「これ旨いな。コンビーフとポテト?」

 「そうだよ」

 「こっちは?」

 「タコとジャガイモのジェノヴェーゼ。あ、それは合鴨のバルサミコソース。――あっと、そっちは、生ハムと自家製ピクルスの――ええと、それは豚肉のリエット――バゲットいる? バーニャカウダはこっち。はい、野菜スティック」

 「……おまえ、どっかでシェフでもしてきたのか」

 「まさか! わたしは原住民だ。素人だよ」

 「おまえが?」

 クシラは、どれも一口ずつつまみ、感嘆の声をあげながら、隣のアルベリッヒに料理の正体を聞いていた。

 

 「ひとの話を聞けよ」

 さすがにクラウドは言った。

 「ピエトが食ってるのは?」

 「カポナータをパスタに乗せたんだよ」

 「これ、すごく旨いよ!」

 「なあ、君が俺に質問をしたんだぞ」

 「悪かった――なんつったっけ? クラウド?」

 クシラはやっと、クラウドに視線をもどした。

 「ああ、クラウドだ」

 「つたえてくれ。アニタに。これから二日に一度、俺の店にこないと、コーヒーと偽って、ブラック・ファイアボルトを出すってな」

 そういってクシラは立った。

 

 「……それって、コーヒーにタバスコでも入ってんの」

 メンズ・ミシェルがつぶやき、

 「罰ゲームってやつだ」

 クシラはほがらかに言った。グレンも、座ったばかりなのに、生ハムを口に押し込んでビールで流し込み、立った。

「帰るのか」

 「ルナうさちゃんがいねえんじゃ、話にならねえ。今日は帰る」

 「ああ、じゃあ、ちょっと待って」

 アルベリッヒが立った。シンクのほうに向かったところを見ると、料理を手土産に持たせるつもりらしい。

 「なんだよ、もう帰っちゃうの」

 ピエトの残念そうな顔に、クシラは優しい笑みを見せた。

 「また来るさ――オルティスやフランシスみたいにキュートな男に育てよ」

 「……?」

 ピエトは真剣に、首をかしげた。

 「俺、ヒアリング間違ってっかな」

 どうしても、ふたりがキュートには見えないピエトだった。

 

 「くれるのか。悪いな」

 五種類ほどの料理をつめた紙パックを手渡されたクシラは、ふたたび人なつこい笑みを見せ、

 「邪魔した」

 そういって、あっさりダイニングから出た。グレンが後を追う。

 「なんだったんだ」

 いきなり来て、三十分もたたずに帰るなぞの男に、アズラエルが首をかしげたときだった。

 

 「オボエー!!!!!」

 「なんの音だ!?」

 大広間のほうから、なぞの騒音が聞こえてきたので、全員が立った。

クシラはまだ大広間にいた――玄関から飛び込んできた知り合いに、帰路をふさがれていた。

 「オボエエエエエ!!!!!」

 なんの動物が森から飛び込んできたかと思ったら、アニタだった。彼女は、全身全霊で泣いているのだった。口と鼻と目から水分を飛び散らせて――。

 

 「ボエエエエエ――なんでクシラここにいるの――どうでもいい! どうでもいいけど慰めてええええええ!!!!!」

 玄関から聞こえてきた汽笛におどろいた男たちは、大広間に結集した。アニタがクシラに飛びついて、軽々と避けられているところだった――絨毯にみごとダイブしたアニタ。

 「きたねえ」

 「ひどい!!」

 アニタはバッグからティッシュを出し、鼻をかみながら、怒鳴った。

 「あたし失恋したの! 慰めてくれたっていいでしょ!?」

 「そりゃ気の毒に」

 「慰めてない!! それ慰めてる口調じゃない! あんたどうせあたしのこと、女だと思ったことないんでしょうオボエエエエ!!!!」

 「女どころか、人類として認識してねえよ」

 「鬼かおまえは!!!!!」

 

 盛大に泣きながらもクシラとノリツッコミをするアニタに、男たちは声をかけられないでいた。

 「ロイドちゃん! ロイドちゃん! 優しいロイドちゃん慰めてえええ!!!」

 このなかで一番やさしいロイドの姿を見つけたアニタは飛びつこうとしたが、ロイドにまで避けられ、ソファに没した。

 「なんで!!!!!」

 「ご――ごめ――ちょっと、怖くって――」

 アニタの迫力が。ロイドは、セルゲイの後ろにかくれた。

 

 「失恋したって、だれに失恋したんだ」

 アズラエルが、笑うのを最大限にこらえる顔で聞いた。気の毒だとは思うが、とにかくアニタの顔がものすごすぎる。

 

 「アルベリッビざん!!!!」

 アニタがふたたび汽笛を鳴らし、アルベリッヒは、「え!? わたし!?」と信じられない顔で固まった。

 

 「ベッダラざんが、アルばあだじのごどを、なんどもおぼってないっでゆうのおおおおおお!!!」

 

 男たちは言葉を失い――アルベリッヒもたたずんだ。アズラエルに抱かれたままのピエロも、目を丸くしてアニタの独壇場を見つめていた。

 彼女が、アルベリッヒを好きかもしれないということは、なんとなく、ふだんの姿を見ていれば分かったことだった。

 

 「ちょっと待て――」

 メンズ・ミシェルが、腹が減っている猛獣に触れるような慎重さで、アニタに近づいた。

 「アルが君に気があるって? どうしてそう思った?」

 「だっで――アルヴぁ、あだじにやざじがっだば……」

 ヒックヒックと泣きながら言うアニタだったが。

 「アルはだれにも優しいよ――」

 言いかけたピエトの口は、グレンが大きな手でふさいでいた。

 

 みんな、いっせいにアルベリッヒを見た。なにか言えという顔だ。アルベリッヒは困り顔で左肩を見て――サルーンがいないことを思い出して、ますます動揺した。

 しかたなく、メンズ・ミシェルが聞いた。

 「君、アニタのこと好きなのか?」

 「う、ううん!?」

 思い切り首を振ったアルベリッヒに、アニタはふたたび「オボエエエエエ」と泣き出した。

 「ごめん! ほんとになんとも思ってない!」

 「オゴゴオオオオオ!!!!」

 「ルームメイトってだけで――わたしは、アニタさんのことは、とくになにも、」

 「ゴブアアアアアア!!!!!!」

 「勘違いさせてゴメン! ほんとにごめん! 君を女性だと思ったことはないんだ! なんていうか、君はそういう領域を超越してて、」

 「オボロエブアアアアアアア!!!!!」

 

 「待てアル。アニタが再起不能になる。もうなにも言うな」

 自分が聞いたくせに、メンズ・ミシェルはあわてて止めた。

 「オボ……ウッブ……」

 しゃくりあげていたアニタは、ソファに向かって打ちひしがれ、ハンカチで顔を拭き、やがて、「フフフ……」と謎の笑いを発して身を起こした。

 「ついに壊れたか……」

 クシラが淡々と言い、アニタはなにも見ていない目でつぶやいた。

 

 「分かった――アルも、ゲイなのね」

 「!?」

 アルベリッヒが「は?」という顔をした。

 「知ってる――あたしが恋するオトコは、みんなゲイなのよ――」

 

 「アニタ、そういう決めつけはよくないって、あれほど」

 クラウドが言いかけたが、

 「あ、でも、わたしはお嫁さんになりたいって、ずっと思っていたんだ」

 アルベリッヒは思い出したように、手を打って言った。

 「アル。これ以上、事態を混乱させるな」

 アズラエルは鎮めようとしたが、無駄だった。

 「わたしとサルーンの夢は、お嫁さんになること――ゲイとはちょっと違うけど、旦那さんのために料理を作ってあげたい気持ちは、サルーンと一緒だよ」

 けっこう今は、その気持ちが満たされてる、と幸せそうにいうアルベリッヒに、アニタが「オボエエエエエ!!!」とふたたび号泣した。

 

 「あたし! あたしが旦那様になるから! アル結婚してええ!! あたしもう崖っぷちなの! もうすぐ三十!!」

 「ニックだって崖っぷちだよ?」

 ロイドがおそるおそる、セルゲイの影から言ったが、控えめすぎて聞こえなかった。

 「あだぢもおよめざんになりだいいいいいいい!!!!!」

 「言ってることがメチャクチャだぞ」

 アズラエルがなだめたが、アニタは酔っていることもあってか、泣き止まない。

 「わたしは、アニタとは結婚できないよ」

 アルベリッヒは困り顔で言った。

 「好きでもない人と、結婚はできない」

 「オゴフッ!!!」

 「もうあれだ、分かった!」

 ついに、アズラエルが叫んだ。

 「クラウド、ルナを呼んできてくれ!」

 

 



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