『とにかくはやく、金を入れさせろ! じゃねえと、じいさんとばあさんの墓をぶっこわすぞと言え!!』

 男は駄々をこねるように叫んだ。

テオはようやく、事態を把握した。叔母とその息子だけではない。その夫、夫の兄弟、つらなる親戚縁者が、おおぜいシシーの金を当てにしている。――シシーは脅されていたのだ。テオにとっては、理解できない事態だったが、シシーの育ての親である、祖父母の墓を人質にされて。

 『一時間以内に通帳に金を入れなかったら、俺たち全員で地球行き宇宙船に押しかけて、てめえをクビにしてやるぞと言っとけ!』

 全員。みながグルなのか。みんなそろって、シシーの金に食らいついているのか。

 

 「――おまえたちが押しかけたところで、俺もシシーもクビにはならん」

 テオの迫力ある声に、相手はいきなり目が覚めたようだった。

 『てめえだれだ――警察か?』

 相手は、シシーがこのことを警察に相談するということが、信じられないような声だった。

 「警察より、もっとおそろしいものだ」

 俺を敵に回すなんて、おまえはバカなことをした。

 「おまえは、“首だけ”にしてやる。――覚悟しろ」

 テオは宣告して、電話を切った。シシーが、蒼白な顔で、テオを見つめていた。

 

 「テオ、あの、あたし、あの……」

 シシーは震えていた。テオは、彼女に携帯電話をかえし、その手で彼女の手を取った。シシーの手はひどくかさついている。

 「……怖かった?」

 「え?」

 「ずっと、あんなのに脅されていたんだな……怖かっただろうな」

 シシーの身体が、一度大きく震え――肩が跳ねた。シシーが、泣きだしたのだ。

 「――ふ。うえっ――ええっ――」

 「もう、だいじょうぶだ」

 テオは、自分のしていることが信じられなかった。シシーの頭を抱き寄せて、自分の肩に押し付けた。

 「君は俺が、守ってやる」

 

 

 

 シシーは病室で、ぽつぽつと話しだした。だいぶ、時間がかかった。シシーはつらいことを思い出したくないように、口をつぐむことが多かったからだ。

 そのたびにテオは、「つらいなら話さなくていい」と言ったが、テオが聞く姿勢を見せると、シシーは話しだすのだ。つっかえつっかえ――すべて吐き出すように。

 

 シシーはL72で生まれた。2歳のとき、となりの星に仕事で出かけた父母は、宇宙船事故で亡くなり、シシーは母方の祖父母にそだてられた。

 シシーの父は、シシーの母の実家に、逃げ込むように身を寄せていた。その理由をシシーが分かったのは、祖父母が亡くなってからだ。

 いま、シシーを脅しつづけているのは父方の叔母とその家族、そしてその親類たち。

 シシーの父は、自分の身内を「悪魔」だといってはばからなかったと、祖父は死の間際、シシーに話した。だから決して、身寄りがなくなっても頼ってはならないと。

 シシーが中学生のころ、祖父母は身体を病んで、床に伏した。シシーは高校へ行くのをあきらめた。祖父母は、シシーに学校へ行けと言った。自分たちを施設に預けて、学校へ行けと――小学校教師だった祖父は、学業の大切さをシシーに解いたが、シシーはふたりを施設に預けるのはイヤだった。そのままふたりを介護しつづけ、21歳のときに、祖父、祖母と立て続けに他界した。

 祖父の忠告は、役に立たなかった――なぜなら、ふたりの葬儀のとき、遺産目当てに父方の叔母たちが姿を現したからだ。

 

 「……たぶん、おじいちゃんたちの財産は、叔母さんがみんな持っていった」

 シシーは遠い目でつぶやいた。

 母方の親戚をよそに、例の叔母が、シシーの面倒を見る旨を告げ、屋敷の処分、葬儀の手配、墓の建立、あらゆる始末を自分でしていった――。

 

 「おばさんはね、すごく頭のいい人なの」

 シシーは思い出したように顔を上げた。

 「そう――あれ? テオも言ってなかった? なんか、世界一の、特別な学校があるって――」

 テオはどきりとした。シシーの言葉が、思い切り心臓を打った。

 「アルなんとかっていう大学? そこの卒業生って、とくべつなの?」

 「ああ――特別だ」

 テオの心臓はどくどくと脈打ち、血流が激しく流れ、一気に体温が上がった。

 「おばさん、いつも自慢してた。そこの卒業生だって」

 「……」

 「卒業証書と、勲章っていうのを見たことがあるよ」

 テオは、言葉を失った。怒りなのか、困惑なのかわからない緊張がテオを襲い、汗がシャツを濡らした。

 (シシーの叔母が、「アルビレオの衛星」だって?)

 シシーはテオの動揺に気づかず、つづけた。シシーの話がにぶくなったのは、ここからだ。

 

 「おばさんが、勝手におじいちゃんたちの財産を持っていって、おうちを壊して、あたしをおばさんちに連れて行ったの。叔母さんは会社をやってて、お金をいっぱい持ってて、なんか法律の専門家をやとって、自分の好き勝手にやったんだって。あたしよくわからないけど、宇宙船に乗ってから、おじいちゃんの弟さんがそういってた。――お墓のことは、おじいちゃんの弟さんっていうか、そのひとたちがウチの墓に入れるってがんばったけど、あのおばさん、勝手にL72におじいちゃんたちのお墓、建てたの」

 「骨壺は、その墓に?」

 「たぶん――でも、L54にお墓をうつしたとき、そっちに持っていったかな? お葬式は、みんながやってくれて――あたしは、泣いてただけだった」

 「……」

 テオは、質問をやめた。シシーの話は、つづいた。

 

 L54に行ってから、シシーの奴隷のような生活がはじまった。屋敷の掃除に、食事をつくること、洗濯、金と重要なところには触れない、叔母が命じる仕事の雑用――まるで、体のいいメイドだった。まだメイドのほうがよかっただろう。シシーは報酬などもらえなかったのだから。文字通り、奴隷あつかいだった。

シシーはあまり多くを語りたがらなかったが、つらい生活であることはちがいなかった。

 「おばさん、L54に行く前は高校に行かせてくれるっていったのに、約束、やぶったの」

 シシーは学校どころか、屋敷に閉じ込められた。こづかいももらえず、外で働かせてももらえず、ただ屋敷の掃除や家事を、やらされ続けた。24歳の日、地球行き宇宙船のチケットが当たるまで。

 葬儀のとき、シシーを庇ってくれた母方の親戚には、連絡もできなかった。

 

 「あたし、おごられるのが怖いのって、そのときひどい目にあったからなの」

 叔母の屋敷に出入りしていた男に――それも親戚なのか知らないが――いきなり食事に連れ出された。叔母がいない間のできごとだった。服や菓子を買ってもらい、食事をおごってもらい――シシーは、ひさしぶりに親切な人間にあったと喜んだ。だが、その男の親切には裏があった。最後に、ホテルに連れ込まれたのだ。

 シシーが大騒ぎしたので、ホテルの従業員があわてて部屋にきて、事なきを得た。

 しかし、シシーは未成年ではなかったし、「シシーに誘われた」と男は警察でわめき、シシーには、「おごってやったんだから身体でかえせ」との返事がかえってきた。

 叔母が男と自分を迎えに来て――男が叔母に思い切り引っぱたかれたのを、シシーは震えながら見た。

 男の怒りようから、ひどい目に遭わされると怯えていたシシーだったが、その男は二度と屋敷には来なかった。叔母が出入り禁止にしたのだ。叔母は、そういうところは、ひどく潔癖だった。シシーが叔母の夫にも、いとこだという男にも、いたずらをされなかったのは、叔母のおかげであったことを、シシーは宇宙船に乗ってから知った。いとこからの電話によってだ。

 「だから、叔母さんには、少し感謝してる――でも、もうあんな生活はイヤだった」

いとこも、ほかの男も、妙に親切なそぶりを見せるときは、あやういときだった。彼らは親切の裏に、対価を求めていた。シシーはだんだん人間を、信じられなくなっていった。

 

テオは、「おごられるの、嫌いなの!」と叫んだシシーを思い出し、胸がかすかに痛んだ。

口は「そうか」としか言えなかったけれども。

シシーはうつむいた。

「テオがあんな奴らと一緒だとは思わない。思ってない。――でも、ごめんね、あたし……」

「謝らないでくれ。そんな理由なら、無理もない」

 



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