二百十一話 ヘスティアーマ



 

 (やはり、無理か……)

 クラウドはあきらめた。

 アルビレオ大学の卒業生データベースに、どうやっても侵入することができない。K29区にある、自分のコンピュータ・ルームでひと晩がんばったが、一台のコンピュータをウイルスでおしゃかにして、なにも得ることなく終わった。

 ずいぶん頑丈なロックがかけられている。生半のハッカーでは、入り口にすら到達できないだろう。

 (さすが、世界最高の大学のデータだな……)

先日、テオが持ってきたデータは、不正に入手したものではない。彼の祖父母がアルビレオの衛星であり、そのツテをたどって、情報収集のために借り受けたもので、すぐに返却したと彼は言った。クラウドが再度借り受けることはできないかと聞くと、テオは首を振った。あれは、簡単に入手できるものではない。あのときは人命がかかっていたので、面倒な手続きを踏んで、なんとか許可が下りた。クラウドも借り受けるというなら、あちらが納得する理由が必要だと言われて、しかたなく引き下がった。

テオに許可が下りたのも、彼の祖母がアルビレオの衛星だったから、というのが大きい。クラウドのように、まるで関係ない人間がデータを見せてくれと言っても、よほどの理由がなければ開示しないだろう。

 

(アルビレオの衛星の、伴侶……)

ルナの“12の預言詩”に出てきた、唯一不明のひとり。

(テオが、アルビレオの衛星だという可能性は、高い)

祖父母がそうなら、テオも、という可能性はなきにしもあらずだ。彼は大学があるL31生まれであるし、彼自身も頭がいいというのは本当だ。

だが、どうして、アルビレオの衛星であることをかくそうとするのかが、クラウドには分からなかった。

クラウドが、テオにアルビレオの衛星では? と聞いたときの、「冗談はやめてください」という返事――。

(逆に、アルビレオ大学を受験したのに受からなかったという可能性もあるな)

だが、彼がもしアルビレオの衛星だというなら、伴侶はシシーである可能性が、高い。

(12の預言詩にしめされた最後の一人は、シシーか?)

あり得ない可能性ではないと、クラウドは思った。ルナの夢に出てくる人物は、だいたいが、ルナに関わることになる人物だ。

 

結局、テオは事件の詳細な部分を、だれにも話すことはなかった。なにがどうなって、ステファニーに行きついたのかということも。そして、シシーにも聞かないでくれと、クラウドに念を押した。

(俺の知りたがりのクセを、よく見抜いているな)

クラウドは苦笑した。

テオは言った――コトは解決した。シシーの金がなくなる危機は、もう来ない。ひとつだけ分かったことは、シシーの祖父が、例の、クラウドが見つけたテレジオで、テオの祖母の同期生だったということだけだった。

(とにかく、自然な形で明らかになるまで、放っておくか)

クラウドも最近は学習してきた。手を付けない方がいいこともある。

(ルナちゃんが、役員になってから、出てくる存在だということもあり得るしな)

 

クラウドはコンピュータ・ルームを出て、そのままシャイン・システムで屋敷に帰った。応接室を出て、部屋にもどるまえに、いつものクセで書斎をのぞくと、グレンが気難しい顔で新聞をひろげていて、メンズ・ミシェルが、パソコンに向かっていた。

「よう、クラウド、お帰り」

「――おかえり」

メンズ・ミシェルの言葉に、グレンが気づいたように顔を上げた。ずいぶん新聞に集中していたらしい。

「今日の朝メシはリサとルナちゃん。おまえのぶんも残ってるぜ」

「リサが担当なら、スクランブルエッグとベーコンだな」

「あたり」

クラウドがキッチンに向かうと、テーブルの上には、クラウドが予想したものと、いちごとキウイ、ヨーグルトとパンがセットになった、とても可愛らしいワンプレートが置いてあった。これでは足りないクラウドは、プレートにのっていた丸パンのほかに、トーストを三枚焼き、無理やりプレートにのせた。それから、コーヒーメーカーのサーバーから、たっぷりコーヒーを自分のマグに注ぎ――クラウドのマグは、レディ・ミシェルのお手製だった。アズラエルと同じライオンに、メガネを書き足した柄である――グレンとミシェルの、トラと犬のマグを探して、トレイに乗せて書斎に向かった。

 

「おお、悪いな」

ミシェルはありがたく、あたたかいコーヒーが入ったマグを受け取った。

「なんで俺、犬なんだろうな?」

毎度のことながら、彼は首をかしげながら、シェパードがぐるりと並んだ絵柄のマグを見つめる。

「顔が似てるとか」

クラウドの冗談に、ミシェルは肩をすくめた。

 ここに来るまで、丸パンを食べてしまったクラウドは、トーストをくわえたままグレンの目の前にマグを置き、フォークを持ってソファに腰かけると、新聞を凝視していたグレンが、ぽつりと言った。

 

「なァ、クラウド――“ドーソン狩り”って、起こると思うか」

 パソコンに向かっていたメンズ・ミシェルも、振り返ってグレンのほうを向いた。グレンは、クラウドを真剣に見つめていた。

 「おまえは、俺がいるから、いつも言わねえが、“ドーソン狩り”が起こる可能性っていうのも、もうとっくに気づいていたんじゃねえのか」

 

彼が手にしているのは、軍事惑星群の新聞だ。

 グレンがここ数日、暗記でもするかのようにくりかえし読んでいるのは、白龍グループがL55に、「L18を傭兵の星にしたい」と提案した内容の記事と、そのためにちかく開かれる「シュノドス」という会議、そして、軍事惑星の新聞のすみにある、あたらしい傭兵グループの一覧だった。

そこには正式に軍部から認定されたグループとして、「プロメテウス」の名があった。

 認定したのはL22の軍部――白龍グループや、ブラッディ・ベリーなどの後ろ盾がない、まったくのゼロからできた、新グループだ。

メンバーはたったひとり。

 「ロビン・D・ヴァスカビル」。

 これがいったい、なにを意味するのか。

 どこともつなぎのない場末のグループにとっては、メフラー商社のナンバー2が独立しただけの祝いごとに見えただろうが、古くからの傭兵グループにとっては、とてつもない意味を持った組織の誕生であり、「合図」にちがいなかった。

 そう――「パンドラの箱」のふたが、開けられた瞬間だ。

 

 「……」

 クラウドは、グレンが手にしている新聞をチラリと見て、それからスクランブル・エッグを見つめた。ケチャップを持ってくるべきだったと思いながら――ちいさく言った。なるべく、重くも軽くも聞こえないように、気を配りながら。

 「……君の不安は分かるが、俺はそんなに懸念することはないと思っている」

 「ほんとうにか」

 「ああ。だって、とにかくまず、君はここにいる」

 クラウドは、グレンを納得させるように、順番に数え上げていった。

 

 ドーソンの嫡男たるグレンはこの宇宙船にいる。

 グレンの父バクスターは、アダムとドローレスがなんとしても助け出すだろう。

 ユージィンは、死去した。レオンもだ。

 そして、もし生きていたら、まっさきに「ドーソン狩り」に遭うかもしれなかった、ドーソンの直系に近い血筋の、マルグレットたち若手は、監獄星で亡くなった。

 そして、三件のバブロスカ革命の証拠がそろった今、もはや監獄星の宿老たちは、もどることが叶うまい。

 

 「君が心配しているのは、残ったドーソン一族の末裔たちが、――つまりマルグレットの子や、いとこたちの子や孫が、傭兵たちによって危機にさらされるのでは? ということだろ」

 「――ああ」

 「それはきっと、オトゥールが守ってくれる」

 「そんな保証は、どこにもない」

 グレンは、はっきりと言った。

 「ねえよ」

 



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