「バクスターさん!!」

 

 大音声に、バクスターは、やっと銃口を下ろした。声に聞き覚えがあった。

 「――アダム!?」

 「そうだ! 俺です!!」

 バクスターは、銃をドアのほうに向けたまま、アダムの声がする部屋の電気をつけた。そして、そこにいたのがアダムだと知ると、銃を下ろした。髭もじゃで人相は変わっているが、体格も声も、アダムだった。外を注意深く見つめて、電気を消した。外灯の明かりだけでも、ひとの顔は見える。

 「バクスターさん! 無事でよかった!」

 「やれやれ、処刑人は、君か」

 「は!?」

 「よかった。ひと思いにやってくれ。チンピラにはやられたくないと思っていたんだ」

 「冗談きついぜ、バクスターさん……」

 アダムは苦笑いし、バクスターの肩を叩いた。バクスターは、アダムの後ろから現れた人物に、目を丸くした。

 「――?」

 バクスターは、ドローレスと一度もあったことはない。だが、メフラー商社の、やり手の傭兵の顔は知っていた。クールな相貌と、背の高さと迫力も相まって、「歩く冷蔵庫」などと揶揄されていたことも。

 壮年の姿ではあったが、数十年前と、ほとんど容貌は変わっていないかに見えた。

 「ドローレス・G・バーントシェント――旧姓は、クレイです。わたしを、ご存じで?」

 「ああ――知っている」

 バクスターはうなずいた。

 「娘は、無事か……?」

 あのとき、リンファンの腹にいたルナのことを言っているのだ。覚えているとは思わなくて、少し驚いたが、ドローレスは力強くうなずいた。

 「あなたのおかげで、われわれの家族は助かった」

 「いいや――あなたの息子は、我らが殺したようなものだ」

 バクスターは、ドローレスが差し出した手をにぎろうとせず、苦い笑みを浮かべて、背を向けた。

 「君たちが処刑人なら、申し分ない。どうか、ひと思いにやってくれ」

 「……!」

 「アダム、決して冗談ではない。わたしは、ドーソンの誰かがわたしを送るのを、ずっと待っていたのだ」

 バクスターは膝をつき、静かな声でそう言った。

 

 「……」

アダムとドローレスは、バクスターを救出に向かったところで、素直に逃げようとしないだろうことも、考慮に入れていた。この言葉も、そっくりそのままとは言えないが、だいたい予想していたことだった。

だが、ここでバクスターに死んでもらっては困るのだ。

アダムは、苦笑した。

 「なら、バクスターさん、ちょいと我慢してくれ」

 「……?」

 バクスターは、振り返る前に、意識を失った。

 

 

 

 ――こちらは、地球行き宇宙船。

 ルナの仕事場ができた、翌日の午後。

 さっそくルナは、ZOOカードボックスを抱えて、サルーンを頭に乗せ、仕事場になった、K05のもと集会場に向かった。屋敷の応接室のシャインに飛び込み、あたらしくインプットした、K05区の集会場のボタンを押す。階段下のシャインのロックは、一階にいたミシェルが、外してくれた。

 「アンジェも、さっき来たよ」

 「ホント?」

 ルナが二階に上がると、アンジェリカが広い部屋に半分近く、ムンド(世界)を展開していた。遊園地の画像が、畳敷きの部屋にひろびろと浮かび上がっている。

 「わあっ! なんかすごいね!?」

 「これだけ広ければ、じゅうぶんだね」

 あまり広くても、細かい箇所が把握できないよ、とアンジェリカは言った。

 「あたしもムンド、やってみる!」

ルナは、アンジェリカと向かい合うようにして、部屋のはしに座布団を置き、座った。

 ZOOカードボックスを手前に置き、ルナがバッグから取り出したものは――。

 

 「ん?」

 アンジェリカは、ルナの手にある物体を見て、首をかしげた。

 距離があるのでよく見えないが、おそらく子どものおもちゃである。よく小さな女の子が振り回している、魔法少女のステッキ――三日月の形をしている――。

 ルナはそれを振り回し、「月を眺める子ウサギさん、現れよ!」と叫んだ。

 「……」

 「……」

 だれも出てこなければ、箱も開かなかった。

 「……」

 ルナが、月を眺める子ウサギの真似をしていることだけは、アンジェリカにもわかった。ルナの手にあるそれは、月を眺める子ウサギがふだん持っているステッキと似ている。

 ルナはぶんぶんと月のステッキを振り、「月を眺める子ウサギ! 月を眺める子ウサギ!」と叫ぶが、うさこは出てこず、箱も開かない。

 「月を眺める子ウサギ!」

 ルナがボタンを押したのか、ステッキのおもちゃから、妙に賑やかな音楽が流れはじめた。ルナはあわてて、音を消した。

 「出てこない!?」

ルナはついに叫んだ。

 「なぜだ!!」

 

 「……」

 アンジェリカは泣きたくなった。ペリドットはたしかにいい加減な男だが、ルナに箱の開きかたすら教えていないとは、思わなかった。

 「ペリドットしゃんは、テキトーにつかえって、ゆった」

 ルナは言った。たしかにあの人は、テキトーだ。

 (いや――でも意外と――ペリドット様も知らないのかも?)

 あのひとは、本能でつかっているところがあるし、とひとりで納得しながら、アンジェリカはルナに言った。

 

 「あのね、ルナ。ZOOカードの占術を開始するときは、“コミエンソ(始まり)”っていうと、ふたが開いてつかえるようになるから。終わるときは、“フィン(終わり)”ね」

 「ほ!?」

 ルナの顔のパーツすべてが丸くなった。

 「……」

 そして、ルナはZOOカードとサルーン、そして、ステッキとを見比べ――ぼそりと、「こみえんそ」とつぶやいた。

 箱は、銀色の輝きを放って、ふたが開いた。ぴょこん、と月を眺める子ウサギが顔を出す。

 『呼んだ?』

 「呼んだ」

 ルナはうなずいた。そして、言った。

 「ふぃん」

 箱のふたは、銀色の光とうさこを吸い込むように、閉じた。

 

 「……」

 ルナは月のステッキを手にしたまま、頭を抱えてうずくまった。アンジェリカが遠目で見る分には、とてもまんまるだった。なんだか、震えているような気がする。

 (わかるよ)

 アンジェリカも遠い目でうなずいた。

 

 「まあね、あたしもペリドット様も、ZOOカードは常に開きっぱなしだから、いちいちコミエンソなんて唱えないし……でもまさか、ルナに箱の開きかたすら教えてないなんて……」

 アンジェリカはルナを励ましたが、しばらく丸まっていた。

 やがて、丸みを帯びたうさぎから復活したルナは、ふたたび「コミエンソ」と唱えた。

 箱のふたがあき、月を眺める子ウサギが、ぴょこんと顔を出す。

 『なんでいきなり閉じるのよ』

 「――うん。なんかみんな、いいかげんだなっておもって」

 『どうでもいいけど、なにか用?』

 どうでもいいんだ――ルナも、それを聞いていたアンジェリカも遠い目になったが、ルナは気を取り直して言った。

 「うん、あのね、アダムひいおじいちゃんと、メレーヌさんと、カナリアさんのZOOカードを……」

 うさこは聞いてすらいなかった。ルナが買った、役立たずのステッキではなく、彼女の魔法ステッキを一回振ると、カードが現れた。

 それは、ルナが望んだカードではない。

 

 「……バラ色の、蝶々さん?」

 

 アンジェリカが、自分のカードを放って、ルナのもとへ駆けつけた。ふたたびうさこがステッキをひと振りすると、真っ黒なもやが表れ、カードをおおいかくした。そして出てきたのは、カマを持った、死神の姿――。

 「ラ・ムエルテ……!」

 アンジェリカが戦慄した。ルナは叫んだ。

 「このあいだ見たときは、もやが薄くなってたのに……!」

うさこは言った。

 『あとふたり。“バラ色の蝶々”と、“天秤を担ぐ大きなハト”』

 ルナの叫びをよそに、カードボックスは銀色の光を吸い込んで閉じられていく。月を眺める子ウサギの姿も、半透明になった。

 『地球に着くまえに、大仕事があるわよ、ルナ』

 そういって、月を眺める子ウサギは、消えた。

 

 



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