「フゴオオオオオオオ!!!!」

 せっかく綺麗にしてもらった化粧も台無しだ。アイラインが黒々と、涙に溶けて頬を流れおちた。

 「かっこよすぎて死ぬ! 直視できない!! 目がつぶれる!!」

 「アニーちゃん!!」

 アニタの逃げ道はふさがれた。アニタは、美しい天使がめのまえに舞い降りて来たのを、真顔で見とれ――相手が自分の名を呼んだことに対して、「ホゲアアアアア!!!!」と絶叫した。

 ニックがびくっと怯んだ。

 「あ、あたし無理!! こんなイケメンは無理!! 天使様だもの拝むだけで、もう腹いっぱい! ――南無阿弥陀仏!!」

 「えっ君、仏教徒!?」

 「なんとかしろ、またあのまま天然な会話をつづけさせる気か」

 ペリドットが言ったので、クシラがしかたなく一歩踏み出しかけたが。

 

 「アニタ!!」

 無理だの帰るだの言い続けるアニタに、いきなりニックの叱責が飛んだ。アニタもおどろいて顔を上げたが、皆もおどろいていた。ニックの厳しい声など、ここでビシバシ鍛えられたアズラエルとグレン以外は、聞いたことがなかった。

 ニックは、とにかく騒ぎまくって自分を見ようともしないアニタを振り向かせようとしただけなのだが、思いのほかおおきな声が出てしまったことに自分でもおどろき、一度、咳払いをした。

 どうしたら、アニタを引き留められるかわからなかったニックだったが、口調を押さえ、彼は言った。

 

 「君、取材をとちゅうで投げ出すの」

 「え?」

 「花嫁役は、君の望まない形だったかもしれないけれど、こうして、K33区のみんなや、お屋敷のみんなも、君の取材に協力してくれてる! それなのに、君は中途半端で投げ出すの」

 「……!!」

 急に、アニタの表情が引き締まった。

 「いいえ!!」

 アニタの背筋が伸びた。

 「取材はキッチリ、やらせていただきます!!」

 「それでこそ、アニタちゃんだ」

 ニックの顔がほころんだ。アニタの顔色も同時に真っ赤になる。ともかくも、アニタは冷静になったようだった。

 花嫁役というのも、アニタにとっては照れくさいが、L02流の結婚式を取材しそこねることのほうがおおごとだった。

 

 「アニタさん、化粧直すよ」

 リサは、メイクボックスを持参してきていた。

 「うん!! お願いします!」

 今度こそアニタは、泣きごとを言わなかった。

 

 

 

 月刊「宇宙(ソラ)」の編集長の顔にもどったアニタは、L02にのっとったすべての儀式を、ひとことも泣きごとを言わず、文句も言わず、抵抗もせず、やり遂げた。

 さすがに、誓いの言葉とキスのときは、ずいぶん挙動不審に、しどろもどろになっていたが、それも無事にクリアした。

 ふかふかの羽毛が敷きつめられ、花でいろどられた新郎新婦の席は、祝いの言葉を持ってくる原住民たちでごったがえしていた。

 バジは、そのようすを、休む暇もなくシャッターに納めつづけている。メンズ・ミシェルとセルゲイも撮ってくれているようだし、ロイドは動画に納めてくれているようなので、写真には不自由しないだろう。

 

 「ルゥ、口から出てる」

 「ぷ?」

 ルナは、美しい花嫁に見とれて、口の端からナッツをこぼしていた。アズラエルが拾っていく。

 たしかにアニタは美しかった。口をひらけばいつものアニタだが、今日は、ルナも見とれてしまうほど綺麗だ。セシルにも、サルビアにも負けないくらい。

 (アニタさん、幸せそうだな)

 ルナはほっとしていた。プランWなんて言って、かなり強引にコトを進めて来てしまったが、アニタが迷惑がったらどうしようと、内心、ずっとハラハラしていたのだ。

 「ルゥ。食うときは、食い物に集中しろ」

 「うん」

 本日、帰りが何時になるかわからないので、ピエロとキラリは、ツキヨおばあちゃんたちに預けてきた。

 ルナはいつものワンピースだが、アズラエルとグレンは、アストロスの兄弟神の格好をしていた。誓いの言葉のときに、夫婦ふたりのうえからバラの花弁をまき、誓いの言葉を遂げさせたのは、兄弟神だ。

 とくにグレンは、アストロス時代、ふたりの結婚を提案したのにすすめられなかった手前、やたら神妙な顔をして儀式に参加した。

 

 「プラン・ウエディングか。よく思いついたな」

 スーツ姿のクラウドが、銅製のカップにそそがれた酒を味わいながら笑った。

 ルナが計画したのは、アニタとニックに、アストロス時代にできなかった結婚式を挙げさせることだった。だが、古代アストロスの挙式のやりかたは、ネットを調べても出てこず、しかたなくL02のやりかたにのっとって、式をあげることにしたのだ。

 衣装ができたあと、屋敷の男性陣に、アニタとニックの結婚式をあげるということを告げたら、このように、K33区を貸しきっての大騒ぎとなったのだった。

 K33区の住民は、祝い事ならなんでも大歓迎の気のいい人間ばかりで、知らない人の結婚式に呼ばれていいのかとか、ややこしいことは考えない連中ばかりがあつまっているので、さいわいだった。

 最初は屋敷でおこなう予定だったが、結婚式と言ってもあのアニタが素直にうなずくわけもない。どうせなら、取材がてらK33区も巻き込んで、L02式の結婚式をおこなうという名目にすれば、アニタも参加するのではないかとクラウドは言った。

 彼の予想は当たった。

 ニックが花婿だと知ったときのアニタのうろたえようを見たら、ルナはこういう形にして、本当によかったと思った。

 ルナの感覚としては、結婚式をして、前世の記憶がよみがえって、ふたりが愛し合っていたことを思い出し、結ばれてくれたらなあというのが希望だったが、なかなかうまくはいかないようだ。

 

 「そもそも、アニタさんもニックさんも、自分たちが『結ばれる』ことが、信じられていないみたいなのです」

 ルナは、肉とトマトの入ったシチューをすくいながら言った。

 「アニタさんの前世は、ニックが自分より部下を愛してるんだって思い込んでるし、ニックはニックで、結婚したくてもできなくて死んじゃったから、あきらめてるし」

 「それで、一見仲好さそうに見えるのに、なかなかくっつかねえのか」

 アズラエルはあきれ声だ。ものすごくめんどうくさいと思っている声だった。

 「だから、じっさいに、結婚式してみることにしたの」

 「勝算は?」

 クラウドが聞いた。

 「ないです」

 ルナはアニタとニックのほうをながめながら、言った。

 「これでだめなら、のんびり待つしかないんだけど、……」

 「のんびり待っていられねえから、急いだんだろ、おまえは」

 アズラエルは言い、ルナはこくりとうなずいた。

 「アニタさんは、ニックと結ばれるかどうかで、このあとの人生が、だいぶ変わっちゃうの」

 ルナは、なぜこのあいだ回転木馬の夢を見て、そこにアニタとニックが出てきたか、アンジェリカと一緒にZOOカードを見て、やっと分かった。

もうすぐ地球に着いてしまう。アニタはニックと結ばれなければ、おそらくL56にもどり、また出版社勤めをし、三度の離婚を経て、老後にもういちど、叔母の遺産で地球行き宇宙船に乗るだろう。そう――さいしょに地球行き宇宙船に乗ったときに、役員になっておけばよかったという後悔を抱えながら。

「アニタさんが無事ニックと結ばれたら、役員になるから、そういう未来はなくなるそうなんだけど」

 

 



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