「うーん」 ルナは、アルベリッヒのカードと結ばれている糸をすべて出したが、赤い糸は一本きりしかなかった。玉虫色に輝く、一本の細い、赤い糸――だが、それが結ばれている相手のカードは、出てこない。 「クジラさんが、出てこない……」 ルナとも、青紫色の太い糸が結ばれている。 「これは……アルとあたしの縁も濃いです」 ルナはZOOカードの記録帳である星柄のノートをめくりながら考えた。 「神聖な……友人、協力者……アルは、あたしを長いあいだ支えてくれるってこと?」 アルベリッヒとは、長い付き合いになりそうだということは分かった。だが赤い糸のほうは、まだ解決していない。アルベリッヒからは、アニタに出ている糸は、それなりに細い線――蛍光オレンジの線だ。この線は、「家族」、あるいは「同居人」。すなわち、ルームメイトの域を出ていない。 同じ蛍光オレンジの線でも、ロイドとの線のほうが太い。あのふたりは似た者同士のところがあって、いっしょにいると落ち着くのか、屋敷でも、ふたり並んでいることが多い。 「……」 ルナは、アルベリッヒの糸の配置を見て、ふと、思い当たるところがあった。 「デスティノ!(運命)」 ルナが叫ぶと、アルベリッヒのカードのうえには、ピコン! とフライパンに乗った目玉焼きの絵が現れた。 「あ~……アルはやっぱり、ミシェルやピエトと同じ種類だ」 ルナは納得した。 デスティノ(運命)の呪文を唱えて、頭上になんらかの表示が現れるカードは、生涯において大事な使命、あるいは集中すべき課題を持っている。 レディ・ミシェルの場合、それは「芸術」であり、アルベリッヒにとっては「料理」となる。 つまり、アルベリッヒは、あまり、恋愛には興味がない。というより、「料理」に恋する運命と言えるだろう。 「この場合、アニタさんは、アルに振り向いてもらうのはむずかしいかも……」 ルナがカードをにらんでへの字口をしていると、サルーンが、「そうだ」とでもいうように、首をカクカクと縦に振った。 この表示が出る人間は、表示されたもの以外に、あまり興味をしめさないのだ。 レディ・ミシェルもそうだ。クラウドを愛していないというわけではないが、彼女はそういう部分がある。 クラウドは、カサンドラに告げられたことがある。 『彼女が恋しているのは『ガラスの芸術』という名の、自分の才能だ。無理もない。彼女は、L系惑星群で名を轟かす著名な芸術家になる。この宇宙船に乗ったのがきっかけでね。おまえさんが愛したのはふつうの女じゃないんだよ。おまえさんは、おまえさんが愛するほど彼女が自分を愛していないのを知って、苦しむことになるだろう』 と。 ちなみに真っ赤な動物は、ほとんどが「デスティノ(運命)」の呪文を唱えると、ハートマークが出てくるが、この場合、「恋に生きる運命」ということになる。 リサもイマリも、そうだ。 (ピエトも、おんなじだもんね……) ルナは、ネイシャのことを考えて、せつない顔をした。 ピエトも、デスティノを唱えると表示が出てくる――むろん、それは「恋」ではない。 ネイシャとピエトは、以前ZOOカードで調べたときも、縁が強いふたりではあるが、進む道がちがいすぎて、結婚はしないのだとジャータカの黒ウサギは言った。 「……」 ルナは、ピエトとネイシャのカードを呼び出した。 「導きの子ウサギ」と「勇敢なシャチ」――二枚のカードが銀色の光をまとって現れた。 「赤い糸、出てきて」 ふたりを結ぶ、赤と紫のらせん状に太い糸が、ふたりの間に現れた。 「変わってない」 以前、ジャータカの黒ウサギこと、マリアンヌといっしょに二人のカードを見たときと、なにも変わっていない。 「う~ん」 ルナはちいさな頭を抱え込み、ふたたび日記帳に目を落とした。今朝の夢の詳細が書いてある部分だ。 「う~ん。三組一気に出て来たってことは、なにか関係があるのかな? ネイシャちゃんとピエトをくっつける? 未来は離れ離れになっても、今は恋をすることはできるのかな? それから、ニックとベッタラさんを? ちがった、ニックとアニタさん? ニックとアル? ちがった、アルうさぎとクジラさん?」 ルナが何から手をつけたらいいか頭をひねっていると、サルーンがまた、ルナをくちばしで突いた。 「ぷ?」 ルナが振り返ると、サルーンはクチバシで、動物図鑑のページを持ち上げていた。一ページ、二ページ……開かれたそのページに、サルーンはちょい、と乗った。 「うま?」 それは、馬のページだった。ルナは気づいた。 「あ、そうか――とにかく、みんなの正体を知ろってことね?」 サルーンはうなずいた。 「うん。そうしよう――とにかく、夢の中に出てきた彼らがだれなのか、みんなのカードを調べよう」 ルナが部屋でZOOカードと格闘しているころ、午前中で授業が終わったネイシャは、ひとりで帰ってきたところだった。 「おかえりネイシャ――あれ? ピエトはどうしたんだい」 どことなく元気のないネイシャ。大広間にいたエマルは、いつもいっしょのピエトの姿が見えないことに気づいた。 「ピエトは勉強だよ」 「は?」 「居残り勉強」 「あのピエトが居残りだって?」 エマルは信じられなかった。とにかく、アズラエルの息子にするにはもったいないというほどピエトは賢い子で、まだ十三歳だが、大学レベルの数学が解けるという天才児。テストはいつも満点――出席日数こそ足りない部分もあるが、居残りさせられることなど信じられなかった。 「ちがうよ、成績が悪くて残ってるんじゃなくて、校長先生が、ピエトのために特別な先生を呼んだの」 「ええ?」 エマルは目を丸くした。 「アズラエル兄ちゃんもルナ姉ちゃんも知ってる。一時間、その先生と勉強してから、クラウドのところに寄って帰るって――教えてもらいたいところがあるみたい」 「……」 エマルは、ネイシャが寂しがっているのだとようやく分かった。エマルがなにか口に出す前に、ネイシャは一発、自分のほっぺたを両手でバチン! とはさんでから、 「ピエトも頑張ってんだ。あたしもがんばらなくっちゃ! エマルおばちゃん、お願いします!」 エマルは苦笑気味に、 「ルナちゃんが、冷蔵庫にアイスがあるって言ってたけど、食べてからにするかい?」 「ううん。汗かいてから食べる」 「よし! その意気だ」 エマルは自前のコンバットナイフをくるくる回し、自分のホルダーに差し込んだ。 「超カッコイイ!」 ネイシャは、憧れの目でそれを見つめた。まだ彼女は、自分のナイフを持ってはいない。 「どこでやる? 下のジムかい? それとも庭で?」 「外!」 |