クラウドに連れられたルナたち四人と一羽が屋敷に帰還したとき――大広間はカオス状態になっていた。

 泣き続けるアニタと、連鎖反応で、泣いたピエロの大合唱。

 「ですから、アーニタの運命の相手は、ニックなのです!」

 断固として主張し続けるベッタラと、それを止めるセシル。

 「だから、いまは、これ以上アニタにいってもダメだってば!」

 しかしルナは、「オボエエエエ」という泣き声と、「ふびゃああああ」という泣き声のすきまに、見たことがない男性がひとり、混じっているのに気付いた。

 

 「くじらさんだ!!」

 ルナの叫びに、ピエロの泣き声がやんだ。ついでに、アニタの汽笛もぴたりと止まった。

 「びゃ、びゃーっ!!」

 ピエロがルナに手を伸ばす。ルナはあわててアズラエルから受け取り、ピエロをあやした。そしてじっと、クシラを見つめた。

 ルナは、クシラに向かって叫んでいた――「くじらさん!」

 「俺は、“クシラ”だ。クジラじゃねえよ――あ」

 クシラも気付いたようだった。

 「ルナ」

 手を打って、指を指した。

 「ルナだな? おまえルナだろ」

 

 「どうもはじめまして! ルナです!」

 ルナは威勢よくあいさつをし、

 「うさぎさん――うさぎさんを見つけたかな?」

 そわそわと足踏みをして、クラウドをチラチラ見るので、彼はあわてて、ルナに言った。

 「俺たちは、アニタをどうにかしてほしくて呼んだんだけど、」

 「俺は、おまえに会いたかったんだ」

 クシラのほうから、ルナに寄ってきた。リサは、「またイケメンがルナに、」と歯がみしたが、「アイツ、ゲイだよ。好みはオルティスみたいなキュートな子グマちゃんタイプ」とひそかにクラウドが自己紹介したので、リサたちは「え」と固まった。

 

 「うさぎさんを見つけたかな?」

 「見つからねえんだ、それが」

 周囲には、まったく意味不明だったが、ルナとクシラのあいだでは、会話が成り立っていた――ルナはちらりと、アルベリッヒのほうを見た。アルベリッヒは、困惑顔でアニタを見ている。

 「アルだったら、いるじゃない――」

 言いかけたキラを、ルナが止めた。

 「くじらさんが、自分で見つけないといけないのです」

 

 「ですから! アーニタの運命の相手は、ニックで――」

 酔っぱらいベッタラの演説がなおも続くので、ルナは落ち着いたピエロを再びアズラエルに預け、ズドム! とベッタラの腹めがけて突撃した。ベッタラは、酔っていることもあってか、「ぐほっ!」と無残な悲鳴をあげてソファに沈んだ。

 「最近、凶暴だなアイツ……」

 グレンが息をのんだ。あの頭突きの威力を、この屋敷で知らない人間はいない。

 「やっと静かになった」

 セシルも疲れきった顔で言った。

 

 ルナはぺぺぺぺ! とキッチンまで行って、エプロンを装備し、クシラのもとにもどり、バッグから、包装紙につつまれた何かを取り出した。クシラにプレゼントすると思いきや、ちがった。ルナはその場で包装紙をやぶいた。中から出てきたのは、ベージュ色の、うさぎのぬいぐるみだった。

 ルナの奇行に慣れた屋敷の連中も、真顔でルナの行動を見つめていたが、リサとミシェル、キラは分かっていた。

 

 「サルーン! ぽっけに入って!」

 ルナの合図で、サルーンがルナのエプロンの前ポケットに入る。そして、ルナはサルーンの隣に、ベージュ色のうさぎを押し込んだ。

 「ん!」

 「……ン?」

 そして、クシラに向かって腹を突き出した。なぜかその姿を、見せびらかしている。

 「ルナちゃんがおかしくなった……!」

 ロイドが絶望的な顔で言ったが、セルゲイが、「ルナちゃんは、もとからこうだよ」と慰めにもならない言葉を発した。

 クシラも、どう対処していいか分からない顔で、ルナを見ている。

 

 「ぬいぐるみじゃだめか……せっかく、そっくりなのを探してきたのに」

 ルナは昼間、あたらしくできたK27区のショッピングセンターで、夢で見たアルベリッヒうさぎそっくりのぬいぐるみを買ってきたのである。

 ルナはぬいぐるみを放り投げ、

 「アル、アル!!」

 アルベリッヒを手招いた。

 「こっち来て!!」

 ルナの隣にやってきたアルベリッヒ――なにを思ったか、ルナは、アルベリッヒの頭をがっし! とつかむと、エプロンのポケットに入れようとした――。

 

 「な、なに――なにするのルナ! イテテテテテt」

 アルベリッヒの悲鳴が上がる。

 「ぜんぶは入らないから、頭だけでも!!」

 ルナは必死だ。もともと、ポケットはサルーンでいっぱいいっぱいなのに、さらに成人男性(大きめ)の頭を押し込もうとしているルナに、キラがぼそりと言った。

 「ZOOの支配者って、大変ね……」

 「うん……」

 「あたし、死んでもイヤだわ……」

 「あたしも……」

 ルナの後ろで、遠い目でたたずむ三人の女の子がいた。

 

 「ちょ、無理! 無理だから、入らないって!!」

 「ピイイイイイ!!!」

 サルーンも悲鳴をあげている。

 「あたま! あたま半分!! う~ん!!」

 アルベリッヒの頭を両手でわしづかみながら考え続けたルナは、ようやくアルベリッヒを解放し、彼を座らせ、そのまえに来て、アルベリッヒのタトゥ入りの腕だけをまえに回して――ポケットから出ているような感じにしてみた。

 そこでやっと、クシラが「あ!」と目を見開いた。

 「おまえか!」

 「ええっ……?」

 疲労困憊したアルベリッヒは、情けない声をもらした。

 「おまえか――俺の“うさぎちゃん”は!」

 クシラが、感激に満ちた顔で、叫んだ。いまにも踊りだしそうだった。

 

 「そうです! “料理上手なアメリカン・ファジーロップ”さんです!」

 ルナもやっと、奇行をやめた。満面の笑顔で言った。

 

 「“料理上手のアメリカン・ファジーロップ”……」

 「アルベリッヒのカードか、初耳だね」

 クラウドがつぶやき、セルゲイも腕を組んでうなずいた。

 「クジラさんはおっきくて、なかなか見えないんですよ、ちっちゃなうさぎは! アルうさぎも、けっこう大きい方なんだけどね。でも、くじらに比べたら、ちっちゃいから!」

 リサたちは、やっと、息をつめて見守っていた男たちに、説明をすることを許された。彼女らは、ルナの日記に書いてあったこと、今朝の、ルナがしたZOOカードの占術を説明したのだが、ルナが説明するよりずっとわかりやすかった。

 

 「なるほど。俺はクジラなのか」

 ルナの後ろでへたっているアルベリッヒをエスコートし、彼のがっしりした腰をたしかめるかのごとく抱きしめたクシラは、ルナに言った。

 「そうですよ。“海のご意見番”さんです! アノール族と天使さんのハーフです!」

 「ええっ!?」

 クシラの真っ赤なつむじを見ていたアルベリッヒが、飛び上がるほど驚いた。

 「正確には、親父が地球人とアノールの混血で、母がミケリアドハラドと天使の混血だ」

 四種混合、とクシラは舌を出した。

 「なるほど、ミケリアドハラドの血が入っているから、そんなに鮮やかな髪色なんだ」

 クラウドは感嘆しつつ言った。彼はアンジェラの出身地でもある、ミケリアドハラド族の血を引いている。

 ミケリアドハラドは、L42の色彩鉱石採掘鉱山付近に暮らす、少数民族だ。そこで取れる鉱石同様、あざやかな髪の色を持つ。アンジェラの目が覚めるようなブルーの髪も、生まれつきだ。

 



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