ルナのその言葉だけでは、なにがいけないのか、だれにもわからなかった。だが、クシラだけは、「はは、なるほど」と笑った。

 「つまり、こういうことだな? アニタは、それを見て、ニックが愛する部下を守って死んだことにショックを受けた」

 

 「――ちょっと待て。なんでそうなる?」

 メンズ・ミシェルがクエスチョンマークを飛ばしたが、アズラエルたち軍事惑星の連中は、意味が分かったようだった。

 「女がいねえ環境だと、そうなる」

 アズラエルはあっさり言ったが、グレンがもうすこし説明した。

 「まあ、きずなを深めるというか、肉体関係を持てば、きずなは強くなる。L03の王宮護衛官だってそういうとこあるし、そういう原住民もいる。いわゆる、文化の一つなんだよ。極端な話をすれば、ゲイだらけの軍隊は驚異的な強さを誇る」

 「隣のダーリンを死なせるわけにゃァいかねえと、――まあ、そういうことだな」

 「でも、ニックは、アニタを愛していたわけだろ?」

 メンズ・ミシェルが理解できないという口調で言った。

 「それとこれとは話が別なんだ。だから言ってるだろ、風習なんだって。アストロスの、古代王宮護衛官にもあったってことだ」

 

 「ニックは優しいひとだから、とにかく、そうゆうのでなくっても、部下のひとのために命を投げ出すことはしちゃったのかもしれないけど、その部下さんは、ニックに恋するほど慕っていた部下さんだったらしいの」

 ルナは言い、

 「アニタもそれを知っていた」

 クラウドがうなずいた。

 「戦いに行かないでと泣きすがるアニタを置いて、かならず迎えに来ると言い、戦闘に身を投じたニックは、帰らぬ人となった。荒廃した街を、ニックを捜して彷徨うアニタ――見つけたのは、愛する人が、可愛い部下と討ち死にした姿だった――」

 クラウドの語りに、アルベリッヒとネイシャが涙ぐんでいた。

 「愛する人を失った悲しみはもとより、ニックのそばに最後までいたのは、自分ではなく、彼と肉体関係のあった部下だった――複雑だよね、それは、心境が。ましてや、ニックが彼を庇うような形で倒れていたなら、まるで、愛する者同士が迎えた最期のようだ」

 

 「“パズル”で調べてみたら、そのあとアニタさんは、原住民に生まれ変わって、ニックさんの部下になったんだけど、」

 「今度は、自分が最期までニックのそばにいるって?」

 「うん。そうしたら、ニックは男で、自分も男だから、ニックはほかの女のひとを奥さんにしてしまって、ダメージ二倍」

 「キズを自分でえぐりやがって……」

 アズラエルが呆れ顔で言った。

 

 「つまりね、アニタさんの失恋は、魂のキズが表面化したものなの」

 ルナが「デスティノ(運命)!」と唱えると、アニタのカードの上に、「デサストレ(災厄)」が表示された。

 「フローちゃんのときと違って、でさすとれは、アニタさんの上にだけ出ている。そして、ですてぃのを唱えると出てくるってゆうことは、アニタさんが今世抱え込んでいる魂の課題なの。誤解を解かなきゃ、ずっと同じ失恋をし続けるとゆうことなの。魂が警告を発してるの」

 「誤解?」

 「そう。ニックは、ちゃんとアニタさんを愛していましたよって。結婚したかったのは、アニタさんなんだよって、アニタさんが、それを知らなきゃいけないの」

 

 アルベリッヒがついに鼻をかんだ。さっき、アニタには容赦なく「きたない」といったクシラが、アルベリッヒの涙をていねいに指でぬぐっていた。この差。

 「そんなキズを、三千年たっても後生大事に抱えてるのか――なんてもの持ちのいい奴だ」

 呆れ声で言った。同じバッグを十年あまりもつかいつづけているし、思い込みの激しいアニタが陥りそうな境遇だとは思った。

 

 「ルナちゃん、パズルがつかえるんなら、アニタのその部分だけ、“リハビリ”はできないの?」

 クラウドが聞くと、

 「無理。あたし、サルディオネじゃないから」

 ルナは首を振った。

ルナはサルディオネでもないし、正式なZOOの支配者ではないから、月を眺める子ウサギの指導なく「リハビリ」をするのはやめたほうがいいということだった。

それに、ジャータカの黒ウサギいわく、「リハビリ」も「リカバリ」も、本来は特別なもの。そんな簡単に前世の罪やキズが消えるなら、人間の努力や葛藤はいらなくなる。ルナが「リハビリ」をするのは簡単だが、アニタに何の苦労もなく前世のキズがなくなる代わり、アニタは「幸運」の代償をどこかで払わなければならなくなる。

 それよりは、アニタが汗水流して自力で階段を上がるほうが、アニタにとってもいいと彼女は言った。

 

「でも、アニタはしょっちゅう紅葉庵に行くし、あの商店街は取材したことがあるんだろ? 階段はとっくにあがってるんじゃないのか?」

メンズ・ミシェルが言うと、

「それがオドロキ! アニタさん、一回も上がってないのよ!」

キラが叫び、クシラは、「だろうな」と肩をすくめた。

「階段を上がる前に、ナキジーちゃんから、『あれは前世の罪を浄化する階段だ』ってことを教えられて、怖くなってあがるのをやめたらしいの」

「なるほど……」

「じゃあ、どうやって、神社まで行ったの」

ロイドが聞いた。

「階段のわき道はほら、だれだって上がれるから」

「あ、そうか」

「今日、四人でナキジーちゃんに聞いてきたけど、アニタはとくに地獄の審判にはならないって――怯えてるけど、そういうのではないって。あたしたちは、よく違いが分からなかったけど、まあ、山道あがるくらいのきつさじゃないかって」

 

「う、う~ん、なんか、ヘンな夢見た……」

アニタが起き上がった。

「ドルミール!」

ルナの怒声――アニタはふたたび、真後ろに倒れた。

「……腹に鉄砲玉を食らったような……?」

ベッタラも起き出した。

「ドルミール!!!」

ルナは「強きを食らうシャチ」のカードをかざして叫んだ。ベッタラもしずんだ。

 

「ルナ、ベッタラはべつによかったんじゃないの」

レディ・ミシェルが突っ込んだ。ルナは「あ」と口をあけた。

「いい。黙らせといて。起きたらうるさいから」

セシルが容赦なく言った。

「いいな。それ、便利だな――だまらせておきてえヤツには、ドルミール!」

うちの店でも流行らせよう。クシラは陽気に歌い、サルーンを膝に乗せ、アルベリッヒと恋人つなぎをした。

「俺も手伝う。おもしろそうだ。アニタに階段を上がらせるんだな?」

 

 



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