そのころ、軍事惑星L22の首都、スタリッツァから遠く離れた辺境の田舎町、ナティネ。

 ここは、引退したドーソンの高官が校長となる軍事学校がある、ホレストの隣町だ。地元の農民や、傭兵ばかりいるほこりくさい大衆食堂に、アズラエルの父アダムと、ドローレスはいた。

 「おいおいおいおい、よせよ。L18に入れねえなんて、冗談だろ」

 新聞を見たアダムは、たいして大きくもない目を、見開いた。

 L18が、一時的な入星禁止を掲げている。

 

 「“シュノドス”のせいだろう」

 ドローレスは言った。

 「それに、L18には今のところ入る必要はない。べつにかまわんだろ」

 

 油くさいくせに、なぜか妙に乾ききったパスタを、ドローレスは音を立てて啜り、五口くらいで片付けた。妻はともかく、大事な大事な娘の前ではぜったいに見せたことのない食べ方である。決してうまいとはいえない夕飯を、かびくさい水で流し込んだ。

ドローレスは、染めていたプラチナブロンドをもどして、今はルナと同じ栗色の髪だ。ふたりとも、Tシャツにカーゴパンツに、ブーツの典型的傭兵スタイルだった。ルナが見たら、目を丸くするだろう――いつも小奇麗にしていたドローレスには不精ヒゲが生えつつあったし、アダムなどルナが見たら、「くまさん!」と叫ぶだろうほど、顔が毛に覆われていた。

 

 「いや。入る必要があるんだ、それが」

 「カナコのことか」

 アダムはうなずいた。カナコに、カナリアのことを知らせなければならない。だが、電話ではダメだ。直接会って、顔を突き合わせて話がしたい。アダムはそう願っていた。

 「それによ、おめえがバクスターさんに着いてって、ボディガードをやって、俺が軍事惑星にのこって様子を見るっていうのは、最初の計画通りでいいんだけど――まあ、アジトの様子も見てきてえし、まだメフラー親父たちは、L18に着いてねえから、マックたちのことも心配だ。それに」

 「それに?」

 「今のL18の様子を、じかに見ておきてえ」

 「……うん」

 アダムが言う意味も分かった。

 

 ほんの数日まえ、「L18を傭兵の星にしたい」という議案が、白龍グループからL55に提出された――その事実は、ウソか真か――いまや軍事惑星を揺るがすほどの大事態になっていた。

すでに決定事項として浮かれる傭兵もあれば、それが完璧に議決されるまでには、何十年もかかると冷静に見ている傭兵、現実化はしないと冷めた目でいる傭兵もいる――軍人のほうでも同じだった。早合点してL18を逃げ出す者もいれば、傭兵との争いを予期して軍を整えている者、頑として認めず、L55に直接抗議文をおくった名家もあると聞いた。

L18は、文字通り大混乱だ。

だが、二、三の事件――先走りした傭兵が、とある名家の屋敷をここぞとばかりに取り囲んだりしたケースがあったが、即座に鎮圧されていた――それも、同じ傭兵たちの手によって。

白龍グループをはじめ、メフラー商社から派生しているナンバー9やブラッディ・ベリー、その他の大規模なグループが、L18の治安に乗り出したというのである。

軍人たちのほうも、アーズガルドの影響力がすみずみまで行き届いていた。躍起になって傭兵たちを追いだそうとする貴族軍人はいなかった。緊張下にはあるが、沈黙がたもたれたままだ。

皆が想定していたより、L18は、あまりにも静かだった。

ドーソンが支配していたころのほうが、治安が悪かったという声が、一般市民からとどくほどである。

L18は変わりつつあった。アダムがL18を発った日から、様変わりしていることは、新聞記事を追うだけでもわかる。アダムは、その変貌を肌で感じたいのだと言った。

「……」

ドローレスは、思案の様子を見せ、

 「まもなく、“シュノドス”がある」

 とつぶやいた。

 「ああ」

 アダムもうなずいた。

 

 シュノドスと呼ばれるそれは、軍事惑星内でひらかれる、L系惑星群の中枢のトップと、軍事惑星のトップの会議であった。

シュノドスは、L18で開催される。

この会議は、滅多に開かれるものではない。

 L18が一時的な入星禁止をかかげたのも、シュノドスのため、厳戒態勢に置かれるからだろう。白龍グループたち傭兵が、厳正といえるほど、L18の治安を鎮めているのも、シュノドスのためだった。

 傭兵が、L18を治められるかどうか――それを、はっきりと中央政府に見せつけるために。

 ついに始動した、「プラン・パンドラ」――L18を傭兵の星にしたいという、白龍グループが掲げた提案は、軍事惑星だけでなく、L55の中枢をも揺るがした。

 傭兵側の代表は、軍事惑星内に経済の根も張る「白龍グループ」、白龍グループに次ぐ、大規模な傭兵グループ、「ヤマト」、ちいさな傭兵グループとはいえ、傘下の数は軍事惑星一の「メフラー商社」、そして、その中でも代表格は、できたばかりのグループ――グループともいえない、たった一人のメンバーで構成された、「プロメテウス」。

 老舗の傭兵グループの代表はともかくも、プロメテウスのロビンという男は、中央政府の高官も知らない人間だった。

 

 会議の最重要課題は、果たして本当に――L18が傭兵の星となり得るか。

 だが、話し合いの場が設けられたことは幸いなのである。いつ、傭兵たちがL18を乗っ取ってしまうか、L55は危機的感情を抱いていた。

 ララは「傭兵たちがL18を、軍部の断わりなく占拠することはない」とL55に確約したが、傭兵というのは、白龍グループだけではないのである。星の数ほど、傭兵グループがある。そのすべてを、老舗グループが管理するのは、無理な話だ。

 中央政府では、いまだに傭兵というものは、ならず者の集団というイメージが大きい。たとえ、ララやシュウホウらが、直接交渉に当たっていてもだ。

 それに、L18を傭兵の星にするというのは、軍事惑星内でも大きな問題だ。いまのところ、ロナウドとマッケランはうなずいていない。アーズガルドは静寂を保っている。

 議会が紛糾するのは目に見えていた。

 

 「軍事惑星じゃ、“シュノドス”ばかりが話題に上がっているが、“ヘスティアーマ”という会合も、日をおかずに開かれるって話を、聞いた」

 ドローレスは、不精ヒゲが生えてきた顎をこすった。

 「“ヘスティアーマ”?」

 アダムも初耳だった。そんな語句は、新聞でも見ていない。

 「新聞にはない。このあいだ、スタリッツァで居酒屋に入っただろ、傭兵ばっかりの」

 「ああ」

 「そこで、傭兵たちが話しているのを聞いた」

 「おめえあいかわらず、地獄耳だなァ」

 アダムはあきれた。

 

 「俺も地獄耳だぜ、にいさん」

 酒で顔を赤くした傭兵が、断わりなく、ドローレスの隣に腰を下ろした。

 「なにか知ってるのか」

 ドローレスは、紙幣を一枚、そいつの胸ポケットに入れてやった。歯がボロボロの、すでに老齢に差し掛かっている、おそらく認定ではない傭兵は、ニンマリと笑って、自分が知っていることを話してやることにした。

 「ヘスティアーマは、軍事惑星じゃひらかれねえぜ」

 「じゃァ、どこでやるんだ」

 アダムが小声で聞くと、男も声を潜めた。

 「L55! だけどよう、L55の、中枢のおひざ元で、L55のやつらはぜんぶ無視して、軍事惑星の連中だけでやるんだ」

 「それはたしかな情報か?」

 「いンや! ウワサだよ。でも、軍事惑星じゃやらねえ。それははっきりしてる――だって、傭兵に嗅ぎつかれたら、一巻の終わりだろ」

 男は、もらった金で、酒を注文した。

 「ヘスティアーマってのは、きっと名家だけの会議の隠語さ。俺ァ、そう見てる――ドーソンが消えて、残った名家の連中が、傭兵を軍事惑星から追い出す算段をするのさ――決まってンだろ。L18をカンタンに、傭兵に渡しちまえるわけがねえ。ま、俺みてえな、認定でもねえやつには、L18が傭兵の星になるもならねえも、関係ねえが」

 老人は、薄汚れた顔をさらに汚れた袖でぬぐい、鼻を鳴らした。

 「L18が傭兵の星になったって、うまい汁を吸うのは、白龍グループとか、でかいところだけだ。俺にははした金も落ちて来やしねえ」

 ドローレスは、静かに言った。

 「……そのヘスティアーマは、軍部の首脳だけじゃない。傭兵グループのトップも参加するんじゃないのか?」

 男は、それを聞いて目を丸くした。そして、口に含んだ酒を噴きこぼすところだった。噎せて咳き込み――それからわめいた。

 「せっかくのいい酒を! もったいねえ――おい兄ちゃん、笑わせるな。傭兵と軍人サマが、同じ席に着いて、お食事して軍事惑星のこの先を考えましょうってのか!? どんなコメディなんだそりゃ!?」

 枯れた声で大笑いした。店は騒がしかったので、男の声は響かなかった。

彼が笑うのも無理もなかった。ほとんどの傭兵には、想像もできない事態だろう。だが、ドローレスにはそんな予感がしていた。

ヘスティアーマは、軍部と傭兵のトップが集結する会議なのではないか。

(いや、会議というよりも)

シュノドスは“会議”だ。だが、ヘスティアーマは、“宴”を意味する。

 



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