二百十話 再会 Ⅹ



 

 その日の朝、レディ・ミシェルは、大広間のソファに座っているルナうさぎのまん丸い背中と、ぴこぴこ揺れるうさ耳を発見した。

 リサとキラはすでにでかけていた――もともと、あのふたりは家でおとなしくしているタイプではない。最近は、屋敷にいることが多かったが、それはつまり、アニタとニックの一件から、ZOOカードに多大なる興味をしめしたからであって、しばらくはどこにも出かけず、いつお呼びがかかってもいいように屋敷に待機していたのだが、先日アンジェリカに、「ルナの勉強だから、あまりかまっちゃダメ」と言われてからは、あっさりもとの生活にもどった。

 つまり、朝から夜まで出づっぱりの、もとの生活に。

 あのふたりは、もともと役員になるための講習を地球到達までには終わらせるとがんばっていたし、キラはエステティシャン、リサはメイクアップアーティストの講習に通っている。

 「あたしは、あたしのことをがんばらなきゃ」

 「ルナもZOOカード、がんばってるからね~」

 と言って、いなくなってしまった。

 このところ、毎日のように、いっしょにマタドール・カフェやリズンに行っていたふたりがいなくなり、レディ・ミシェルは手持無沙汰になってしまった。

 ミシェルも船内役員になるための講習に通っているし、ヒマなら絵を描きに行くかすればいいのだが、今日はなんとなく、そんな気になれなかった。

 (天気もあまりよくないし? 雪が降ってきそうだし、寒いし)

 

 「ルナ」

 レディ・ミシェルが話しかけたのとほぼ同時に、サルーンがいきなりソファの影から現れて、ルナの頭に飛び乗った。どうやら、ルナの隣に座っていたらしい。

 「ぷ?」

 ルナは、サルーンを頭に乗っけたまま振りかえった。

 「なに見てんの」

 ミシェルがのぞき込むと、ルナの膝上とテーブルには、たくさんの不動産パンフレットが置いてあった。

 「どうしたの。まさか、引っ越すわけじゃないでしょ」

 「ううん」

 ルナが手にしているのは、K19区のアパートのパンフレットだった。

 「そうじゃないの――あたし、仕事場を探そうと思って」

 「仕事場?」

 「うん」

 ルナはうなずいた。

 先日、アズラエルが言ったのだ。どこか、ZOOカードをひとりでゆっくり見られる、ひろい部屋を借りたらどうか、と。

 

 「わざわざ借りるの?」

 「うん――あのね、部屋でZOOカードをつかってると、リサたちが入ってきちゃうことがあるでしょ」

 「……」

「もちろん、リサたちだけじゃなくて、ピエトもネイシャちゃんも、アズもやっぱりよくないのよね。そうなると、あたしがZOOカードしてるときは、アズが部屋に入れなくなっちゃうこともあるし、だから、それならいっそ、部屋を借りたらどうだって、アズが」

 「そう」

 「今のとこ、屋敷に空き部屋はないでしょ? 書斎はクラウドたちがよくつかうし。ララさんに、部屋を増設してもらう案も出たんだけど、そこまでしてもらうってゆうのも――」

 「うん」

 「だから、どこかにひろい部屋を借りて、ZOOカードはそこでつかうことにしようかと」

 「……うん」

 「でもね、けっこう高いところばっかりで。どうしようかなって考えてたとこ」

 レディ・ミシェルが、あたしもアトリエが欲しいな、と言おうとしたときだった。

 

 「ルナ! ――あ、ミシェルもいる。ちょうどいいや」

 アンジェリカが、大広間に顔を出した。

 「どうしたの?」

 「ルナの仕事部屋に、いいところを見つけたんだ。見に行かない?」

 ルナとミシェルは顔を見合わせ、ミシェルは即座に「行く!」と返事をしていた。だがルナは、口をもふもふさせた。

 「ルナは?」

 「う~ん、アズが帰ってきたら、ちょっとおでかけするよってゆってたんだけども」

 「すぐ済むよ。アズラエルだって、あと一時間は帰ってこないだろ?」

 「うん」

 ルナはうなずき、不動産のパンフレットを隅へ寄せて、サルーンをエプロンのぽっけに入れて、立った。

 

 応接室のシャイン・システムから飛んだのは、K05区。大路まえの大通り、土産物屋のとなりにあったシャイン・システムだった。アンジェリカは、大路には入らず、大通りから小路に入っていった。この小路を左に入った、さらに奥まった場所に、ルナがアズラエルと泊まりに来たときに行ったお蕎麦屋さんと、よく行くステーキ店がある。

 真砂名神社の拝殿が遠目に見えてくるあたりで舗装された道路は途切れ、砂利道が山に向かって伸びていた。

 

 「おお! こっちじゃ、こっち」

 舗装された道路が終わるあたりにある大きな家屋のまえで、ナキジンが手を振っていた。

 「ナキジーちゃん!」

 「今日は、サルーンも一緒か」

 ルナのエプロンポケットからタカが顔を出しているのを、イシュマールがのぞき込んだ。

 「タカじゃったら、ふつうは腕に乗るもんじゃないかの」

 「だって、あたまにしか乗らないんだもん!」

 ルナがぷんすかすると、サルーンは言いわけでもするように、ピイ! と鳴いた。

 

 「ここな、大路町内会の集会場につかっとったんじゃ」

 ナキジンが、引き戸を開けて中に入れてくれた。集会場だったというのが分かる、ずいぶん大きな建物だった。引き戸を開けてすぐに、広い土間と上がり框、靴棚。段差がある部屋のほうはフローリングで、右にちいさなキッチンと、左に、二階に上がる階段がある。階段の下には、シャイン・システムがあった。

奥にはやはり引き戸があって、その向こうは、二十畳はある、ひろいフローリングの部屋だった。折り畳み式の業務用テーブルと、座布団が数枚置いてあるだけで、ほかにはなにもない。

 「机と座布団は、あっちに持ってくか」

 ナキジンのつぶやき。

左側面はガラス戸で、外にはこぢんまりとした庭があり、背の低い木立に囲まれている。向こうに、拝殿と階段が見渡せた。

 「あれ? ここって、紅葉庵の裏?」

 「そうじゃ」

 三人と一羽は、ナキジンとイシュマールの案内に従って、二階に上がった。

 二階は、四十畳近くもある畳敷きの部屋だった。

 「うわーっ! すごい広いね!」

 サルーンが、悠々と飛び回って、ルナの頭にもどってきた。

 「十年前から、カンタのうちのとなりが空いて、そっちを集会場にしとるんじゃ。ここは広すぎるからのう」

 「空きっぱなしにしとるよりは、つこうてもらったほうがええもんな。自由にしてええよ」

 「ほんと!?」

 ルナたち三人は嬉しげにそれぞれ耳を立たせ、イシュマールが言った。

 「一階は、ミシェルがアトリエにして、二階は、ルナとアンジェがふたりでつこうたらええ。ここなら、ムンド開いても、じゅうぶん余裕があるじゃろ」

 「そうだね……これだけ広さがあれば」

 アンジェリカは興奮気味に部屋を見渡し、窓を開けてみたりしながら、言った。

 「中央役所にも、仕事部屋として一室取ってもらってるんだけど、けっこう狭いんだ――まァ、中央役所には行かなきゃいけないけど、あたしもここで、ZOOカードつかわせてもらおうかな」

 イシュマールは、思い出したように聞いた。

 「ララには、このこと、言わんかったんか」

 「ララに頼んだら、ZOOカードのためだけに、お城でも建てかねないよ」

 アンジェリカは肩をすくめたが、その意見には、ルナもミシェルも同意した。

 「ありがとうおじいちゃん! つかわせてもらいます!」

 ルナとミシェルとアンジェリカで一万デルずつという、破格の家賃だった。じいさんたちは、家賃はいらんと言ったが、ミシェルは油彩のアトリエにするので、部屋を汚すこともあるだろうし、ZOOカードも、アンジェリカの話によれば「なにが起きるか」分からないこともある。保険の意味も込めて、三人は家賃を差し出した。

 



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