「――これ、シシーさんとテオさんだったのね」 ルナは、さっそく出てきた、「礼儀正しいハクニー(馬)」と、「怖がりなシマリス」のカードを見つめた。 夢の中で、蝶ネクタイをつけていた立派な馬がテオで、その背に乗って、悲壮感きわまる顔で、木の実を口に押し込んでいたリスがシシー。 (こわがりなシマリス……) あの、アニタと同じくらい明るくて陽気なシシーが、怖がりなどとは、ルナは想像もできなかった。 しかし、テオのほうは、何回もうなずくぐらい納得できた。夢の中の立派な馬は、あの生真面目な顔がテオそっくりだ。 そして、シマリスを襲って来た、たくさんの動物たちは――。 (シシーさんに、危険が迫ってるってこと?) そういえば、シシーとテオは、去年のクリスマス以降、屋敷には来ていない。それまでは、毎日と言ってもいいほど、頻繁に来ていたのに。 カザマは、「年末だということもあって、忙しいのでしょう」と言っていたし、皆も、「落ち着いたら来るさ」と気に留めていなかった。 あのふたりは、とくにつきあっているわけではないということだったが、ふたりの間には、紫と赤のまじりあった光の糸が、けっこうな太さで結ばれている。 (あたし、最初、とっても不思議だったんだ) なにがというと、介護士資格のあるシシーが、エマルとリンファンの担当役員であり、従軍経験のあるテオが、ツキヨとアンの担当だったということである。 一見すると、介護士資格があって、祖父母を長年介護して看取った(それは本人の話だったが)シシーがツキヨとアンの担当役員になり、サイバー部隊として従軍経験のあるテオが、リンファンとエマルの担当になっていたほうがピッタリではないかと、ルナは思っていた。 ツキヨとアンは、ふたりとも、手術をしなければならないほどの病を抱えていて、入院がちだ。いまでも、ふたりが頼りにしているのは、どちらかというとシシー。そして、傭兵であるエマルとリンファンは、軍事惑星の状況などをこまめに、それも細かに教えてくれるテオに、たいそう助かっているという。 一見すると、テオとシシーは、担当する船客が逆のほうがいい。 けれども。 (テオさんとシシーさんは、今回が初対面だってゆってた) ルナは、ふたりのカードから伸びる糸を見て、やっと悟った。友人知人家族、仕事関係――あらゆる糸がまじりあっていない。つまり、ふたりが周囲の縁で出会うのは、かなりの確率で不可能な状況だった。 (まったく共通項のないふたりだ) 性格も正反対で、趣味も環境も、担当船客の領域も違う。いわゆる、まったく「縁がない」といえる状況だ――。 (エマルさんたち四人が、ふたりを結び付ける糸の結び目だったの) エマルたち船客四人だけが、二人を結び付ける縁の結び目だった。そして、担当船客が逆であれば――最初から、シシーがツキヨとアンの担当であり、テオがエマルとリンファンの担当だったら、ふたりはここまで関わらなかっただろう。 相手の船客が、互いの得意分野だから、協力し合えたのだ。 そして、ふたりの間は紫が強い糸。テオはシシーを叱ってばかりだが、あれでいて、シシーを尊敬しているのだ。きっと、介護士経験のながいシシーは、テオが足らないところを、フォローしているのだろう。 「わあ……!」 糸は、意外にもテオからのほうが太かった。シシーからの糸は、まだすこし遠慮がちだ。遠慮がちというより――。 (怯えているのかな? それとも、まだ、信頼しきれていない……) なにせ、シシーは「怖がりなシマリス」だ。 ルナはリスのページを開いて考えたが、リスは基本的に用心深く、あまり人に懐かない。そのリスに「怖がり」という形容詞がつくのだから、よほどではないかとルナは考えた。 ルナはふと、ふたりを結ぶ赤い糸に、うっすらと、銀色の糸が混じっていることに気づいた。 「あ、救済の糸だ!!」 ルナは思わず叫んだ。テオから伸びる赤い糸のなかに、銀色の輝きが混じっている。 「これは、シシーさんを、助けてくれる糸だ」 (夢の中でも、テオさんは、コヨーテたちを蹴散らしてくれた) シシーを助けてくれるはずのテオ。だが、夢の中の馬は、背中にリスが乗っていることに気づいていないようだった。 (もしかして、リスさんの危機に気づいていないとか) ルナは腕を組み、「ううう~ん」とうなったあと、「ぷしゅう」と謎の空気音を口から出した。 「分からないのです」 決定的なアホ面をした。 「まったく、わかやない」 ルナは図鑑をめくった。 「そういえば、クジラさんの正体が分からないのです……」 夢で見たおおきなクジラは、おそらく「シロナガスクジラ」だということは明白だったが、クジラのカードは出てこない。 ルナは、ベッタラの「強きを食らうシャチ」のカードを呼んだ。 『やあ! 月を眺める子ウサギさん、なにか用かね?』 「うん、あのね、クジラさんなんだけど、シャッタラさん知ってる?」 『クジラ? どんなクジラだ?』 基本的におおらかな彼は、ルナのつけたあだ名に対して、文句を言うことはなかった。 「えっとね、貝殻や真珠をいっぱいくっつけた、オシャレなクジラさん。とっても大きかったよ!」 『ううむ――情報はそれだけか?』 「ええと――シッポが赤かった――あと、島みたいにおおきなクジラさんだった!」 『島……』 それを聞いて、シャチは、心当たりがあるという顔をした。 『パコより大きなシャチはなかなかないものだが、クジラはそうそう、あるものだ! もしかしたら、それは、“海のご意見番”かもしれぬ』 「海のご意見番!!」 たいそうな名前だ。ルナは叫んだ。 『だとしたら、彼は出てこないぞ――滅多に出てくるクジラではない。なにせ長生きで、ずいぶん長生きで、長生きなクジラだ。おそらく、姿を現すまい。よしんば見つけたとして、君のもとへ姿を現せと言っても、百年後くらいに思い出したと言って君のまえに現れるだろう。そういうクジラだ――クジラとは、なにせ、おおらかな生き物だ』 ルナはほっぺたをぷっくらさせた。 「……それは、困ります」 『どうしても会いたいのか?』 「どうしてもってゆうわけじゃ……」 『見つけたら、見つけたとだけ、知らせにこよう。彼が来るかは分からんが――』 「ほんと? それでいいよ、ありがとう!」 ルナの言葉を待たずに、シャチは消えた。 「“海のご意見番”さんかあ――あれ?」 ルナはそう言えば、イシュマールが「犬のご意見番」だということを思い出した。 「“ご意見番”さん同士のネットワークとか、ないかなあ」 あわてて、「犬のご意見番」カードを、呼び出そうとしたときだった。ドアがノックされた、今度は、リズミカルに三回。人間の手だ。 「ルナ、リズンでお茶でもしない――」 「わあ! ZOOカードだ! 見てもいい!?」 リサとキラだった。ルナが「うん」というまえに、ふたりは喜び勇んで部屋に入ってきた。 「すごーい! なんかキラキラ光ってる」 「なに調べてるの」 キラが名前のごとく、目をキラキラさせて聞くと、ルナはふーっと息をついて、 「ふたりの力を借りたいです」 と言った。 |