二百六話 恋の回転木馬 Ⅰ



 

 ルナは久方ぶりに、遊園地の夢を見ていた。

 空は満天の星空。

かなたに見える白い発光源に向かっててくてく歩いていくと、それはいつぞや、ペガサスとの出会いがあったメリーゴーランドだった。

 周囲には誰もいなくて、ただただ、陽気な曲にあわせて機械式の馬が回転しているだけだ。

ルナはちかくまで走り寄った。

 

 「ん?」

 機械式の馬の動きが、妙にたどたどしい。まさしく本物の馬が駆けるかのように、なめらかに上下し回っているはずの機械馬たちは、ガッシャンガッシャンとぎこちない動きで上下している――回転する速度も、遅くなったり速くなったり――なんてできそこないのメリーゴーランドなのだろう。すくなくとも、船内の遊園地のメリーゴーランドは、もうすこし馬らしい動きをする。

ルナはやがて、一頭だけ、本物の馬が混じっているのに気付いた。

 真っ白な機械馬たちに混じって、一頭だけ――焦げ茶色で、黒いたてがみを持つ立派な馬。なんと、胸元に蝶ネクタイをしている。

その馬は、ほかの機械とおなじようにギクシャクと動きながら、回っている――周囲の馬に合わせるように、わざとぎこちない動きをしているように、ルナには見えた。

『郷に入っては郷に従え』

馬は、ルナを見て、生真面目な顔で言った。

『これも、礼儀だよ。俺は紳士だから、礼儀に反した行動はとらない』

背中には、ちいさなリスが乗っていた。リスは、あたりをキョロキョロ見回しながら、必死で木の実を口に押し込んでいる。

 

 本物の馬に見とれていたルナだったが、ほかの馬の背にも、だれかが乗っていることに気づいた。

 赤いバッグを肩からかけた真っ白なツルと、真っ白なタカが、対角線上の馬に乗って、手を振りあっている。

 ルナはとうとつに気づいた。真っ白なタカは見覚えがある。

 (ニックだ)

 タカもツルも、まるで馬と同化しているように真っ白なので、ルナはタカが持っている長い槍と、ツルが肩から掛けた赤いバッグがなければ、二羽の存在に気づかないところだった。

 (あのカバン――もしかして、アニタさん?)

 ツルが持っている赤い肩掛けバッグは、アニタの持ち物と同じだ。では、このツルは、アニタだろうか。それにしても、タカとツルはいちいち手を振りあってはいるが、距離が離れすぎていて、なんだか見ている方がおかしくなってくる。

 二羽はひっきりなしにしゃべりあい、手を振り、笑ったりジェスチャーしあったりしているのに、ものすごく離れた場所にいるのだ。

 (どうせなら、隣同士で乗ればいいのに)

 二羽で、一頭の馬に乗るとか。

 

 ニックのちかくに、大きなうさぎがいるのに、ルナは気づいた。たったいま、現れたのだろうか――さっきまではいなかった。そのベージュ色の、けっこうな大きさのうさぎが――体長三十センチはあるだろうかといううさぎが、アルベリッヒかもしれないと思ったのは、腕にあったトライバルと、一緒に乗っているサルーンと思わしき茶色いタカの存在からだった。

 アニタであろうツルは、アルベリッヒうさぎにも手を振っている。

 

 「――!?」

 ツルは、白いタカとは気さくに話していたが、うさぎにはほっぺたを染め――なんだかぎこちない喋りかたをしている。そう――このギクシャクと回転する木馬たちのように、ぎこちない。けれども、ツルからは、たいそうなハートマークが飛んでいる。うさぎは、ツルとにこやかに話してはいるが、ハートマークの存在に気づいてはいなかった。

 まさか、アニタは、アルベリッヒに恋を――。

 「これはたいへんだ!」

 

 ルナが叫んだ瞬間、三羽はふっと消えた。かわりに、一頭のシャチがクローズアップされた。

 物憂げな顔で、なにかを見つめているシャチ。

 (あ、この子)

 ルナは、すぐにだれか分かった。以前見たときよりグンとおとなっぽくなってはいるが、たしかにこのシャチはネイシャだった。

 ネイシャの「勇敢なシャチ」はらしくもなく沈鬱な顔をしている。

 彼女が見ているほう――二、三頭うしろには、傷だらけのシャチと美しいイルカが寄り添って馬に乗っている。これはベッタラとセシルだろう。そして彼女の乗る馬と対角線上にいるのは――ピエトだった。

 まぎれもない、チョコレート色のウサギ。たくさんの本を馬に積み、だれにも気づかず、熱心に本を読みふけっていて、ルナのほうも見ない。ネイシャのシャチは、せつなげな顔で、じっとピエトウサギを見つめている。

 (ネイシャちゃん)

 ルナはK27区の屋敷に引っ越した日、ネイシャに、「相談に乗って」と言われたのだった。だがあれきり、ネイシャはルナに秘密を打ち明けるような話はしなかった。

 めのまえの光景は、そのことに関係があるのだろうか。

 

 ギクシャク、ギクシャク、ガッシャン、ガッシャン。

 馬たちの動きは、彼らの背でくりひろげられる、ぎこちない恋愛模様のようだ。

 

 やがて、ネイシャたちシャチの姿は消え、最初の光景にもどった。機械式の馬たちの中に、一頭だけ本物が紛れ込んでいて、その背にリスが乗っているという光景。

 なにごともなく、おだやかに、馬はほかの馬たちに合わせて回転していた。リスを背に乗せていることすら気づいていないように――だがリスは別だった。用心深く周囲を見まわし、なにかからかくれるように、つぎからつぎへと口に木の実をつめこんでは――。

 (泣いているの?)

 ルナは馬に触れるほど近くまで寄り、やっとそのことに気づいた。

そして、一回転し、ふたたび本物の馬がルナのほうまで巡ってきたときだ。

 たくさんの動物が、大挙してメリーゴーランドに押し寄せた。

 イタチにコヨーテ、キツネ――なんだか、とてもあくどい顔をした動物たちが、いっせいになにかわめきながら、リスめがけて、押し寄せた。リスは泣きながら馬にしがみついた。――そのときだった。

 馬は前足を高々と上げて、コヨーテたちを追い払った。

 そのまま、リスを乗せて駆けていく。馬は、メリーゴーランドから離れて、遊園地の暗闇へ消えた。

 

 ルナが呆気にとられてそれを見ていると、急に光景が変わった。メリーゴーランドは消え、遊園地も消え、空は満天の星空から、快晴の青空に変わっていた。

 鼻腔をくすぐる潮のかおり――ルナの視界は、一面の大海原だった。

 ルナは、真っ黒な地面に立っていた。見たことがない海だ。ここは、どこの海だろう。船内でもないし、アストロスの海でもない――右を見ても左を見ても、果てない大海原で、自分がどこにいるのかもわからなくなるほど海も空も、果てしなかった。

 海風にあおられながら、水平線をながめていると、とつぜん、ブオー! とものすごい音がした。

 ルナが立っている真っ黒な地面は、動いているのだった。おまけに、いきなり潮を噴き上げた――ルナはようやく気付いた。自分が、それはそれは――それはものすごく大きな、クジラの背に乗っていたのだということを。

 

 『よう、月のお姫様』

 真珠や貝がくっついたシッポが真っ赤な、オシャレにも見えなくはないクジラだ。

 『俺はこのとおりでかすぎて、おまえらみたいにちいさな生き物は、なかなか見つけにくいんだ。しかも海の生き物なモンだから、陸で生活しているおまえらとは、なかなか接点がない』

 ルナは、なんのことを言われているのかさっぱりわからなかった。ルナは走り、懸命に走り――ようやく、クジラの目があるあたりまで来た。クジラは、ルナよりも大きな目をぎょろりとルナに向け、言った。

 

 『俺の乗り心地は最高だろ?』

 「……うん」

 ルナはうなずいた。自分が巨大なクジラに乗っているなんて、ぜんぜん気づかなかった。

ルナは、アストロスで購入したエプロンを身に着けていた。大きなポケットには、さっきのベージュ色のうさぎが、サルーンらしきタカといっしょに入っている。ベージュ色のアルベリッヒうさぎは、ぴょこん! と顔を出した。

 

 『わたしは君を捜していたよ――毎日海を見ていたんだけど、わたしが乗っているのが君だったなんて! てっきり、君は大きな島だと思っていたんだよ!』

 うさぎはおかしげに笑い、ふたたびクジラもブオーと潮を噴いた。

 『俺だって、おまえは色も砂浜と同化しているし、ちっぽけすぎて、視界に入らなかったのさ!』

タカが、うさぎを背に乗せて、ルナのポケットから飛び出て、クジラの背に乗った。

『ありがとう、月を眺める子ウサギさん』

ベージュ色のうさぎが、目を潤ませて言った。

『わたしが旅をしたかったのは、君に会いたかったからなんだね』

クジラも、幸せそうだった。

『わたしはやっと、運命の相手に出会えた。だから、これからはもっと、君の手助けをするよ!』

 



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