『わたしが守護すれば、“情熱のハクニー”に』

 太陽の神がひげを撫ぜながら言った。

 『わたくしが守護すれば、“救済するうるわしきハクニー”に』

 真昼の神が、優雅に微笑んだ。

 『わたしが守護すれば、“盾となるハクニー”に』

 夜の神が言った。

 『わたしが守護すれば、“英知あるハクニー”に』

 イシュメルが笑んだ。

 『俺が守護すれば、“無邪気なハクニー”になる』

 ノワが、あっさりワイン瓶を干してしまいながら、つぶやいた。

 

 「……」

 ノワ以外の神々が、笑顔でルナを見ているので、やっと気づいた。

 「あたしが選ぶの!?」

 神々は、そろってうなずいた。

 「え――え!? で、でも――」

 ルナが選ぶとなったら、責任重大だ。名前次第で、テオの人生が変わってしまうのだ。

 

 『どの名を持っても、幸せな生涯が送れるだろう』

 『すくなくとも、“礼儀正しい”という文字が消えれば、祖から得る縁の苦しみも転換する』

 『彼の人生を歩むことになるだろう』

 神々は、ルナの言葉を待つように、そろってルナを見つめた。ルナは慌てた。

 「あ、あの――あの――いますぐ、決めなきゃならないんですか?」

 ルナが聞くと、太陽の神は告げた。

『考える余地はある。だが、のんびりしてもおられまい。彼の“転機”は近づいている』

「――!?」

ルナは、ふたたび泣きそうになった。それを見て、夜の神は言った。

『“縁”のことも考え、よく選びなさい。まだ、月の女神の守護名を聞いてはいないはずだ』

ルナは、ここに月の女神がいないことを、ようやく思い出した。

『では、決めたら呼びなさい』

神々は消えた。――みんなそろって。

 

ルナは途方に暮れて、アンジェリカを見た。アンジェリカは苦笑していた。

「正解だったと思うよ? ルナは間違ったことはしていない。返答を先延ばしにしたのは、いいことだった」

アンジェリカは、ZOOカードに向かって呼びかけた。

「月を眺める子ウサギよ、ルナは、“名の大切さ”を知っていますよ。すくなくとも、すぐに結論は出さなかった。この件に関しては、合格をあげて」

だが、カード・ボックスから返事はない。

 

「あたし、やっぱり、0点だったから、うさこが怒ってるんだ……」

ルナはすっかり涙目になった。

冷静さを欠いて、思わずシシーのカードを天秤に乗せてしまい、そのために自分がシシーの罪を背負って階段を上がったこと。自分で上がることが叶わなかったシシーは、どこかで代償を払わねばならず――それがおそろしいことでないにしても、テオと本格的に結ばれるのは、三年先になってしまったこと――それらすべて含めて、「0点」だと言われたこと。

アニタとニックの件からすべて、「メリーゴーランドの試験」は、総合で「30点」くらいだと言われたこと。

それらは、きのうのうちに、すっかりアンジェリカに話していた。

 

 「あたしじゃ、サルディオネになんか、なれっこないよ……」

 すっかり落ち込んでしまったルナを、アンジェリカは励ました。

 「最初は、みんな失敗するものだよ。失敗しなきゃ、傲慢になっていくだけさ。あたしだって、ZOOの支配者になってからも、何度だって試練に遭ったし。ペリドット様にも、初対面では手厳しくやられたし」

 そう言って、苦い笑いを浮かべ、

 「あたしだって、未熟者だ。でも、今回にかぎり、ルナが0点だっていう理由、分かるよ」

 アンジェリカが笑いながら言った。

 「えっ!?」

 ルナは思わずアンジェリカにつかみかかった。

 「ほんとに? 教えて!!」

 「ルナ、どうどう」

 アンジェリカはルナの肩をさすって、落ち着かせた。そして、言った。

 「ルナはさ、まず、一番たいせつなことを忘れてる。基本中の基本。だから、0点なんだよ」

 ルナはますます眉をへの字にした。

 「逆に言えば、この基本にさえ気づけば、100点なのさ」

 「……」

 

リサたちにZOOカードの占いを見せてしまったのが減点理由だろうか。一番悪いのは、あれほど注意されたのに、黄金の天秤に触ってしまったこと? いろいろ、調査不足だったのか――ルナの判断がまちがっていたのか――反省点は山のようにあった。

だが、アンジェリカは、そのどれもがちがう、と言った。

 「そんなんじゃない。ルナの判断の未熟さや、考えが及ばないのは、神々だって承知してる。そんなに難しい試験を、ルナに与えたりなんかしない」

 「でもあたし、さっぱりわからないよ」

「試験ってのはさ、ルナ。ポイントを押さえればいいわけでしょ。今回ルナは、そのポイントがことごとく外れていたから、月の女神は30点だと言ったわけ。ホントは全部合わせても、0点だった」

「ええっ!?」

「でも、30点はくれた。それはつまり、ルナやみんなの努力は認めてくれたの。でも、サルディオーネになるには、決定的に間違っているところがある」

 「……」

 ルナは悩んだ。決定的に間違っているところ?

 「今日は、真砂名の神からじきじきに“カルタ(手紙)”が来たから、教えるよ。ルナもいっしょうけんめい考えたし、悩んだからね」

 アンジェリカは、今日はあたしの言いすぎじゃないからね、と念を押した。そして、一呼吸置いて、ルナに問うた。

 

 「ルナはどうして最初から、月を眺める子ウサギを呼ばなかったの」

 「――え?」

 

 アンジェリカの話はこうだった。

 メリーゴーランドの夢を見たその日、ひとりでウダウダ考えず、リサやレディ・ミシェルたちにも話さず、相談相手はアンジェリカやペリドットでもない、クラウドでもない。

一番先に「月を眺める子ウサギ」を呼んでいたなら、一発合格だったのだと。

 

 「ええっ!?」

 ルナのうさ耳が、これでもかと立った。アンジェリカは苦笑した。

 「あたしならそうする――あたしは、なんでも一番先に、“白ネズミの女王”に相談するよ? 姉さんには、そのあとに話す」

 「……!」

「だって彼女はあたし自身だし、あたしの魂だから、あたしが望んでいることも、欲しいものも、どういうやりかたがいちばん納得いくか、自分自身がいちばんよく知っているから」

 ルナは絶句した。まるで、思ってもみなかったことだった。

「それに、ものすごく頼りになるしね」

ルナは、へちょりとうさ耳を垂らして、もごもごと言った。

「だって、うさこは、呼んでも来てくれないし……」

 「そりゃ、当然だよ」

 アンジェリカは笑った。

 「ルナは、“うさこ”としか呼ばないもの」

 「!!」

 「うさこと呼んだら、ジャータカの黒ウサギだって、真っ白な子ウサギだって、うさこだよ」

 ルナは思い出した。かつて「うさこよ出て来い!」と言ったら、ジャータカの黒ウサギが出てきて、「わたしもうさこだけど?」と言った。

 

 「ZOOカードのなかで、言霊はとても大切。教えたよね?」

 ルナは返事もできなかった。

 「うさこじゃなくて、月を眺める子ウサギ、を呼ばなくちゃ――ルナだって、そうでしょ? メルーヴァとかルーシーと呼ばれて、気分がいい?」

 「……」

 ルナは、目にいっぱい涙をためはじめた。

 ララにはルーシーと呼ばれ、ペリドットと初めて会ったときにメルーヴァと呼ばれたときは、つい興奮して怒鳴ってしまった。

 「あたしは、ルナです!」と――。

 あんまりたくさんの名前で呼ばれて、自分が自分でないような、そんな気がしたからだった。みんな、自分ではなく、自分の過去の姿を追っている。そんな気がしたからだった。

 今、ここにいるのは、自分なのに。

 



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