夕食の席は、急きょ、「シシーを心配する会」と化した。テオはそれ以上シシーを追うこともできず、すごすごとキッチンにもどってきたわけだが、この席には、性格がレベル母親クラスの人材がかなりいて、その母親たちが黙ってはおかなかった。

 なにしろ、この屋敷のお節介連中ときたら、老婆心も並ではないが、解決能力もずば抜けていた。

 

 「シシーさん、いったい、どうなさったのです?」

 カザマの声を皮切りに、クラウドにメンズ・ミシェル、キラにリサ、ニックにアルベリッヒと立て続けに同じ質問をされて、テオは「分かりません」としか、答えられなかった。

 そして、ぽつぽつと、最近のシシーの様子を話した。

 去年のクリスマス以降、どこか彼女の様子がおかしいこと。屋敷や食事に誘っても、「金がない」ことが理由で、断られること。おそらく知り合い全般に、シシーは同じ断り文句を口にしている。金がないのはおそらく本当で、普段の食事でさえ、とっているのかどうか、怪しいこと。

テオが「おごる」と言っても、「おごられるのが嫌だ」という理由で、食事をともにしないこと。――だが、テオを避けているのではなさそうだということ。

シシーは、金がない理由を、テオにもカルパナにも打ち明けてはいない。

そして、先ほどATMのまえでの、シシーの不穏な様子のこと。

 

「なるほどね……」

クラウドが、思考の様子を見せた。

「昼間は、いつもみたいに明るかったろ」

メンズ・ミシェルはそう言い――「ええ。そこが分からないところなんです」とテオはつなげた。

「シシーは確かに、昼間までは、この屋敷に来るつもりでいた。金はあったんです。でも、俺が夕方ATMでシシーと鉢合わせたときの通帳の残高は、きっと、ゼロだった。食事代すら、残ってなかったんです――おそらく」

「どうして?」

キラが叫び、

「それが分かったら、こんなに悩んでません」

テオは深々とため息を落とした。彼は、めのまえの美味しそうな食事にも、ワインにも、まったく手を付けなかった。

 

 「深い理由は――テオ君が分からないなら、わたしも分からないわ」

 カルパナも、同様の返答をして、さらに言った。

 「たぶん、シシーちゃんが一番親しいのはテオ君なのよ。あなたで分からなかったら、きっと誰も分かりっこないわ」

 「シシーには友人がいるでしょう?」

 カルパナは首を振った。

 「あの子は、広く浅くの付き合いしかしてないのよ。ほんとうに親しい友人は、あなた以外にいないと思うわ」

 「……!」

 テオは目が覚めたような顔をし、いきなり立ち上がった。

 「シシーの家へ――行ってみます」

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ……」

 テオを止めたのは、意外なことに、アニタだった。

 「座って。とりあえず、あたしの話を聞いて」

 アニタが、めずらしく真面目な顔でうながすので、テオは座りなおした。

 「あのね、テオさん。たぶん、いまシシーさんのところへ行って、問い詰めたところでぜったいシシーさんはしゃべらないと思う。いままで言えなかったんだから。おまけにお腹もすいてる。メンタルも最悪よ? あなたも焦ってる。きっと、ロクなことにならない」

 

 「――もっとも、ですね」

 テオは驚くほど素直にうなずいた。

 「でも、また、シシーは食事を抜くのかと思うと、俺は……」

 「そこなんだけど」

 アニタは言った。

 「シシーさんのお金がない理由は、あたしもさっぱりわからないけど、今の説明でいっこだけ、分かったことがあるの」

 「な、なにが分かったの?」

 リサがおどろいて、アニタを見た。アニタは、いつになく真面目な顔で言った。

 「シシーさん、たぶん、摂食障害の一種だと思う」

 「摂食障害……」

 テオがつぶやいた。

 

 「それってなに?」

 ネイシャが首をかしげたので、セルゲイが説明した。

 「そうだな……たとえば、ショックなことがあって、精神的にダメージを受けてしまい、その結果、食行動に異常が現れること。食べ過ぎてしまったり、逆にまったく何も食べられなくなってしまったり……。大変なことが起きて、食欲をなくしたりなんかすることはだれにでもあるけど、それが生活に支障をきたすまでになると、そう診断される」

 「おまえ、そういえば、カウンセラーだっけ」

 グレンが思い出したように言った。

 「わたしは、カウンセラーとして、勤務したことはないけどね。そうだな――シシーちゃんがウチに来て、異常なくらい食べ過ぎてしまうのも、過食の一種かもしれないね」

 

 「――でも、シシーの部屋は、散らかってはいたが、菓子や食べ物があふれかえっているというわけではなかったです」

 テオは呆然と言った。カルパナもうなずいた。

 「ええ。服は散らばってましたけど、キッチンもそれなり片付いてましたし、ゴミの匂いがする、なんてことはなかったわ」

 ゴミもちゃんとまとめられて、食べ物で部屋があふれていることはなかった。ただ、大雑把な性格なのだろうなということが分かるくらい、服は乱雑に積み上げられ、食器は洗いっぱなし、ホコリが床に溜まっているくらいのものだった。足の踏み場がないというほどではない。

 

 「なにもシシーさんが過食症とか、拒食症って言ってるんじゃないのよ」

 アニタは首を振った。

 「シシーさんの状態が摂食障害に当たるかは、あたしは医者じゃないから分からないわ。極端なことを言ったかも。ごめん。でも、ひとからおごってもらうことができない、つまり、自分のお金でしか、食事を買えない、取れない。遠慮がちっていうわけじゃなくって、ホントにダメなのよ。食べられないの。食べても吐いちゃうの。――あたし記者だったとき、そういうタイプのひとに会ったことがある」

 「え?」

 「彼女は、病院で摂食障害の治療を受けていた。強迫なんたらとかそっちの治療も――ともかく、なんつうか、ようするに、いま大切なのは、シシーさんがそういう病気かどうかってことじゃなくて、もしかしたらほとんど食事を取っていないシシーさんに、ご飯を食べさせなきゃいけないってことだわ、そうでしょ?」

 

 「そうですけど――なにか、いい方法が?」

 カルパナの言葉を待たずに、立ったのは、アニタだった。

 「ニックさん、あれ、もらっていい?」

 「うん、いいよ」

 あれ、の正体を皆は分からなかったが、アニタとニックの間では、会話が成立していた。アニタはニックからシャイン・カードを借り、小走りで応接室に向かった。

 「ちょっと待っててね」

 そう、言い置いて。

 

 「アイツ、なにを取りに行ったんだ?」

 アズラエルが聞くと、ニックはほがらかに答えた。

 「廃棄分のお弁当さ」

 カルパナが、手を打った。

 「あっ! そうか」

 「なにがそうかなの」

 ついていけないキラが聞くと、ニックは説明した。

 「ウチのコンビニは、時間ごとに、ほとんどの品物が廃棄の憂き目に遭うんだけど――人が来ないコンビニだからね。でも、捨ててしまうのはもったいないから、この宇宙船を動かす、地下で働いているひとたちの食事の一部になってるんだ」

 コンビニエンスストアの規則で、定時には店先から下げなければいけない品物は、そのまま地下で働いている役員たちの食事として提供される――ニックのコンビニだけでなく、船内のスーパーやデパートも例に漏れない。

 「つまり、廃棄されると言ってしまえば聞こえは悪いが、すでに捨てられたものだから、対価が発生しない。そういうものなら、シシーは食べられるっていうことか?」

 クラウドの台詞が終わらないうちに、アニタがもどってきた。三種類の弁当を、コンビニの袋につめこんで。ペットボトルのお茶や水、サンドイッチなども一緒に。

 「よかった。まだ業者さんが来てなかったから」

 「このお弁当だって、出来立てなんだよ」

 ニックは口をとがらせた。

 「数時間で廃棄するのが決まりだからね」

 

 アニタは、ニックが言ったことと同じことをテオに説明し、最後に付け加えた。

 「このことを説明しても、それでもダメだったら、シシーさんの目の前で、このお弁当をゴミ箱に投げ込んでみて」

 「――!?」

 ゴミ箱に投げ込んだ弁当を、食わせろというのか。テオは絶句したが、

 「あたしが会ったひとは、そこまでしないと受け取れなかった」

 「……」

 テオは、なんともいえない目で弁当を見つめ、それから、アニタとニックに「ありがとうございます」と頭を下げた。

 「そのお弁当、毎日出るから、シシーちゃんは、食事のことは心配しなくていいよ」

 ニックの明るい声に押されるように、テオは、シャイン・システムがある応接室へ引き返した。

 

 ルナは、最初から最後まで、口をあけたまま、事の次第をながめていたのだが、やがて、みんなの目が自分に向いていることに気づいた。膝の上のピエロまでが、ルナを見ていたし、ルナを挟んで座っていたアンジェリカとサルビアが、瞬きもせずルナを見つめていた。

 「ぷ?」

 ルナがアホ面をしているので、ついに、レディ・ミシェルが言った。

 「ルナ、ZOOカード」

 「そうよ! ついにZOOカードの出番でしょ!」

 リサも叫び、ルナはあわててアンジェリカを見たが、彼女はニヤニヤ笑って首を振った。

 「あたしの占いは高額です。お金のない人のために占いはできません」

 彼女らしくない、薄情な言葉だったが、サルビアが代わりに微笑んだ。

 「ルナ、ZOOカードのご用意を」

 



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