「ぷぎゅっ!?」 ルナは飛び起きた。午前5時に3分前。 「夢だった……」 アズラエルは寝ている。隣のベビーベッドから、ピエロがじーっとルナを見つめていた。 「さっき、ミルクあげたばっかりだよね」 「だ」 「おでぶになるよ?」 「だ」 ピエロの顔が、不満げにしかめられていく。あ、これは泣くな、と思ったルナは、アズラエルを起こさないように、あわててピエトを抱えて、気づいた。 「おトイレでしたか!」 宇宙船のカレンダーは、四年目に突入していた。 ついに、今年の五月には、地球にたどり着くのだ。 年を越してたった五日、外はすっかり雪景色――先日、みんなと、真砂名神社に初もうでに行ったばかりである。 昨年のクリスマスも年越しも、それは盛大だった。みんなで記念日を迎えるのはこれで最後だというメンバーもいるから、全員そろうように、日づけをずらせて、パーティーをしたのである。 ラガーの店長も、マタドール・カフェのふたりも来て、ペリドットも、はじめてナキジンとカンタロウ、イシュマールも来た。そうして、信じられないバカ騒ぎをして、夜通し騒いだのだった。 楽しい日はまたたくまに過ぎて、新年。 ルナはきっと、来年にはムキマッチョになっていると思ったのだが、残念ながらたいして筋肉はついていなかった。 でも、ほんのすこし――ちからこぶができるようになった気がする。ルナは、いつか、アズラエルみたいなムキマッチョになるのだと言ったら、やつが失笑したので、ルナは頭突きをした。新年初の、記念すべき頭突きであった。 ピエトは、傷もすっかり治って、朝はピエロを背負って、ネイシャと一緒にK27区を走ってくるようになっていた。最近勉強ばかりで、体力が落ちたと、ピエトは白い息を吐きながら笑った。 相変わらず、月を眺める子ウサギは現れない。ルナは黄金の天秤をクローゼットに収納したままだった。 (あたしが役員になってから、つかうのかな?) ピエロが来てからというもの、ルナの生活はほとんどピエロ一色だ。なかなか、ZOOカードをゆっくり見る時間がつくれない。リンファンやツキヨが毎日のようにやってきては、午後のひととき、ピエロを預かってくれるが、こまごまとした用事で終わってしまう日が多々ある。食事担当のメンバーも増えたし、掃除はサルビアとセシルが熱心にやってくれているので助かっているが、家事というものは、尽きない。 「今日はまだ、ツキヨおばーちゃんは来ませんからねえ」 ルナがピエロをベビーベッドにおろし、凝った腕や首を回しつつ、ZOOカードをゆかに置き、動物図鑑と日記帳を用意していると、ドアがノックされた。ひとの手がドアを打つ音ではない。コツ、コツ、と独特のタイミングで、二回。相手は分かっていた。 「はいはいっ!」 ルナがあけると、サルーンが立っていた。アルベリッヒがでかけたらしい。 「入っていいよ」 今日のリボンは、キラがつくってくれたサテンの青い水玉模様だ。 サルーンは不思議と、ルナがZOOカードをつかっているあいだはおとなしい。まるでZOOカードの読み方をいっしょに勉強しているかのように、ルナの隣でじっとカードを見つめている。 「いつか、サルーンの運命の相手も見つけてあげなきゃね」 ルナが言うと、いきなりクチバシでつついてきた。 「あいた! いたい! ちょ、やめ、分かった! 照れてるのは、分かったから!」 ルナはつつかれた腕をさすりながら、カードに向きなおった。 「でも、今日はさ、サルーンが夢の中に出て来たんだよ! アルと一緒に」 ルナが言うと、サルーンは首をかしげた。 今朝見た夢の中身を、調べなければならない。 ルナがZOOカードをチェックできるのは、午前中の用事がすみ、昼食の支度がはじまるまでの数時間だ。 ルナはZOOカードの蓋を開けっぱなしにしたまま、今年の日記帳とZOOカードの記録帳をひらいて、テーブルに向かった。 アストロスでの大戦を経て、ルナはアンジェリカたちほどとはいかないが、だいぶZOOカードが扱えるようになっていた。すくなくとも、以前みたいにまったく動かなかったりすることはない。月を眺める子ウサギは、相変わらず出てこなかったが。 「えと、ひとつは、なぞのお馬さんとリスちゃんのこと。それから、ネイシャのことだよね……あと、ニックとアニタさんのこと……」 ルナはここまで書いて、ひらめいた。 「もしかして、この三組のカップルを成立させろってことかな?」 しかし、気になるのはアニタの矢印が向いた方向だ。あれはあきらかに、アルベリッヒに向かっていた。ニックではなく――。 「ニックのゲイ疑惑は晴れたのに」 去年のクリスマス、ようやくニックのゲイ疑惑は、クラウドによって晴れた。だが、ふたりの距離はいっこうに縮まらなかった。相変わらず、仲は良いのだが、恋に進展しない。 「あたしに任せて」といった手前、なんとかしなければとルナは思っていたのだが、最近はニックもあきらめ塩梅だった。 「もともと――ぼくとアニーちゃんでは、寿命も違いすぎるしね。そりゃアニーちゃんだって、ぼくみたいなじいさんより、同い年くらいの男の子がいいだろう」 ニックの目は遠かった。二十七歳のアニタと二十三歳のアルベリッヒは、同い年くらいとはいいがたかったが、百六十六歳のニックにくらべたら、年はちかい。 「おかしいな~……運命の相手だったら、すんなりくっつくんじゃないの?」 ルナは眉をへの字にした。ベッタラとセシルは、すこしずつ距離が縮まっている段階だが、すくなくとも、互いが運命の相手だとは思っている。 ルナが調べたところによると、ニックの兄マルコとスタークも、運命の相手ではあるが、本格的にくっつくのは、時間がかかりそうだ。 「天使さんたちは、寿命のこともあって、のんびりやさんなところがあるからねえ」 そうなのだ。ニックもアズラエルたちにそれを指摘されて、がんばってアニタに接近しようとしているのだが、あまりうまくいかない。押しが弱い。圧倒的に弱い。 「アズやグレンレベルとは言わないけど、もうすこし、グイグイ行ってもいいのかも?」 しかし、基本的にニックは、そういう、ガツガツしていないところが美点だと、ルナは思う。 「調べてみるしかないなあ。さてさて――ニックとアニタさんのカード出てきて!」 ルナは叫んだ。ルナは、ペリドットたちのように、指を鳴らして起動することはできない。なぜなら、ルナは不器用すぎて、指を鳴らせないからだ。 「ん――わお!!」 ルナが歓声を上げると、後ろのベビーベッドで、ピエロが「うきゃ!」と笑い声をあげた。 ニックの「天槍をふるう白いタカ」のカードと、アニタの「元気な白ツル」のカードには、太く真っ赤な糸がらせん状に結ばれていた。どちらかというと朱色に近い。 「あるじゃん! 赤い糸!!」 ルナはもう一枚、カードを出した。アルベリッヒのものだ。 「アルベリッヒのカード、出て来い!」 ――出てこない。 初めて出すカードは、特徴や名前をぜんぶ言わないと出てこないことを、最近知ったルナだった。 「えっと、リュナ族の二十三歳アルベリッヒさん! 名前しかありません。たぶん、ウサギさんのカードです。ベージュ色のウサギさん、出てきてください!」 ルナが叫ぶと、エプロンをつけたベージュ色の、垂れ耳ウサギのカードが現れる。腕には、リュナ族の「交通安全」お守りのトライバルが彫られていた。ちいさなフライパンで、目玉焼きを焼いているイラストだ。もちろん、サルーンも一緒にいる。 ルナはふと、アルベリッヒにあげたエプロンがベージュ色だったことを思い出した。 「“料理上手のアメリカン・ファジーロップ”さん!」 ルナは、カードの下に書いてある名前を読み上げ、図鑑のページをめくり、うさぎの欄をさがした。アメリカン・ファジーロップ。うさぎとしては大きい方で、体長30センチにもなる。慣れるのが早く、人なつこいのが特徴。 「うん、アルに似てるかも?」 アルも、おっきいもんね、とルナはうなずいた。 サルーンが、おそるおそるカードに近づいて、のぞき込んだ。 とたんに、ツルのほうから、一方的に赤い糸が伸びる。サルーンがびっくりして、尻もちをついた。アルベリッヒのほうからは伸びていない。 |