このニュースは、屋敷の大広間でも流れていた――最初、クラウドだけが見ていたニュースに、やがてひとりふたりと集まって、学校に行っていていない子ども以外は全員、テレビ前に群がることになった。

 クラウドは、熱心に事件の全容を追っていた。

 「ステファニー・B・ボローネ。このあいだ、テオが、俺に“アルビレオの衛星”の名簿から、探しだしてくれと言った名だ」

 「彼女は“アルビレオの衛星”なの!?」

 セルゲイがおどろいて聞いたが、クラウドは首をかしげた。

 「いや――俺が探した名簿に、彼女の名はなかった。だから、たぶんアルビレオの衛星ではない――しかし、あのときテオはずいぶん急いでいた。事件を予想していたのか?」

 「予想ってどういうことだ」

「この事件のことだよ――おそらくテオは、なんらかの調査のすえ、このステファニーという女性に行きついたんだ」

 「マジか」

 メンズ・ミシェルが怒鳴った。レディ・ミシェルとアニタとリサ、キラたちは顔を見合わせ、「説明して!」とクラウドに詰め寄った。

 「アンジェが、シシーのことは、テオが解決すると言っていただろ? 名簿にステファニーの名はなかったが、俺はそのかわり、テレジオ・K・パディントンという名を見つけて――その名を見たら、テオの顔色が変わった。俺は、シシーとテオの関係をほのめかして、それで引かれたんだと思ったんだが、やはり、あのテレジオという名も、意味があったんだろうか。パディントンは、シシーの名字だし、彼の出身星L72は、シシーの故郷でもある。アルビレオの衛星が、関わっているのか? ステファニーというこの女性との関係は……?」

 クラウドは途中から、思案気味になっていってしまったので、言葉が自己完結した。

 

 「だ、だけど、このひとは、……」

 ロイドの声にならない声は、ニュースの音声に紛れて消えた。

 そうだ――テオが探していたステファニーという女性は、亡くなってしまった。

 

 「もしかして、シシーの金がないっていうのは、こいつらが原因だったのか?」

 アズラエルの声に、クラウド以外のみんながはっとした。

 放送しているニュースは、会社の社長であるステファニーの一人息子が行方不明であり、容疑者として追っていることを告げていた。つぎつぎに明るみになる事実。その息子は、警察だけではなく、金がらみの組織にも追われている。さらに息子だけではなく、彼女の夫、愛人含め、人間関係も泥沼、会社の金を私的に使っていた重役がいたことも発覚している。金策に追われていた人間ばかりで、警察も、どこからきた恨みによる犯行か分からないと言っている。

 つまり、この事件にかかわる者は、後ろ暗い人間ばかりなのだ。

 

 「テオさんが、捜しだして、――この事件を?」

 「まさか!」

 セルゲイの言葉に、セシルが強張った顔で首を振った。

 「そもそも、シシーさんとこの女性との関係は?」

 「だって、テオさん、サイバー部隊にいたって聞いたわ!」

 アニタが興奮気味に叫んだ。

 「サイバー部隊って――ああ、軍事惑星にいたからってことか? 傭兵に依頼したってのか? 軍事惑星で働いていたからって、傭兵の知り合いができるとはかぎらねえ――いや、そうでもねえか」

 グレンが渋い顔で唸った。

 「ふつう、調査だけならまず興信所だろ――なんで傭兵なんだ」

 メンズ・ミシェルの呆れ声。

 「いいや? 興信所じゃ、殺しはやってくれない。テオがそこまで――もしそこまで考えていたのだとしたら、傭兵に依頼するのも筋が通ってる」

 クラウドの言葉に、メンズ・ミシェルは黙った。

 

 紛糾したテレビ前で、サルビアが立った。

 「アンジェリカとルナが理由を知っているはずですから、呼びましょう」

 「やっぱり、ZOOカードでなにか出たな」

 「ZOOカード!」

 サルビアの言葉に、いち早く反応したのはクラウドで――女の子たちはそろって興奮気味に叫び――サルビアがルナを呼びに行く前に、うさぎは大広間に姿を現した。

 

「なに見てるの!」

いつものルナのアホ面に、皆の気は、いっせいにそがれた。

 みんなが大広間に集まっているので、なにをしているのかとのぞき込んだルナは、ニュースを見て、最初に目を丸くし、つぎに口を開け、ついに叫んだ。

 「コヨーテたちが掃除機に吸い込まれた!!」

 「「「「「掃除機?」」」」」

 ルナの意味不明な絶叫は、この屋敷の住民なら慣れていた――意味不明でありながら、それはたしかに、意味を持っているのだということを。

 うさぎはあわてて両手で口をふさぎ、くるりと一回転して逃げ出した。

 クラウドにつかまりかけたのを慌てて避けたが、アルベリッヒがはがいじめにした。思いきり背中から飛びつかれて、ぎゅうと抱きしめられた。これをしたのがグレンあたりだったら、アズラエルの怒声が飛んでいたかもしれないが、心は乙女のアルベリッヒなので、なにも言われなかった。

 「もご! もごもごもご!!」

 ルナは暴れたが、筋肉ムキムキ細マッチョのアルベリッヒからは逃れられなかった。

 「ルナちゃんはなにか、知っているんだろ? 教えてくれ!」

 アルベリッヒはそう言った。

 「シシーさんは無事? テオさんも?」

 「……」

 ルナのうさ耳が、ルナのうさ耳が、ルナの代わりにぶんぶんと振られた。

 

 「ふたりは無事だよ。シシーさんが抱えている状況は、解決した」

 説明してくれたのは、サルビアが呼びに行ったアンジェリカだった。皆は、ほっと胸をなでおろした――ふたりの無事と、それから、説明をしてくれるのが、ルナではなくアンジェリカだという安心感のために。

 「あたしも今、部屋でニュースを見てた。コヨーテたちは、自滅したのさ。ルナがシシーの罪を持って、階段を上がったおかげで」

 皆は、顔を見合わせた。

 「詳細な説明を頼む」

 クラウドは言った。

 「だいじょうぶだよ、ルナ。すべては終わったから、月を眺める子ウサギは、皆に話すことを許可してくれた」

 「……」

 ルナのうさ耳はすっかり垂れ、アルベリッヒの膝に落ち着いた。ルナの膝には、サルーンが乗った。

 

 

 

 それからさらに、一週間後。

 ひとり逃げた、シシーのいとこであるステファンは、森のなか、遺体となって発見された――それも、「首」だけになって。

 テオはそれをニュースで知ったとき、自分が彼に宣告した言葉を思い出して、気分が悪くなった。

 事件の概要はこうだ。

 ステファンは、友人たちに金を借りまくっていた。そして一度も、返すことはしなかった。そのために、彼は売られたのだった。

 恐ろしい組織から狙われていると分かったステファンは、ふたたび手当たり次第に金を集めはじめた――シシーをも脅したが、実の母親にもすがった。だが、ずっと金をせびられてきた母親は、息子を救おうとしなかった。ちょうどそのころ、ステファニーも会社の金がごっそり消えていたことに慌てふためいていたのである。

愛人のしわざか、それとも、兄か弟のしわざか。正体は、経理課長――自分の甥だったのだけれども、とにかくステファニーも金策に走り回っていたときだった。息子の話を聞く余裕はなかった。母からも父からも金がもらえないとわかった彼は、母親にナイフを突きつけた。

 母親を刺し、それを止めに入った父親も殺害し――ビルの駐車場にガソリンをまいて火を放ち、逃げた彼は、警察ではなく組織に捕まったという顛末だった。

 重役会議のため、ビルにいた親族の従業員たちは逃げ遅れ、灰になった。

 だが、彼らもまた、あちらこちらから恨みを買っていたのは確かだった。だれもが、だれかから金を奪い、だれかを陥れ、だれかを脅していた。事件後にはどんどん暗闇が暴き立てられ、けっきょくのところ、ステファンが放火しなくても、この事件は早晩、起こりえたという結論に達した。

 ソルテから連絡をもらうたびに、テオは戦慄した。ステファニーは、すでに手を汚していた経歴があったことはほんとうで、シシーの不安は、大げさなものではなかったのだ。

 シシーにも高額の死亡保険金がかけられていた。シシーは確かに、危なかったのだ。

 高給取りである今はよくても、もし地球行き宇宙船の役員でなくなったり、送金をやめていれば、命の危機があったかもしれない。

 

 (……しかし、こんなことが、あるものなのか)

 シシーを脅していた連中が全員、そっくりそのまま消えてしまった。

 



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