「どちらさまで」

 「アニタだよ!!」

 アニタがようやく浴室から出て、応接室にやってきたのは、髪を整え、顔は化粧をし、爪という爪がうつくしく彩られたあとだった。

廊下にはクシラとアルベリッヒが立っていた。みんなにかしづかれるようにして、ペディキュアを汚さないように、へっぴり腰でやってきたアニタの姿を見て、アルベリッヒは、「うわあ! すごくキレイだよ! アニタさんってキレイだったんだね!」と天然直球すぎる発言をし、クシラは初対面の挨拶をした。

 クシラのはじめましての挨拶に突っ込んだアニタの声はやっぱりアニタで、中身はこれっぽっちも変わっていなかった。

 

 「男性陣はちょっと待ってね。できあがったら、入ってもよいよ!!」

 応接室で待機していたルナが叫んだ。なかにはネイシャ、サルーンがいて、衣装や装飾品をならべていた。

アニタが応接室に入ると、テーブルやソファにならべられていたのは、きらびやかな装飾品の数々だった。そして、真ん中には、アニタがアストロスで購入した花嫁ドレスが、さらに華やかになって、そこにあった。

 

 「う、うわーっ! うわーっ! すごい! すごい、コレ!!」

 アニタは、衣装を手に取って歓声を上げた。

 「材料は、雑貨屋とビーズショップ回って。デザインは、アストロスの観光パンフレットやネット見ながら、あたしとキラでデザインしたの」

 レディ・ミシェルが得意げに言った。

 きのうから、女性陣は、ミシェルとキラの指導のもと、これらを手づくりしていたのである。

 そう――プランWとは――プラン・ウエディングの略である。

 

 「ちょ、マジすごい! すごすぎる!!」

 アニタは感激のあまり、涙目だった。

 「化粧くずれるから、泣かないでよアニタさん」

 「そうだよ。まだ、号泣には早いわ」

 リサが言い、ネイシャも言った。

 ルナが、金色の透けるベールが付いた冠を、アニタに差し出して、言った。

 「アニタさんは、およめさんになるのです」

 アニタではなく、周囲の女性陣が、うっとりと、女の子の夢がつまった、ベールつきの冠を見つめた。

 

 

 

 ゴージャスさを増した、アストロスの花嫁衣装のドレスを着、ベールつきの冠や、あらゆる装飾品をこれでもかと身に着け、アストロス風の化粧をし、リサがつくったフラワーアレンジメントのブーケを手にしたアニタは、まさしくアストロスの花嫁と化した。

 やっと応接室に入らせてもらったクシラとアルベリッヒは、今度は同時に、「だれ!?」とさけんだ。アルベリッヒは天然――クシラはわざとだ。

 「あたしだよ!!」

 アニタの泣きそうな絶叫がとどろいた。

 屋敷のみんなは、先にK33区で、結婚式の準備をしているのだった。

 女性陣と、クシラとアルベリッヒに連れられ、シャイン・システムでK33区に到着したアニタの姿を一番に見た、区役所待機のベッタラとバジは、口をまんまるに開けた。

 

 「アーニタですか!?」

 「うっ……わあ――見違えたよ!!」

 バジの興奮ぶりは、相当なものだった。たしかに、いつものアニタとは、百億光年ほど隔たっていたことはたしかだ。

 「今日はうつくしいですね! ワタシは、アーニタが花嫁はゴメンですが!!」

 ベッタラの正直な言葉に、「だれがおまえのところに嫁入りするか!!」とアニタが叫んだ。

 

 「今日は、俺がカメラマン」

 バジはカメラを手にしていた。

 「まずは、花嫁さんを一枚――」

 カメラのシャッター音がする方向に、笑顔すら向けられず、アニタは、口元をヒクつかせて微笑んだ。すさまじい緊張のために、いつもの彼女とは思えないほど、ツッコミ以外は無言だった。

 

 「よお、来たか。妖怪おしゃべり女」

 「だれが妖怪だ!!」

 ペリドットの言葉に、アニタはふたたび叫び――ようやく緊張がほどけたようだった。

 「もういい――あたしのキャラは、半永久的にこうなの――いくらこんなカッコしたって、中身までは変わらない――」

 「よくわかってんじゃねえか」

 「うるさいバカクジラ!!」

 

区役所の外に出ると、いつもの荷馬車も、結婚式仕様に、はなやかに飾り付けられていた。あざやかな花束でいっぱいだ。

 三台の馬車で、中央広場へ向かう。

 ゴトゴト揺られながら、アニタがつぶやいた。

 「ほんとにすごい――なにもかも本格的で――」

 「K33区の住民総出で、結婚式をするんだ。L02の式にのっとって」

 同乗しているバジが言うと、アニタはおどろいた。

 「ええっ! L02の結婚式がそっくり再現されるの」

 「そう。かなり盛大だよ」

 「バジさん、バジさん! なんでもかでも、できれば写真に納めといて! あたし買うから! ぜったい買うから!!」

 「ハイハイ、まかせといて」

 来月号の特集は決まった、と目を輝かせて、案を練りはじめたアニタを見ながら、ルナとバジは顔を見合わせた。

 「じぶんが花嫁って自覚は、ないみたいだね」

 「そうなのです。たぶん、アニタさんは、花婿さんがだれかってことも、まだ知らないです」

 「マジで!?」

 今度は、バジが目を剥く番だった。

 「アニタさんは、かんたんにはゆかないのです」

 「どうりで、こんな大掛かりなことをすると思った……」

 バジが呆れ声で言ったところで、アニタがやっと気づいたように聞いてきた。

 「ところで、花婿役のひとは、だれ?」

 「「聞くのが遅いよ!!」」

 ルナとバジは、同時に叫んだ。

 

 中央広場は、すでにたくさんの住民が集まってかがり火が焚かれ、フィフィ族がにぎやかな音楽をかなでていた。カラフルな布や花でかざりつけされた、新郎新婦の席が見えて来た。花嫁の到着と同時に、音楽が鳴りやんだ。

 広場の中央に、花婿はいた。

 ルナがアストロスで見た、天使と同じ格好をしている。真っ赤な花の模様が刺繍された純白のマント――内側は銀色の鎧であることをルナは知っている。同じ色の長い長い槍をたずさえ、背中には、目が覚めるような真っ白な羽根を羽ばたかせて――。

 

 「ホゲエエエエエエかっこいいいいいいいい!!!!!」

 アニタが卒倒しかけた。ふだんより厚い化粧で固められた顔面のせいで、なにもかもが噴出しなかったのはさいわいなことだった。

 「な――なにアレ天使――ちょ、ヤバ、マジかっこいいなにあれだれどこのひと――え!? 天使? 花婿役!? そ、そっか、L02の式って言ってたもんね――L02!? 天使!? マジ!? ウソでしょ冗談でしょだれあんなイケメン連れて来たの」

 アニタは引き腰になった。いますぐにもで逃げる態勢に入っている。

 

 「あ、アニーちゃん!!」

 ニックがアニタに気づいて、満面の笑顔で振りかえった。

 「ニックさんだああああああああああ!!!!!」

 今度こそ、アニタの目が飛び出た。

 「うるせえ女だ」

 クシラが忌々しげにつぶやいたが、アニタはいちもくさんに逃げ出した。

 

 「え!?」

 「アニタさん!?」

 リサとキラがあわてたが、アニタは猛然と反対方向へ逃げ出した。

 「ホゲエエエエ!! ムリムリムリ無理!! どうやってあんなイケメンとならべっていうの!? あたし笑いものじゃん、かっこよすぎる!! ブスが多少レベルアップしたってあれには及ばないよ!! 花婿さん、もうすこしレベル落としてくださいフゴアアア!!!!!」

 「ま、待ってよ、アニタさん!!」

 叫びながら、動きにくいドレスの裾を持ち上げて走るアニタを追いかけようとしたアルベリッヒを、クシラが止めた。

 クシラが止めた理由を、皆が解したのはすぐだった。ニックが、アニタを追いかけ、真っ白な翼を羽ばたかせて、空を飛んでいたからだ。

 



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