ルナの話を聞いたふたりは、声をそろえて叫んだ。

 「分かる分かる! アニタさん、ぜったいアルのこと好きだって!」

 「アル狙い。あれはあたしも分かる」

 「たぶん、ZOOカードを見ないと気付かないのは、ルナだけね」

 最後に、遅れてはいってきたレディ・ミシェルは、残念そうにそう告げた。ルナは口をあんぐりしたが、言い返せなかった。

 「アレは分かりやすいもの!」

 「逆にニックが気の毒?」

 「アニタさんもさ、あのひとあれよ。夢中になると、周りのことが眼中になくなるタイプ! だから、ニックの気持ち、まったく気づいてないの」

 リサは、サルーンを膝に乗せて言った。サルーンも同意するかのように、いきなり「ピイ!」と鳴いたので、ルナたちは笑った。

 

 「でも、ZOOカードで見ると、アニタさんの運命の相手は、ニックなんでしょ?」

 「うん」

 ルナが手をかざすと、ルナの手に合わせて二枚のZOOカードが浮いたので、三人は、「おおおおお!」と歓声を上げて拍手した。サルーンも羽根を叩いた。

 「今は、こう出てるけどね、この先どうなってゆくかは――わからない。アルのカードはね、ピエトやミシェルと同じなの」

 「というと?」

 「アルはね、恋とか、カノジョとかより、料理が大好きで仕方ないの」

 「それ、あたし、分かるわ!」

 ふたたび、ルナ以外の三人は声をそろえた。

 「アル、料理してるときは、ほんとうに楽しそうだもんね」

 ルナもうなずいた。

 「だから、恋愛ごとにはあんまり興味がなくて――邪魔だと思っている節もあって」

 「あれ? でも、赤い糸は伸びてるわ――相手がいないの?」

 リサが不思議そうに首を傾げ、サルーンも真似して同じ方向に首を傾げた。

 「たぶん、夢のパターンで行くと、運命の相手は、この“なぞのクジラ”?」

 ミシェルはルナの日記帳を手にしていた。ルナは困り顔で言った。

 「でもね、ラブラブってゆうかんじでは、なかった」

 

 「……このクジラもオスだよね?」

 レディ・ミシェルは言い、彼女以外の三人が、「あ」と口をあけた。

 

 「ちょ、わかった、わかったわかった!!!」

 リサがバンバンバン! と床を叩いた。

 「アニタさんってさ、ゲイばっか好きになるって、自分で言ってたよね!?」

 「!?」

 そうだ。振られると、相手を勝手にゲイにすることもある。そのせいで、ニックもゲイ疑惑を懸けられた――。

 「問題はアニタさんよ! うまくいえないけど――たぶん、アルがゲイだから、好きになっちゃったりしたんじゃない!?」

 「!!!!!」

 「アニタさんがゲイを好きになるクセ? クセってゆうのもおかしいけど、それが治らなきゃ、ニックとは結ばれないんじゃないの?」

 「つまり、アニタさんは、どっかでアルにゲイの匂いを嗅ぎつけ、好きになってしまった――アニタさんの、悪い癖が治らないと、ふたりは結ばれない――」

 四人とタカ一羽は、車座になって、顔を突き合わせた。

 

 ルナはあわてて、アニタのカードだけをピックアップさせ、周囲の赤い糸だけを表示させた――そして、ルナが「カウサ(原因)!」と叫ぶと、アニタのうえに、ニタニタ笑うピエロのカードが表示される。

 「な、なに!? これなに!?」

 リサとキラは身を乗り出した。

 「デサストレ(災厄)だ――」

 ルナは息をのんだ。

 

 たしかに、「原因(カウサ)」は、アニタの「デサストレ(災厄)」にあった――。

 

 

 

 「シシー、今日は、屋敷に行かないのか」

 シシーの肩が、ビクリと揺れた。

 「う、うん――今日は、おなか減ってないから」

 

 テオは考えていた。自分は彼女に、なにかよくないことをしただろうか。礼儀に反したことをしただろうか。

それを、クリスマスから、年末のあいだまでは、しきりに考えた。

 屋敷のクリスマス・パーティーでバカ騒ぎをし――テオは、したたかに酔って一人では動けなくなったシシーを、アパートまで送った。寝かせて行けと言ったアズラエルを断って――。

もちろん、勝手に部屋に侵入したわけではない。カルパナがいて、シシーから鍵をもらい、カルパナが彼女の部屋のドアを開けた。何度も言うが、テオひとりだったわけではなくて、カルパナがいた。もちろん部屋を物色などしていない。女性の部屋をあさるなど、礼儀に反する。テオはまっすぐ彼女の寝室と玄関を往復し――散らかし放題の部屋を片付けてしまいたい衝動をこらえ――あとにした。

 

 そのクリスマス以降、毎日のようにテオを誘っていたシシーは、テオを誘わなくなった。

テオは彼女になにか失礼をしただろうかと悩んだが、自分が調査員だとわかっても、傍若無人な行動をとりつづけたシシーである。いまさらという感はあった。ベロンベロンに酔っぱらってテオに迷惑をかけたことを恥じている様子でもない。

彼女は、介護士としては、テオも舌を巻くほど経験値の高い姿勢を見せるが、すこし常識はずれなところもある。多少の失礼があったとしてもお互い様だ――テオはそう感じていたが、毎日のように声をかけてきてくれていた相手が音沙汰なしになるのは、さみしいものがあった。

 

そもそも、船客同士が友人であり、それが縁でシシーと話すようになったテオだったが、ここまで親しくなれたのは、シシーが物おじせずテオを誘ったからだ。

 テオは、生真面目が度を過ぎることもあって、同僚からは敬遠されがちだった。だから、シシーがなにかにつけ、気軽に誘ってくれるのは、嬉しいことだった。

 屋敷に通うようになるまえから、昼食や夕食にテオを誘ってくれたシシーも、そういえば、あまり友人たちと飲み歩くほうではないということに、テオが気づいたのはいつだったか。

 彼女が女性の同僚たちと食事に行くのは、月に一度ほどだ。だがそれもつきあい程度で、とくに親しくしている友人はいないようだった。テオはそれでいいと思っていた。役所は仲良しクラブではない。

 

 だが、クリスマス以降、ピタリと屋敷への訪問がやんだのはおかしかった。テオを一切、誘わなくなったことも。テオだけが誘われなくなったというなら、それは落ち込んでしかるべき事態だが、シシーはだれをも誘わなかった。むしろ、誘われても断るばかりだった。

 昼食時となれば姿を消し、定時となれば、すぐに帰る。

 ひとりで屋敷に行っているわけではない。彼女は屋敷に行っていない。屋敷の誰かとなにかがあったわけでもなく、屋敷からくることを拒絶されたわけでもなく、テオにもカルパナにも原因があるわけではないとテオが分かったのは、新年が五日も過ぎてからだった。

 

 「カルパナさんも、君を誘ったら、断られたというじゃないか」

 今日あたり、屋敷にお邪魔しないかと誘ったカルパナに、シシーは、いまテオに言った言葉と同じ言葉で断った。それをテオは、カルパナ本人から聞いた。

 「ご、ごめん……ほんとごめん」

 テオは、シシーがどこかおかしいことに気づいた。おかしい――具体的にどこがとはいえないが、痩せた気はする。

 「十五日すぎたら、たぶんまた行ける」

 彼女はしどろもどろにそう言い、テオと目を合わせなかった。

 

 「……君、ちゃんと食事を取ってるのか?」

 テオは、ついに言った。十五日は給料日だ。十五日が過ぎたら行けるということは、つまり、金がないのか。

 テオは、シシーの金がなくなる理由を、ほんの十秒ほどのあいだに考えた。バッグもスーツも、靴もブランドとはほど遠い彼女。彼女が金をつかう場所と言えば、食事以外に見当たらなかったが、まさか、枯渇するほど食っているわけではあるまい。たしかに彼女はよく食べるが、だいたい屋敷の楽しい雰囲気に乗せられて、食べ過ぎてしまうのだ。

ふだん、彼女は昼食も夕食もコンビニの弁当やらサンドイッチやらで、テオと食事に行ったときも、ふつう女の子にしてはよく食べると言った程度だ。テレビなんかでよく見る大食いタレントほど食うわけではない――ほかに、金をつかう場所など想像できないが――役員がホストに入れ込んで、借金をつくってクビになったケースが――いや、まさか。

 テオが絶句しているうちに、シシーはあわてふためいて、逃げようとした。

 

 「待て――待った、シシー!」

 テオは、自分が調査員だということを、シシーに教えたことを悔いた。あわてて、シシーの腕をつかんだ。

 「俺は君を調査してるんじゃない。なにも報告はしない」

 見栄があったことは、否定しない。調査員にえらばれるほどの優秀な人材であることを、シシーに知らしめようとしたが、それは男の見栄であって、シシーには逆効果だったことを、テオはいまさら分かって反省していた。

 だが、シシーはテオを見て、「あ、そうか」という顔をした。テオが調査員だったことを、すっかり忘れている顔だった。

 テオは、彼女が自分を避け続けているわけが、ますます分からなくなった。

 

 「おごるよ」

 テオは、生まれてはじめて、女性を誘った――自分から。

 「その――君を驚かせた詫びだ。夕食に行こう。レストランでも――それとも、屋敷がいいかな?」

 戦場の前線ちかく、いつ爆弾が降ってくるかもわからない場所でコンピュータを睨み付けていたときより、テオは緊張していた。

 

 「ほんとに――ウソ、ほんとに? テ、テオが誘ってくれた」

 シシーの顔が赤くなる。いままで、自分から誘わなかった自覚は、テオにもあった。だがそれは、いつもシシーが誘っていてくれたからで。

「す、すごい嬉しい――でも、でもあの、」

 シシーはほんとうに嬉しそうだった。テオはものすごくほっとしたが、それを顔には出さず、「どこがいい?」とすかさず聞いた。

 だが、シシーは沈んだ顔をした。

 「嬉しいんだ、ホント、ウソじゃないから――でもあたし、十五日すぎないと、行けない」

 「……!?」

 「ごめん、ほんとごめんね。十五日過ぎたらいこ? 絶対行くから、ぜったい!!」

 シシーが両手を合わせて、拝む真似をした。テオはあきれて、言いつのった。

 「俺は、おごると言ってるんだぞ? 意味分かってる? 君にお金がなくてもいいんだ。俺が払うと言ってる」

 「あたし、おごられるの嫌いなの!」

 シシーの形相が変わったので、テオは黙った。はっとして、シシーは泣きそうな顔になった。

 「ごめ――ごめん。お金はいらない、いらないから――あたし、自分で払う」

 シシーは必死ともいえる形相で言った。

 「気持ちは嬉しいの。ほんとに――でも、ごめん、十五日過ぎたら行く」

 そう言って、シシーが泣きながら退社していく後ろ姿を、テオは呆然と見つめた。

 

 



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