「――おそらく、地球到達後、あの屋敷に残って、ルナを支える人員だ」

 ペリドットの言葉に、皆が一斉に、ルナを見た。

 

 「K19区の役員っていうのは、半端な覚悟じゃ勤まらないが、それ以上に、周囲の協力が必要だ」

 ペリドットはルナを見つめて言った。

 「まさかおまえ、今でも呑気に、がんばればK19区の役員になれるなんて、思ってるわけじゃないだろ?」

 「……」

 ルナはうつむいていたが、やがて――。

 「ほんとに、そのとおりです」

 うなずいた。

 

 ピエロを引き取ってから、ルナの生活はピエロ中心。ピエロは赤ん坊だ。ピエトを引き取ったときとはわけが違う大変さだった。

 五歳になる前に死ぬかもしれない、とララに言われたが、いまのところピエロは健康で、定期的な健康診断でも異常は見られない――だが、病気となったら、いままでのようにはいかない。

 ルナはふつうのK19区の役員になるのではない。ただでさえ、K19区の役員は担当する子を養子にして、育て上げて行かねばならないのに、さらにルナは、この「黄金の天秤」をつかってかは知らないが、K19区に入ってくる子どもの命を救わなければならない。

 今は、アルベリッヒが主に食事をつくり、セシルとサルビアが屋敷の掃除をこまめにしてくれているので、ルナはほとんどの家事から解放されているが、ずっとこの環境が続くわけではない。

地球到達後――セシルはベッタラとともに去り、サルビアは地球で暮らさなければならない。暮らさなければならないというのは、サルビアが、サルーディーバだったからだ。ここ10年ほどは、地球という、L系惑星群から離れた、L03の影響が及ばない場所で落ち着いて暮らした方がいいという理由からだ。つまりサルビアも、この屋敷から去る。

アルベリッヒも、旅をすると決めた人生――地球到達後は、どこへいくか分からない。

12の預言詩によれば、ルナを支えてくれるというふうに書いてはあるが、アルベリッヒ自身は、先のことは決めていないと言っている。

アズラエルは派遣役員になったら、おそらく多忙を極め、最初の一年目は、ほとんど宇宙船にいられないだろうということだった。

リサやキラたちは、しばらく屋敷にのこると言っているが、彼女たちにも目指す夢がある。

ルナは、クラウドやレディ・ミシェルとともに、屋敷を管理し、子育てをしていかねばならない。

あの、掃除もひと苦労の、ひろい屋敷で。

掃除だけなら、クリーニング・サービスもあるが、なにより黄金の天秤が、どんな働きをするかもわからず、担当となるK19区の子どもがどんな子かも分からない。

ピエトが最初のころ、なかなかタケルに懐かなかったように、ルナも反抗心丸出しで抵抗されるかもしれない。あるいは、ひどい病気だったら? 

K19区担当というのは、原住民の子がほとんどだ。もしかしたら、言葉すら通じない可能性がある。

それを思えば、ピエトはずいぶん稀有な存在だったのだ。アバド病という病こそあったが、共通語が話せて、とにかく懐いてくれた。

毎回、そういうわけにはいかないのが世の常である。

どんな子の担当になるかは、まったく分からないのだ。

おまけに経験も積むことなく、いきなりK19区の役員に抜擢されようとしている。

月を眺める子ウサギや、導きの子ウサギ、イシュメルやノワも助けてくれるが、現実的にはけっこう過酷である。イシュメルとノワは、たまにピエロの面倒を見てくれていたり、あやしてくれたりするが、さすがにオムツまでは変えられない。

ルナは初めて、不安に駆られていたのだった。

 

 「12人の使徒が持つ玉によって、黄金の天秤は輝く――“玉”ってのは、物理的な玉じゃない。魂のたとえだな」

 一瞬にして影を落としたルナの顔色を見てとり、アントニオはペリドットを肘で小突き、ルナを励ますように、あかるく言った。

 「この12人が、ルナちゃんを支えてくれる――だから、不安に思わずがんばれよっていう、真砂名の神様からのメッセージだ」

 「そうだな」

 ペリドットも、あっさりうなずいた。

 「この詩の“黄金の天秤”は、ルナという存在の比喩だ。つまり、12人の協力者によって、はじめて、ルナがK19区の役員、つまり黄金の天秤たりえる――」

 

 「……比喩的な意味ばかりでは、ないかも」

 アンジェリカの声とともに、皆の視界が、いきなり銀白色に染まった。真っ白ともいえる閃光があたりを覆いつくし――一瞬で、しずまった。

 

「アンジェ、なにをしたの!?」

アントニオがあわててアンジェリカの肩に手をかけた。「コトを起こした」アンジェリカも呆然としている。

 「え――あ、――いや」

 閃光を放ったのは、黄金の天秤だった。アンジェリカは、天秤の軸の頂点――天秤棒が乗った部分に、極限まで顔を近づけた。

 「き、消えちゃった……」

 「アンジェ、いったい、なにしたの?」

 ルナも天秤をのぞき込みながら、聞いた。

 「玉、玉って預言詩に出ているから――あたし、今、自分が持ってた星守りを――お祭りでもらった、真砂名の神様の玉だけど――この軸の上のとこに乗せたら、急に光って――星守りも消えちゃった。吸い込まれたのかな」

 ペリドットとクラウドも、天秤を囲んだ。とたんに、クラウドが気づいた。

 「あっ! 宝石が一個、増えてる!」

 「ええっ!?」

 一斉にみんなで、天秤を囲んだ。

 「ほら、ここ……!」

 この天秤は、軸の表側中央にピンク・ダイヤモンドが飾られていたり、サファイアにルビー、真珠と、これでもかと宝石が埋め込まれている。主軸の上のほう――ゆるやかなに反り返った細い部分に、アンジェリカが先ほど置いた真砂名の神の玉が、煌々と白い光を照らして、現れていた。

 「まじで……」

 アンジェリカがごくりと息をのんでいると、クラウドがポケットから財布を出し、その中に入っていた、夜の神の星守りを出した。刺繍が縫い込まれた黒い袋から、黒い玉を取り出す。それをそっと、天秤の頂点にあるくぼみに、置いた。

 

 「うわっ!!」

 とたんに、さっきと同じ閃光が迸って、光はすぐに消えた。黒い夜の神の玉は、真砂名の神の玉の斜め下に、光り輝いていた。

 

 「なるほど――比喩ばかりではないというわけか」

 ペリドットは、自分が胸にぶら下げている装飾品の中から、ちいさな皮袋を選び、そこから太陽の神の星守りを出した。それをくぼみに置いてみたが、なんの反応もしめさない。

 「預言詩にある、12人が持つ玉でなければ、受け入れないというわけだ」

 ペリドットは、玉をくぼみから、皮袋にもどした。

 

 「この12人は」

 クラウドは気難しい顔で、腕を組んだ。

 「ルナちゃんの手助けをしてくれてる人物は、たったこれだけではないけれど――もちろん、ペリドットやアントニオ、サルビアさんも含まれるだろうけど、とにかく地球到達後、ルナちゃんがL19区の役員となったとき、最も身近で、あるいはあの屋敷に在住して、ルナちゃんの身辺を支える人物ってことで、条件はあってるかな」

 クラウドの総括じみた発言に、ペリドットは「そうだろうな」とうなずいた。

 「たぶん、ロイドやミシェルも、屋敷には住むと思うんだが――やっぱり、ルナちゃんのサルディオネとしての立場も解して、協力してくれる人間ってのは、限られてくるんだろうな」

 「……」

 「11人はだれか分かるし、たぶん、全員が星守りを持っているだろうことは想像できる。けど――この、最後の人物だけが、見当つかないな」

 クラウドは顎に手を当て、思考スタイルで井桁の周りをウロウロした。

 

――アルビレオの衛星の伴侶となる者。想像もできぬほど万能である。そなたがもっとも頼りとなす者。

 

 「この“アルビレオの衛星”っていうのが、――とにかく一番近いのが、エーリヒ」

 「エーリヒ!?」

 ルナたちはそろって声を上げた。

 「アルビレオっていうのは、L31のことだ。住んでいた原住民が、もともと、L31をそう呼んでいた。今は首都名になってる。L31の首都が、アルビレオ。そこには、L系惑星群最難関、最高峰の大学、“アルビレオ大学”がある」

 

 「アルビレオ大学か」

 アントニオがうなずいた。クラウドはつづけた。

 「とにかく入学するのも卒業するのも難しい、世界最難関。そこの卒業生は、“アルビレオの衛星”と呼ばれる、特別な存在だ。卒業後は世界トップクラスの企業に引っ張りだこだっていう――」

 「エーリヒが、卒業生なの!?」

 ルナは叫んだが、クラウドは首を振った。

 「だから、近いと言ったんだ。エーリヒは、一年間、留学していたことがあるだけだ。卒業生じゃァない」

 「それでも、留学を認められるだけでもすごいな。やっぱり賢者のカードだけある」

 アントニオは感心したが、ペリドットが言った。

 「預言詩では、アルビレオの衛星の“伴侶”だってことだが?」

 「まさか、ジュリってことは、あり得ない」

 クラウドは肩をすくめた。ジュリはエーリヒとこの宇宙船を降りたし、もうもどることもないだろう。エーリヒもしかり。

 おまけに、ジュリは想像もできないほど万能ではない。

 「でも、屋敷内に、アルビレオ大学の卒業生は、いない。在籍してたって人間もね」

 「……」

 「まあ、つまり――」

 クラウドは、なにかを思い出すかのように、組んだ腕を指の先でトントン、と叩いた。

 「想像もできないほど万能っていうことも――想像もできないということは――つまり、意外性を秘めてるんだろうな」

 アンジェリカが言った。

「こんなにデキるとは、思わなかった、みたいな?」

「そう。そんな感じ」

 

 皆は、黄金の天秤を見つめ、それから思案した。これから現れる人物なのか、すでに出会っている人物なのか。

 今のところは、ペリドットにもアントニオにも、最後の預言詩がしめす人物がだれなのか、分からなかった。

 

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*