「掃除機」が、コヨーテたちを吸い込んでいった、翌日のことだ。

 テオもシシーと同じく有給休暇を取り、徹夜で気になることを調べ尽くしたあと――ひさしぶりに昼過ぎまで惰眠をむさぼり、シシーの見舞いに行こうかと部屋を出たときだった。

 携帯電話が鳴った。相手はソルテだ。テオはすばやく電話に出た。

 「どうした?」

 『どうしたもこうしたもねえよ――おまえも、おまえの彼女も無事か? 巻き込まれてねえか?』

 ソルテの声は焦っていた。

 「いったい、なにがあった」

 『その声じゃ、巻き込まれてはいねえみてえだな。ニュース見ろ! 仕事中か? とにかくはやく、ニュースを見ろ!』

 テオは部屋に引きかえし、テレビをつけた――そして、愕然とした。

 

 画面の向こうで、ビルが丸ごと、炎上している。

 夜闇の中に、炎を巻き上げるビルが、上空から写しだされていた。

 画面下のテロップと、緊張したアナウンサーの声が、燃えているビルの名を告げていた。

 『火災現場は、ボローネ不動産のビルです。発見された遺体は、社長のステファニーさん(53)――』

 

 携帯電話はつながったままだ。テオの耳に、ソルテの声が飛び込んできた。

 『おまえが調査しろって言った女は、もう死んでる』

 「――そうみたいだ」

 我知らず、声が震えた。

 『そのニュースをよく見ておけ。なにがあったか知らんが――金がらみで、そこの女社長を息子が刺殺して、夫と息子がつかみあいになって、息子が会社に火をつけて逃げ出した――ってとこが最新情報。まだ、ニュースでそこまでやってねえはずだ。息子は警察が追ってる。夜だったんで、ほかの従業員はいなかったが、身内の従業員とか、社長の愛人は残っていて、みんなそろってビルに取り残されたままだ』

 「――!!」

 『遺体が見つかった――それも、かなりたくさん』

 テオは、言葉を失った。

 『やっぱり、なにか事件がらみなのか? それで、おまえは、この女の身辺を探れと?』

 ソルテのはじめての問いに、テオはやっとのことで説明した。シシーという、ステファニーの姪が、ずっと彼らに脅されていたこと。根本的な解決のために、テオはソルテに身辺調査を依頼した。

 『そうだったのか。だが、調査相手が死んじまったんじゃァなあ』

 ソルテは困惑した口調で言い、

 『とにかく、あとすこしここに残ってみる。なにか情報を得たらまた電話するよ。おまえのなかで事件が解決したら、おまえから電話をくれ』

電話を切った。テオは、ぼうぜんと、画面を見つめた。

 しばらく、ニュースに張り付いた。これはきのうの映像で、すでに焼け跡から遺体は見つかっていた。テオはあらかたの情報を得てから、テレビを消し、まっすぐにシシーの病室へ向かった。

 

 「テオ」

 シシーは、テオの顔を見るなり、うれしげに顔をほころばせたが。

 「シシー、ニュース見てるか?」

 「え?」

 緊迫した彼の声音に、きょとんとした顔をした。テオは黙って、室内のテレビをつけた。

 バラエティ番組の再放送から、ニュースに変える。

 さきほど、テオが見たニュースが繰りかえされていた。

 『焼け跡から――……名の遺体を発見――』

 シシーは口を開けた――そして、次の瞬間には絶叫した。個室でよかったと、礼儀にうるさい彼は思った。

 「おばさんが!?」

 「君の叔母さんだけじゃない。――おそらく、“皆”だ」

 画面に、つぎつぎ映し出される顔写真と名前に、シシーが震えだした。

 「おじさんもいる――このひと、会社のお金を預かってる人、知ってる。このひとも、この人も――あたしをホテルに連れてヘンなことしようとした奴も――あ、あいつって、おばさんの愛人だったんだよ――」

 シシーは、震えながらもテオに告げた。

 

 「ねえ、ウソでしょ」

 シシーは「ウソでしょ」ともう一度くりかえした。

 「あたしの通帳からお金を持っていったひとたちが、みんな死んじゃった……」

 

 「……!?」

 テオも愕然としたが、シシーはもっと驚愕していた。そして、はっと気づいたように、テオを見た。

 「テ、テ、テオが、……?」

 「待て、俺じゃない」

 テオはあわてて言った。

 「様子を探ろうと、傭兵を派遣したのは認める」

 「傭兵!?」

「だが、彼らも調査に入るまえに、こんな事件が起きてしまったんだ。おどろいて、さっき電話してきた。俺もそれで、知ったんだ」

 シシーは、なにをどうしていいか分からないように、困惑顔で画面を見た。見るべきものは、めのまえの画面しかなかった。

 突如として、シシーの携帯電話が鳴ったので、シシーは飛び上がった。だが、ディスプレイに表示された番号を見て、ものすごい勢いで電話を取った。

 

 「おじいちゃん!?」

 『お、おお――シシー、シシー、無事か!』

 相手は、シシーの母方の祖父、テレジオの弟だった。

 「だ、だいじょうぶ――あたし、地球行き宇宙船にいるから――」

 『ニュースを見たか!』

 「み、見た、見たよ――今見た――びっくりした」

 『悪党どもに、天罰が当たったわい!』

 「おじいちゃん、あんまり叫ぶと、また血圧が上がるよ――」

 シシーの言葉も聞こえていないふうに、電話向こうの相手は怒鳴った。テオにも聞こえるほどの怒声で。

 『今日、わしらのところに警察が来て――あのステファンという奴は逃げたが、すぐ捕まると言っておった! わしらは言ってやったよ――あの恐ろしい女たちに、孫がずっと脅されていたとなァ――もうだいじょうぶじゃぞ、シシー、もう、金は払わんでいいんじゃ』

 ステファンは、シシーのいとこの名だ。

 「お、おじいちゃん……」

 電話向こうからすすり泣きが聞こえてきた。

 『わしらは、大丈夫じゃと言ったのに! それでもおまえは律儀に金を払い続けて――そんな生活は、今日で終わりじゃ。おしまいじゃ――つらかったなあ、シシー』

 「……」

 シシーも言葉にならず、泣いていた。テオは悟った。人質にされていたものは、墓だけではなく、彼らも、だったかもしれない。

 シシーは、かつての担当役員が、自分を守ったために、宇宙船から追われたのではないかと――それが、叔母のしたことではないかと、ずっと思っていた。シシーが言うことを聞かなければ、彼らに危害を加えられると、そう思っていたかもしれない。

 現にいとこのステファンは、はっきりと墓を人質に、彼女を脅した。

 

 『シシー、墓もちゃあんとわしらの近くにもどして、面倒みるから。それに、テレジオ兄さんの財産ももどってくる。もうだいじょうぶじゃ。あの悪党め、兄さんの卒業証書を書き換えて、自分のものにしておった……!』

 「――え?」

 シシーの戸惑う声。

 テオの想像は当たっていた。やはりステファニーは、シシーの祖父テレジオの卒業証書と勲章の名を自分の名に変えて、飾っていたのだ。

 『知らんかったのか? シシー。おまえのじいさんはなァ、“アルビレオの衛星”という、世界一の大学を卒業した、すごい人だったんだよ』

 「……!?」

 シシーは目を見開けるだけ見開いて、テオを見つめた。テオは、うなずいた。

 『立派な人じゃった。わしらの誇りじゃった。――シシー、名前を元にもどした勲章と卒業証書は、おまえに送るよ。テレジオの形見だ。たいせつにしてくれ』

 「う――うん!」

 シシーはもう、なにも言えなかった。しゃくりあげるシシーの背を、テオはしずかにさすった。

 



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