「あの、あのね?」 ルナはやっと言った。 「シシーさんはどうなったの? だいじょうぶですか? あたし、呪文を唱えたら、糸がへんになって……」 ルナは必死で説明を始めたが、神々は、ルナの説明で事態を解したのではなかった。神々の神々たるゆえんを持ってだ。つまり、ルナの説明は、神であっても意味が分からなかった。 『それは、ルナのせいではないよ』 ルナは、今日初めて太陽の神の声を聞いたが、アントニオそっくりだった。イシュメルに負けないほどひげもじゃだったが。 『おそらく、コトが解決に動き出した瞬間を、ルナは見たのだろう。ルナの呪文のせいではない』 太陽の神が指を鳴らすと、手のひらに、シシーのカードが現れた。 『あなたがなにもしなくても、ハクニーがシマリスを救済すると、あなたも分かっていたでしょう』 月の女神はため息交じりに言った。 太陽の神の手のひらの上で、シマリスのカードの内容が変化していく。泣いているシマリス――だが、背後にいる化け物たちは、いったんはシマリスに手を伸ばしたが、すぐにそれができなくなった。彼らは互いにつかみ合い、大ゲンカを始めた。 ルナの夢では、ハクニーが現れて、化け物たちを蹴散らし、シマリスを背に乗せて、闇の中へ去っていくシナリオだったが――。 『おまえがシマリスの罪をかついで階段を上がったために、運命が変わった』 太陽の神は言った。 「――!」 『真砂名の神は、決まりどおり、シマリスの罪をお許しになられた』 『この者どもは、滅ぼしあうだろう』 『自滅の道を歩む。ハクニーをはじめ、その手先は“手を汚さず”ともすむ。――ちと、時期が早すぎたが、これもこれで、ひとつのさだめ』 『これは三年後に起こり得ることであった』 『時期が早まったのだ。シマリスの罪は、階段を上がらずとも、あと三年すれば消えた』 『しかし、早まった。シマリスは自ら階段を上がらず、お主が労した』 『シマリスは、どこかで代償を払わねばならぬ』 神々の言葉に、ルナはうさ耳をぷるぷるさせて、ふたたび涙をあふれさせた。 「ご――ごめんなしゃい、ごめんなさい」 『代償と言っても、おそろしいことが起こるのではない』 太陽の神は、ルナを励ました。 『まあ――そうだな。ハクニーとの結婚が、三年後に延びるくらいだな』 あの娘は、ずいぶんな苦労を重ねてきた。 太陽の神はそう言って、ルナの涙をぬぐった。 『長の苦労から解放される時期ではあった。だが、おまえはすこし、お節介をしすぎたのだ』 『あなたが天秤にカードを乗せなくても、解決することだったの』 真昼の女神は、やさしく言った。 『なにがあっても冷静な判断を忘れないこと。ZOOカードをあつかっている最中には、無駄口をきかないこと。呪文をあれもこれもと唱えるのは危険なのよ。アンジェリカが、なぜZOOカードの占術中に、ひとの名前を呼べなかったか分かる? あれは、混乱しないようにするためと、よけいな言霊を減らすため』 『集中するために、友人をそばにおくのはよしなさい』 『そうよ。ZOOカードの結果を判断するのは、あなたの友人ではない。あなたなのよ。素人が関わるのは、問題をややこしくするだけ。相談は、アンジェリカかペリドットだけにしなさい』 「……ひゃい」 優しい口調ではあったが、真昼の神も太陽の神も、そう忠告した。リサやキラに占術を見せたことも、よくないことだったのだ。ルナはますますちいさくなった。 『総合して、いまのところ、点数は30点くらいね』 月の女神は容赦なく言ったが、夜の神は、 『だが、ちゃんと天秤を担いで上がり切った。50点くらいで――』 『あにさま』 月の女神の厳しい声がさえぎった。 『まあ――失敗があってこそ、伸びるものでは。ツルと白タカの件に関しては、わたしは80点くらいあげてもよいものと思う』 グレンそっくりのアストロスの弟神は、そういってくれた。 『そうだな。ハクニーとシマリスについても、これからというところ。ルナよ――あの娘は、よくない縁者を持っている』 アストロスの兄神は、ルナと視線を合わせてしゃがんだ。アズラエルそっくりの声と顔だが、こちらは粗野なところはぜんぜんない。 『リスの娘だけではない。馬の男もまた、縁者のしきたりによって、苦しめられている。ふたりは縁者によって苦しむという縁では共通している』 月の女神がよけいなことをという目で兄弟神をにらんだので、弟神がさきに引っ込んだ。――頭を掻きながら。兄神は、苦笑しながら、後ろに下がった。 「ど、どうしたらよいのかな?」 ルナは聞いたが、神々は顔を見合わせた。月の女神だけが、「言っちゃダメ」というふうに、首を振った。やがて、太陽の神が言った。 『リスの問題が、完全に解決するまで待て』 『ルナ、ハクニーの真名は見つけた?』 真昼の女神が聞いた。ルナは「うん」とうなずいた。 「“特別なハクニー”だって」 『“特別”?』 太陽の神がつぶやいた。神々は、ルナに分からない言葉で、ざわざわと騒ぎだした。 『特別とな……』 『なるほど、特別か』 『背景は空白? なにもなかった?』 真昼の神の問いに、ルナはまたしてもうなずいた。 『そう――そうなのね』 『ならば、話は早い』 イシュメルが言った。 『明後日ごろには、始末がついているだろう。そのときに』 『では、そうしよう』 ルナにはまったく意味が分からなかったが、神様たちはそう言って、順に消えていった。ノワは結局、なにも言わなかったわけだが、『ルナ、酒を用意しといてくれな』といいのこすことだけは忘れなかった。 「……」 ルナは呆然と、みなが消えるのを見た。月の女神も消えた。罰則の話は、おかげでうやむやになったが、シシーは大丈夫なのだろうか? ルナは肩を叩かれて、ふりかえった。 「ルナ、天秤は、真砂名神社で預からせてもらうぞ?」 「あ、は、はい! おじーちゃん、よろしくお願いします!」 「まあ、元気出せ」 イシュマールは、ルナの手に飴玉をみっつ、握らせた。それから、こっそり耳打ちした。 「夜の神様が、月の女神さんを説得して、罰則はなしにしてくれると」 「……」 ルナは、イシュマールが天秤を抱えていくのを見送り、アホ面をさらして十分間停止した。 「ルナちゃん、いったい、なにがあったんじゃ?」 「だいじょうぶかいの?」 「ナ、ナキジーちゃん、カンタおじーちゃん……」 階段側面を上がってきたらしいナキジンとカンタロウの顔を見たら、ルナの腰が、へなへなと砕けたのだった。 |