ルナが真砂名神社の拝殿で腰を抜かす数時間前のことである。 時刻は昼だった。テオとシシーは、朝の約束どおり、シャイン・システムでニックのコンビニに寄って、取っておいてもらった廃棄分の弁当を受け取った。そして、ふたりで中央役所内の敷地にある公園で、弁当のふたを開けた。 シシーのほうは鮭弁当で、テオのほうはメンチカツやらエビフライやら、コロッケやらが入ったボリュームのあるセットだ。 「こっちじゃなくて、いいのか?」 「うん! いいの。テオ、コロッケ好きでしょ」 いつもなら、シシーが食べたがるのは、揚げ物だらけのこっちの弁当のはずだ。テオはそう思ったが、このあいだのように、シシー流のサービスなのかもしれないと思い、受け取ることにした。 「おいしそう! いただきます!」 シシーは元気よく箸を持ったが、急に前かがみになって、腹を押さえた。 「イテ、いててて……」 「どうした?」 紙パックのジュースにストローを差し込んでいたテオは、シシーが揚げ物弁当を選ばなかった理由を知った。 「いや~、やっぱ、食いすぎたかな……」 シシーはきまり悪げに苦笑いした。 「はあ? 昨日の弁当、ぜんぶ食ったのか?」 シシーの告白に、テオはあきれて叫んだ。 「う、うん……久しぶりのごはんだったから……つい、」 ニックからもらった弁当はみっつあった。それからペットボトルのお茶と水、ジュースが一本ずつ、あとはサンドイッチがみっつ。 シシーは、昨夜、弁当をみっつともぜんぶ、食べてしまったらしい。テオがほとんど手を付けずに残した弁当も。そして、朝、ジュースとサンドイッチをぜんぶ平らげてきた。 「よく食うな……」 テオはさすがにあきれ、 「それじゃ、腹を壊すわけだよ。――君、過食の傾向があるんじゃないのか?」 思わず言ったが、シシーはそれほど深刻には受け止めなかったようだ。一度は腹を押さえたものの、すぐに弁当を頬張りはじめた。 「ううん? いつもはそんなに食べないよ、あたし」 「食ってるだろ、現に。俺の倍は」 「だって、あたしおばーちゃんに、『シシーはいっぱい食べなネ』って育てられたから」 いきなり、シシーの箸が止まった。 「だから、いっぱい食べると喜んでくれるひとがいると、食べちゃうかもしれない」 「……」 テオは、言葉を失った。シシーがひどく、さみしそうな顔をしたせいだ。 「おばあちゃんもおじいちゃんも大好きだった。でも、ほかの人は嫌い」 シシーはそう言って、弁当を掻きこんだ。 (ほかの人、ね……) 「落ち着いて食えよ。また、腹を壊すぞ」 テオはそういってたしなめ――自分もフォークにコロッケを突き刺したまま、目を落とした。 「そうだな――俺も、じいさんは好きだったな」 身内の中で、唯一、テオの未来を限定しなかった人間だった。テオの進む道を、だまって見守ってくれたひと。だから彼が危篤になったとき、地球行き宇宙船を降りた。義務ではなく、どうしても会いたかったのだ。死に目には間に合ったが、彼はテオの顔を見るなり叱り飛ばした。 『バカ者。帰ってなど来るな。おまえはそのまま地球に行ったらよかったのに』 せっかく、地球行き宇宙船に乗ったのに――。 祖父はかすれた声で叱ったが、テオの顔を見られたことは嬉しそうだった。テオはそれで、帰ってきた甲斐はあったと思った。 遺言は、まったくそのとおりに、「自分の道をあゆめ」だった。 「じいさんは好きだったけど、親父も母親も、ばあさんも、みんな嫌いだ」 テオの言葉に、シシーは弁当を食べるのをいったん、やめた。すでに中身は半分以上なくなっていた。 「みんな、“衛星”に縛られすぎてる。エリートって言葉にね……。自分が“特別”な人間だと、勘違いしてるんだ」 シシーは目をぱちくりさせた。テオの言っていることは分からなかったようだが、苦笑気味に、微笑んだ。 「テオもあたしと、おんなじだね」 「大雑把に言えば、そうかもな」 ふたりはちいさく笑いあい、弁当を食べることにした。なにぶんにも、昼休憩は一時間しかない。 「ところで、シシー、相談ってなんだ」 もう、十二時半を過ぎている。食事を終えてから、ゆっくり聞いているヒマはないだろう。食べながら、テオは聞いた。 「あ、うん。――アニタさんたちの結婚祝い、どうしようかと思って」 そのことか。テオは拍子抜けした。シシーの悩みの根幹にまつわる相談だと思っていた。 「それなら、カルパナさんのプレゼントが、俺たちの連名で――」 「そういうわけにいかないよ。あたしまだ、お金払ってないし。カルパナさんにも今朝、謝ってきたよ」 「……」 「一ヶ月も経ってからあげたら、さすがに遅れすぎだよね」 シシーは嘆息した。 「シシー、ほんとに、金がないのか」 テオは思い切って聞いた。 「うん――ないの」 シシーはあっさり答えた。そして、肩を落とした。テオは、よくよく考えて、言葉を発した。 「……理由を、聞いていいか?」 「……」 シシーはしばらく黙したが、やがて小さな声で聞いてきた。 「引かない?」 「ああ」 テオは即答した。 「あたし、まえの彼氏にこのことを話したら、距離置かれちゃって……」 「俺は、多少のことじゃ驚かないよ。おおげさには取らない」 「そうだね、テオ、あたしの部屋みても、汚いって言わないし」 シシーはちいさく微笑み、話しはじめた。 「……実は、おじいちゃんとおばあちゃんのお墓を、L54の一等地に移したの」 「墓?」 「うん。あたしは地球行き宇宙船にいて、お墓の掃除もできないし――L54にいるおばさんのそばに、移すことに決めて。でもそれにはたくさんお金がかかるし、あたし、給料の半分を毎月、おばさんに送ってるの」 「――え?」 テオは目を見開いた。 「ちょ、ちょっと待て――いつからだ?」 「あたしが役員になったときから」 何年もシシーは、けっこうな額を毎月、送っていることになる。 「ふたりのお墓も、死んじゃったパパとママのお墓も、おばさんが見てくれるから、お金くらいださなきゃいけないし」 L54の一等地に墓を建てるのは、相当の費用がかかる――それは事実だ。 「……待て。いろいろ言いたいことはあるが、とりあえず、百歩譲って――シシーは金を毎月送金している。わかった――給料の半分だとしよう。でも半分だろ? どうして、メシの金までなくなるんだ?」 船内は、船客、役員ともにさまざまな箇所に便宜が図られていて、暮らしやすい環境だ。たしかに給料が半分に削られてしまえば、貯金も難しいし、毎日の生活がやっとだろうが、それでも、食事ができなくなるほどでは――。 シシーはうんざり顔でうつむいた。 「叔母さんの息子が――あたしのいとこなんだけど、信じられないヤツなの。いつも金に困ってて、おじさんや叔母さんから金がもらえないってなると、あたしの通帳から勝手に持っていくの」 「……」 テオは絶句した。だが、なにも言わなかった。いま口を挟めば、シシーは口をつぐむと思ったからだ。 「たまにあるんだ。数ヶ月に一度。そのときは、もうあきらめるしかない。いきなりお金が無くなってるから。でも、毎月連続っていうのはないからだいじょうぶ。あたしが宇宙船の役員をクビになったら、あいつもお金をもらえなくなるでしょう? だから、毎月は持っていかないの」 シシーの肩が、ちいさくなった。 「今月が、ちょうど、その運が悪い月だったの……」 |