞こえたので、アズラエルパパが振り返ると、グレンがこちらを指さして爆笑寸前の顔で、メンズ・ミシェルが笑いながらグレンの口をふさぎ、セシルが腹を抱えてうずくまり、笑いをこらえていた。

 アズラエルはピエロを抱えたまま、三人に制裁を加えるため、屋敷中を追いかけまわした。

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*