「――兄ちゃんたち、まあ、こっちこい」

 男は、店の隅のテーブルに、ふたりを誘った。男はアダムとドローレスを「兄ちゃん」と呼ぶが、ふたりもそんなに若くはない、だが、男はふたりをそう呼べるほど、老齢と言っていい見かけだった。

 「おめえさんら――アレか? 認定か?」

 ドローレスとアダムは、顔を見合わせた。アダムがうなずいた。

 「認定だよ。俺とコイツは、フリーでやってる」

 「ほ! そうか、そうか、ちょうどいい。小奇麗な兄ちゃんだから、さぞかし、金を持ってるやり手の傭兵だと思ってよ――なんだ、フリーでやってるんなら、ますます腕は立ちそうだ」

 老人傭兵は、ひさしぶりの高い酒を、満足げに呷った。

 「いいネタを教えてやる。本気の本気で、いいネタだ。うまくいきゃ、おめーらは、一生遊んで暮らせるかもしれねえ」

 「……どんなネタだ」

 ドローレスが聞いた。だが老人は、先に手を差し出した。今度は、アダムが一枚握らせた。老人は、話そうとしない。アダムたちが席を立とうとすると、ふたりのTシャツの裾をあわててつかんで止めた。

 「まあ、待てよ――おい、一生遊んで暮らせるかもしれないネタだ。一枚ってことはねえだろ」

 「話を聞かせねえで、俺たちに大金を出せってのか?」

 アダムが苦笑いして凄むと、老人は首をすくめて、しょっぱい舌打ちをした。

 「しょうがねえなあ~……話してやるから、五枚は俺にくれよ。兄さんたちは、そんなケチには見えねえ」

 「話せば、分け前をくれてやるよ」

 ドローレスは座りなおした。アダムも仕方なく、腰を下ろした。シュノドスのことにしろ、L18のことにしろ、情報は得ておくに越したことはない。

 「ぶったまげるぞ、この話を聞いたら」

 老人は興奮気味に言った――声を潜めて。

 

 「隣町のホレストに、ドーソンが経営してる、軍事学校があるの、知ってるか。山奥で、あんまり知られてねえんだが」

 アダムの顔つきが、急に変わった。先を急がせようとするのを、ドローレスが制した。老人は、酒のおかげで、アダムの豹変に気づいていなかった。

 「あっこは、地元じゃドーソンの流刑地だって有名でよ、いまも、なんだかドーソンでずいぶん偉い地位にいたヤツが、左遷されて校長やってんだ」

 「それで?」

 アダムの身の乗り出しように、老人は話に乗ってきたのかと思い、絶好調で話した。

 「ドーソンの監視がきびしくて、めったなヤツは近づけねえんだが、いまはあそこ、もう誰もいねえんだ」

 「だれもいないって?」

 ドローレスも聞き返した。老人はおおきくうなずいた。

「もうL18じゃドーソンは風前の灯火だっていうが、学校の経営も成り立たなくなって、先生も学生もとっくにトンズラ! だけど、校長だけは残ってるって話だ。いままではドーソンの監視がきびしかったが、いまは監視するドーソンがいねえだろ。それで、だな」

老人の本題は、ここからだった。

「さっき、物騒なやつらが、ここから学校へ行ったよ。なんでも、その校長をとっ捕まえて、L19に売るんだって。ホレ、L19のロナウドが、ドーソンの連中を監獄送りにしたって有名だろ?」

バブロスカの証拠を追い、ドーソンの高官たちを率先して監獄星に送ったのは、たしかにロナウドだ。だが、それは過去の話で、いまロナウドは、ドーソンの若手たちの保護に動いているはずだった。

まして、ロナウドはバクスターを協力者とみなし、彼が監視されていたときも、隙を縫って情報を届けていた。

アダムは思わず声が大きくなった。

「そいつら、いつごろ発った!?」

「ン? ん~、一時間くらいまえだ」

ふたりは最後まで聞かずに、立った。

「お、おい、待て待て。せっかく情報を教えてやったのに。先に行った連中は、チンピラみたいなやつらだったから、たいしたことはねえ。あんたらなら大丈夫さ。な、な? 分け前とまでいわねえが、せめて、情報料を……」

アダムとドローレスは、ポケットにつめこんでいた紙幣とコインを、ありったけ老人に握らせた。

「じいさんよ、いいネタをありがとうな!」

この話を聞かなかったら、救出が間に合わないかもしれなかった。

「お、おお~! 達者でな!!」

じいさんは、大喜びで、テーブルに残された紙幣とコインをかき集めた。

 

 「なんてことだよ!」

 「サイアクの予想が、まさか当たるとはな」

 店の前に停めていたジープに乗り込み、アダムは急発進させた。ドローレスの額に脂汗が浮いていた。

 ふたりは予想していた。想像を超えるL18の混乱で、傭兵たちの「ドーソン狩り」がはじまっているのではないかと。

 そうなれば、バクスターの身も危うい。捕まるだけならまだいいが、銃撃戦にでもなって、もしものことがあったら――。

 「間に合うか――出発したのが一時間まえ。そいつらはとっくに、学校に着いてるころだろう」

 ドローレスが腕時計をたしかめた。

 「田舎町だ。シャインはねえし」

 「学校にシャインは?」

 「ある。だが、ロックを解除できる場所に、バクスターさんがいるとは限らねえ」

 「やはりこのまま行ったほうが早いか」

 「バクスターさんだって、シロウトじゃねえ。もと軍人だ。カンタンに捕まったりなんかしねえ!」

 「――ああ!」

 アダムは、石だらけの舗装もされていない道を、全速力で飛ばした。

 

 そのころ、バクスターは、寝間着にガウンをまとった姿で、息をひそめて気配を伺っていた。

午後十一時を回ったころだ。バクスターはベッドに入る寸前だった。学校に隣接する、この屋敷の電気はすべて消えている。手には短銃。すでに一発、弾は消費していた。手ごたえはあった。だれかの足を撃ち抜いたはずだ。

 (まったく――かなりむかしに、現役からは退いたはずなのだが)

嫡男としておさないころから帝王学と軍学とを叩きこまれ、地球行き宇宙船に乗り、その後もはやくに隠遁させられた身としては、現役だった時期が短いのだが、バクスターはこの一ヶ月のうち、二度も傭兵グループという名のチンピラを撃退していた。

ドーソンは恨みを買うばかりの家柄ゆえに、暗殺をふせぐ方法は、子どものころから叩き込まれる。ドーソンには独自の身を守る体術があり、バクスター自身も地球行き宇宙船にいたころ、護衛術の講師をしていた。グレンが教えているのも、暗殺者から身を守る戦略と体術だ。

 軍事学校ゆえ、身を守る道具はあふれんばかりにあるし、襲いに来る傭兵たちも、バクスターが基本から叩きなおしてやろうかと思うくらい、なっていない連中ばかりだった。

 つまり、見事なまでに、雑魚だった。

 地の利はバクスターにあるし、銃弾の当たらないことと言ったら、バクスターのほうが悲しくなるほどだった。

 バクスターも、はやく殺してほしいのだ。すべてを終わりにしてしまいたい。だが、チンピラに手を懸けられるのは、ドーソンとしてのプライドが許さなかった。

 (理想は、軍人が、わたしを銃殺しに来ることだったんだが)

 一杯のコーヒーを喫し、心穏やかしずかに死を迎える。

 始末はすべて、彼がしてくれる。

 そんな理想の死にざまは、迎えられないようだ。

 L18の混乱のせいか、学生も教師もいなくなり、見張りも、監視もなくなり、ついにバクスターひとりになってしまった。

 (せめて、アダムクラスの傭兵でなければ、暗殺はされんぞ)

 バクスターは、部屋に入り込んできた傭兵の頭をつかんでひっくり返し――あとから来たふたりの足を撃ち抜き、動けなくした。悲鳴が上がったので、バクスターはうるさくてドアを閉めた。

 あと、ふたり。

 たった五人で、これだけの装備で、バクスターを捕まえに来るとは。

 (ドーソンも、舐められたものだ……)

 最初にきたやつらは、がらんどうの校舎を爆破したが、爆音で警察が来て、すぐ捕まった。あわれなやつらだった。バクスターの住処をまちがえたのだ。二回目の連中は少し骨があったが、三十人で来て、バクスターひとりに半数近くを倒され、「やはり、まだドーソンの監視がいる」と怯えて逃げていった。

 相手は、バクスターひとりに倒されたことなど知る由もなく、バクスターの姿すら見ていない。

 

 そのとき、窓からヘッドライトの光が見えた。

 「警察だ!」「やべえ、見つかった!」とさわぐ傭兵の声がし、「おい、待て! 置いてかないでくれ!」と、足を撃たれた傭兵の哀れな悲鳴が聞こえた。

 バクスターは身をひそめ、窓から車のようすを伺った。

 (警察ではない――新手か?)

 軍事用のジープではない。一般車両だ。警察と勘違いした傭兵たちが逃げていく。

 「――!」

 バクスターが気づいたときには、ジープから、すでに人が降りたあとだった。

 (しまった……確認を怠ったか)

 一度目の事件があってから、定期的に警察が見回りに来るが、あのジープは、新手と考えたほうがいい。

 傭兵たちが逃げて言った方向から、気配がする。足音はふたり――。

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*