昼をだいぶ過ぎたころではあったが、まだランチの時間には間に合う。みんなそろってぞろぞろと料亭まさなに移動して、遅い昼食を取った。もちろん海鮮丼ランチを。生ものが苦手なアズラエルやセルゲイたちは、べつの品物を注文したが、ここで海鮮丼ランチを食べてアニタとデートをするのは、ニックの希望だったのだ。

 ピエロとキラリは爆睡中――帰ったら、おなかがすいて盛大に泣きだすことは間違いなかったが、おかげでおとなたちは、ゆっくりと食事をすることができた。

 アニタもニックも幸せそうだったが――ルナたちには、とくにリサには分かっていた。

 ふたりは、まだまだ、仲のいい友達の域を出ていない。

 さっきのアニタの台詞もある。

 ――あたしの運命の相手はいずこ。

 階段を上がれなくなっていたのを助けてくれて、お姫さまあつかいしてくれたニックに多大なる好意は持っているが、まだ、うらめしそうにクシラとアルベリッヒを見ているのだ。

 

 「う~ん、まだ、くっついたとは言えない」

 「そだね。まだだね」

 ルナも座った目でふたりを見つめていて、アンジェリカにマグロをくすねられたことにも気づかなかった。

 

 「どうして? ニックの押しが弱いから?」

 「ニックがああいうほんわか系で、アニタさんも色気ってものに98・08パーセント欠けてるからよ」

 「リサ、その中途半端な数字、どこから出てきた」

 レディ・ミシェルとリサは、観察しつつも、手際よく箸で刺身を口に運んだ。旬の魚がいろどりよく並んでいる海鮮丼を――。クシラがアルベリッヒのほっぺたについたご飯粒をつまんでやるという、王道なイチャイチャがくりひろげられていたが、アニタは歯噛みするだけで、海鮮丼をがっついていた。二日酔いだろうがなんだろうが、いつでも食えるというのはほんとうらしい。

ルナがやっと気づいた。

 「マグロがない!」

 「代わりに、いくらごっそり置いといた」

 「いくら!」

 アンジェリカのどんぶりのいくらとマグロがトレードされていた。ルナはしあわせそうにいくらをほおばった。

 

 「ルナ、いくらで満たされてる場合じゃないわよ! まだ終わってないの!」

 リサは言い、ルナにイカを分け与えた。

 「イカあげるから! 頭を働かせてよ!」

 ルナは遠慮なく、イカをもらった。

 「うん! でわ、プランWを実行します」

 「プランW?」

 クラウドが真っ先に反応したが、ルナの言葉にうなずいたのは、リサとキラとレディ・ミシェル、サルビアとアンジェ、セシル親子とサルーン――つまり、アニタ以外の女子だけだった。

 「待ってました!」

 キラが立ち上がって叫び、

 「プランWですわね!」

 サルビアもうれしげに言った。

 「腕が鳴るわ!!」

 リサもいきなり腕をまくり――なにも知らないアニタだけが、クエスチョンマークをかかげたまま、キョロキョロと周囲を見まわしていた。

 

 

 

 「さーっ! 今日からこの部屋、男子禁制だからねっ」

 リサが応接室のドアに張り紙をした。

 「入っていいのは、ごはんをつくってくれる男性陣だけ! つまり、アルとアズラエルくらいね!」

 「プランWの内容を、ぜひ聞きたいんだが……」

 クラウドは粘ったが、断固としてリサは、口を割らなかった。

 「ぜんぶできたら分かるわ! とにかく、あとはよろしく!!」

 そういって、これ以上の追及を逃れるように、応接室に入った。

 

 「ピエト、ごめんね? 一日だけ、ピエロを見ていてくれる?」

 「まかせろ!」

 ルナがピエロを託すと、ピエトは威勢よく叫んだ。

 「冬休みなのに、校長先生が俺を勉強漬けにするんだ。さすがにくたびれてきたよ……俺も休みてえ」

 ピエトは言い直した。

 「つまり、ピエロと遊んだり、ネイシャと遊んだり、K33区に行って、ともだちと、ゼラチンジャーごっこしたり、してえ」

 「うん」

 ルナはうなずいた。

 「勉強もいいけど、あまり無理しちゃダメだよ」

 「おう! よーっし、ピエロ、大広間行こうぜ!」

 「あー」

 ピエロがルナに手を伸ばしたが、ピエトはさっさとピエロを抱え、大広間に向かった。

 「冷蔵庫にプリンつくってあるからね!」

 「あとで食べる!」

 

 「さて、と」

 ルナも応接室に入ろうとすると、セシルが二階から降りてきた。

 「あ、セシルさん、アニタさんは……」

 「だいぶくたびれたらしくて、今日は寝るって」

 セシルは肩をすくめた。

 「そっか」

 「時間ができたから、あたしも手伝うよ――入ってもいい?」

 「もちろん!」

 この応接室は、アニタも入場禁止になる。だから、セシルには、アニタを連れてK33区の取材に向かってもらうつもりだったのだが、その必要はなさそうだ。

 「ほんとに、一日でできるの」

 「ミシェルとキラがね、たくさん人数がいるから、明日には完成するって」

 「ふふ……楽しみだね」

 

 ウキウキ顔のセシルとルナが応接室に入っていくのを見届けながら、アルベリッヒがセルゲイに言った。

 「いったい、なにをしてるんだろう?」

 キラとレディ・ミシェルが、大荷物を抱えて応接室に飛び込んでから、アニタ以外の屋敷の女子全員が、応接室にこもって、なにやらにぎやかに作業している。

 「さあ――ところで、夕飯の買い物に行くって言ってなかった?」

 「うん。今日は、女の子たちがあの調子だし、アニタさんもいつ起きてくるか分からないから、サンドイッチでもつくろうかなって」

 「じゃあ、わたしも手伝おう」

 「たすかるよ! できるだけたくさん作っておこうと思うんだ」

 「じゃあ行こうか――」

 「あ、待って。アズラエルがまだ、」

 キッチンから出てきたのはアズラエルだった。

 「ローストビーフの仕込みは終わった。じゃあ、行くか」

 「買い物リスト持ってる?」

 「ある」

 セルゲイとアルベリッヒ、アズラエルは、買い物バッグを持って、玄関を出た。ピエロがふたたび「あー」と絶叫ながら、大広間から、パパを見送った。

 

 



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