テリーは、家族を、二階に案内した。曲線を描いた階段を上がり、二階の廊下を歩き、三つ目のドアをノックする。

 「アズラエルさんがいらっしゃいましたよ」

 「通してくれ」

 ドアの向こうから、ずいぶんはっきりした、太い声が届いた。テリーはドアを開けた。

 カーテンがすべて開けられ、日の光差し込む寝室に、三人の人物がいた。

 アズラエルの父、アダムの面影を宿す大柄な老人がベッドで身を起こしていて、寄り添う老婦人は、小柄でやせていて、ずいぶん背が曲がっていた。その隣で、椅子に座っている三十代後半ほどの髪の長い女性は、ドアのほうではなく、別のほうを向いて微笑んでいた。

 ルナは、さきほどテリーが言った意味が分かった。

 彼女が人前に姿を出すことを、躊躇すると言った意味を。

 彼女がカナリアであろう――髪の長い女性の顔には、はっきりと分かる傷跡がいくつもついていたのだ。そして、閉じられたまぶたの内側は、両目とも義眼だということを示していた。

 彼女はおそらく、ほとんどものが見えていない。

 けれども、老夫妻は、目に涙を浮かべて、孫たちを見ていた。アズラエルを、ルナを、ピエトを――アズラエルが腕に抱いた、ピエロを。

 

 「どうも。アダム・G・ベッカーです」

 「メレーヌ・C・ベッカーです。会えてうれしいわ」

 アズラエルに押され、テリーに促されるまま、ベッドまで歩み寄ったルナとピエトは、かわるがわる、老夫妻と握手をした。アダムの父は、息子と同じ、アダムという名なのだった。

 ベッドにいるということは、おそらく病であろうアダムと、まるで折れ曲がった枯れ枝のようなメレーヌは、見かけ以上に声も力もつよく、その手はあたたかかった。

 「は、はじめまして。あたし、ルナ・D・バーントシェントです!」

 「ピエト・A・ベッカーです!」

 ピエトも緊張気味に、そう名乗った。

 「おや、話がちがうじゃないかアズラエル。ルナさんは、ベッカーの姓じゃないのかね」

 アダムは、あのクマさんアダムそっくりの豪放な笑顔を見せて言った。

 「もう、似たようなもんさ」

 アズラエルは眉を上げた。

 「まさか――まさか、孫の妻の顔が見られるとは思っていなかったのよ。おまけにまあ――ひ孫の顔まで」

 メレーヌは涙を拭きつつ、ピエトの顔を両手で覆い、ずいぶんと長いあいだ撫でて、抱きしめた。そして、びっくりするほどの腕の力で、ピエロを抱きかかえた。

 「ホントに大きな子!」

 メレーヌはその重さに仰天し、「アダムもこれだけ大きかったわ」と呆れ声で言った。

 

 「ごめんなさい。わたし、義眼との相性がどうもよくなくて。嫌だったら、ごめんなさい」

 そう断りながら、カナリアは、鼻の先が触れ合うほど、ルナに顔を近づけた。手で、顔の形をたしかめた。ピエトのほうもそうした。それからピエロを抱いて、微笑みを浮かべて頬ずりした。

 「赤ちゃんだわ――赤ちゃんのにおい。柔らかい。すてき。ねえ、ルナさんに、ピエトさん――メフラー商社に行ったことはある? カナコを知ってる?」

 ルナとピエトは、顔を見合わせた。

 カナコの名は、アズラエルの口から数回聞いたことがあるだけだ。メフラー商社の一員として、アストロスの任務には来ていなかったし、会ったことはなかった。

 「ルナとカナコは、会ったことはねえんだ」

 アズラエルがそういうと、カナリアは、「そう……」と身を引いた。それから、立ち上がって、ふらふらと部屋を出ていった。小さく会釈をして、テリーが追っていく。

 

 「カナリアは、正気よ」

 メレーヌが、ルナたちの椅子の用意をした。

 「目が見えにくいからね、すこし不思議な行動を取るときがあるけれど、正気です。みなさんに、お茶を出したいのよ。自分がやりたいの。彼女なりに、あなたがたを歓迎しているのよ――彼女、むかし、それはつらい目に遭ったの」

 「……」

 「わたしたちも。だから、こんなにもごあいさつが遅れてしまったのだけれども。ほんとうは、すぐにでも会いたかったの。――ほんとうよ」

 アダムも鼻をすすり、みなに椅子をすすめた。

 

 ルナたちは、今日にいたるまでの、長い話を聞いた。

 アズラエルが、この屋敷にアダムの両親とカナリアが住んでいることを知ったのは、E353で、家族と再会したときだった。

 アズラエルは、それを父親のアダムから聞かされたのだ。アダムも、最初から知っていたわけではなかった。彼も両親は死んだものと、ずっと思っていたのである。

 アダムはE353に向かう途中の、エリアE348で、ピーターからの手紙を受け取った。最初は、バラディアたちと同じく、アダムを将校に斡旋する内容の手紙だと思っていたのだが、ちがった。

 中身は、アダムたちが無料で宇宙船に入れるよう、株主であるピーターのサインが記された法令用紙だった――つまり、数日の滞在を許可した、乗船チケットである。その法令用紙には、アダムたちに訪問してほしい屋敷の住所と、住人の名が記されていた。

そのときアダムは、ピーターの父サイラス、そしてブライアンによって、両親が地球行き宇宙船で生かされていることを知ったのである。

 

 ピーター直筆の文面は、アダムに、いままでふたりの居場所を告げなかったことをはじめに詫び、アダムが、地球行き宇宙船がたちよるE353まで行くということをバラディアから聞き、いそぎ手紙をしたためた――E353は遠い。そこまで行くならば、ぜひ会ってほしいという内容だった。

 アダムは両親の生存に涙した。しかし、同居しているカナリアという人物がだれなのか、そのときは分からなかった。結婚して、カナコの姓とはちがっていたし、すぐには、カナコの姉だということに結びつかなかった。

 地球行き宇宙船でルナたちと別れたあと、こっそりとアダムとドローレス、オリーヴ、エマルは宇宙船に乗り、リンファンとツキヨ、アズラエルとともに、この屋敷を訪れたのだった。

 そこでは、E353での再会と同様――奇跡的な邂逅が待っていた。

 スタークも、アストロスで、カナリア以外の三人に会っている。

 

 正確には、カナリアを含む三人を、地球行き宇宙船に招いたのは、ブライアンだった――サイラスは、あの事件が起こった年には、すでに亡くなっていた。8歳そこそこだった当主ピーターを、陰ひなたに支えていたのは、ユキトのいとこであったブライアン老人である。

 ブライアンは、サイラスの遺言に従って、手配した。バラディアやバクスターのように、大勢のバブロスカ革命の縁者を助けることはできなかったが、彼らと協力して、できるかぎりのことをした。

 株主であるアーズガルド家当主の権限をつかって、地球行き宇宙船に、彼らの住処を用意したのだ。

 アダムの両親とカナリアが他星への移住ではなく、この宇宙船に乗ることになったのは、医療処置のためだった。カナリアは、体と心に尋常でないキズを負い――当時、アダムの母メレーヌは、難病におかされていた。ほかの星に移住しても、ふつうの生活ができない身体だったのだ。だから、最先端の医療がととのう、地球行き宇宙船への移住を決めたのだ。

 

 「わたしは、この宇宙船の医療設備のおかげで、完治したとはいいがたいけど、この通り元気に暮らしているわ」

 メレーヌは、枯れ枝のような腕をさすりながら言った。

 「でも、カナリアは、けっして傷跡を消そうとしない。この宇宙船の医療では、傷跡をすっかり消すこともできるのよ。義眼でなく、ほんとうの目を入れる手術もできる。でも、彼女はそれを拒絶している」

 「どうしてですか」

 ピエトが聞いた。

 「自分への罰なのだと――言っているわ。カナコを見捨てて、逃げた自分への罰だと」

 「カナコは元気に生きてる。バリバリやってるよ――カナリアさんより、よほど元気にな」

 アズラエルは言ったが、メレーヌは首を振った。

 「彼女は、当時の混乱の中で、両親をめのまえで将校たちに殺され――恐ろしさに、カナコちゃんを見捨てて逃げた。けれども捕まって、それはひどい目に遭わされた――心と体に、二度と消えない傷をつけられた」

 「……」

 ルナは、両目をなくし、顔に傷をつけられたカナリアの姿を思い出して、ワンピースをぎゅっと握った。

 



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