ロビンが独立し、傭兵グループを立ち上げた――「プロメテウス」を。

そして、「プラン・パンドラ」が始動した――。

 L18が傭兵の星になる。

 それが、いったいどういう事態を引き起こすのか。

 あまりにも未知数だった。

 

 軍部は――とくにロナウド家とマッケラン家はみとめないだろう。ロナウドはもともと、傭兵に対する差別はすくない家だが、L18がまるごと傭兵の星になるというのは、話がべつだ。

マッケランも、アミザの起こした行動によって、頑強な傭兵差別派の一族は、ほぼ更迭された。そして、現在マッケランのトップに立つミラも、次期当主になるはずのカレンも、傭兵への差別とは無縁の立ち位置だが、やはり、L18そのものが、傭兵の星になるという話は、別問題だ。

 

そもそも、「傭兵の星」と一口に言っても、具体的にはどうなるのか。

傭兵しか住めない星になるのか、軍部の干渉は、いっさい必要ないと突っぱねるのか、それとも、傭兵と軍部が共存する状態となるのか。

政治、経済、軍事部門――すべてを傭兵だけで構成する星になるのか。

白龍グループが、L55にしめした提案は、あまりにも曖昧模糊としていた。

そこには具体性が、いっさい見えていない。だからこそ、「シュノドス」で詳細な提案が出されるのか――詳細な提案が先か、それとも、傭兵の星になる、という承諾を得るのが先か――なにもかもが、未知の領域だった。

 

 ひとつの惑星を傭兵が管理する――そのことを、L系惑星群の中央政府であるL55も、軍事惑星群の軍部も、かんたんに認めることはできない。

 もちろん、傭兵側にとっても賭けである。どの傭兵グループも、さまざまな思惑を抱えている。過激な行動を起こすグループが、我先にとL18の侵略に乗り出すかもしれない――そうなったら、L55から、たちどころに傭兵をせん滅するよう、軍部に指令がかかるだろう。そうなったら、軍事惑星で、軍部と傭兵の戦争が起こる。

 軍事惑星の混乱を見た原住民たちが、いっせいに蜂起したら――L系惑星群の未来は、暗黒だ。

 

 その危険を回避するためにおこなわれる「シュノドス」――。

 交渉がいちばんひどい状態で決裂すれば、あとは泥沼だ。

 そこには、ロナウド家の思惑があり、マッケラン家の思惑があり、アーズガルド家の思惑があり――そして、傭兵側の思惑がある。

 むろん、L系惑星群を束ねる、中央政府としての、L55の思惑も。

 

 ロナウド家は、バラディアとオトゥールが、独自に、傭兵と軍部の垣根をとりはらい、軍事惑星から差別をなくそうという行動を起こしていた。その第一のプランとして、専横的意志のある、ドーソン一族の更迭に尽力していた。傭兵たちの人権を得るために、具体的な活動を起こしていたのもロナウド家である。しかし、L18を傭兵の星にとのぞむ白龍グループの言葉には、あきらかに反対する意志を見せている。

L18は、ピーター率いるアーズガルドが管理するべきだという意見だ。

ロナウドが考える、この先の軍事惑星群は、傭兵と軍部、一般市民の差別を取り払うのはたいせつだが、傭兵は傭兵、軍部は軍部であり、それぞれの特徴を生かして共存するべきであり――L18をまるきり傭兵の星にしてしまうのは、危険すぎるという意見だった。

傭兵でも能力のある者は軍部のトップに招くし、軍人と傭兵の人権は、平等にしなければならない。貴族も一般市民もない。だが、L18にも軍部は必要だ。傭兵が軍部と協力せず、単一で星を支配するのなら、それは軍部への宣戦布告とも取られかねない。それは、よけいな火種をまくことにもつながる。

 

 マッケランは、いまだ混然としている。ようやくカレンが中枢に入ったことは、クラウドにも伺い知れたが、マッケランは「シュノドス」どころではないようだ。アミザの事件の収拾に、まだ手間取っている。そして、L20の抑止力を賭けた、メルヴァ討伐という大仕事を終えたばかりなのである。

 ただ、L20にもあかるいニュースはある。フライヤは、メルヴァ討伐という大手柄を上げ、凱旋した。そして、正式に大佐に任じられた。ウィルキンソンという後ろ盾があるとはいえ、軍事惑星初の、傭兵出身の大佐の誕生である。

 そして、L20の心理作戦部の存在があかるみになった。ちいさな記事ではあったが、隊長アイリーン・D・オデットひきいる心理作戦部の存在が、L18の軍部を陰ながら守っている――そのために、傭兵たちは軍部を乗っ取れないのだという記事があり、彼女の手腕を評価する記事を二、三件、見かけた。

 クラウドも彼女を知っているが、有能な隊長であることはちがいなかった。エーリヒとはまた別の形で。

 そのふたりがカレンを押している。L20の次期当主はアミザとのうわさが高かったが、アミザ自身と、その二名がカレンを押しているので、カレンが当主になる可能性は高くなってきた。

 しかし、このとおり、マッケランは身内の問題で混とんとしているので、「プラン・パンドラ」に対する具体的な発言はない。

 

 アーズガルドは沈黙を保っていた。ピーターは、反対も賛成も、具体的な言葉は口にしていない。

 

 そして、「シュノドス」に、ドーソンの席はなかった。

新聞から、ほぼ完全にドーソンの名称が消えていることも、不気味だった。出てくる文章は、すでに過去形だ。ドーソンが主語の記事は皆無だった。かつて、軍事惑星と言えば、ドーソンの名が記されていないときはなかった。だが、いまや、悪いニュースもいいニュースも、ドーソンの名が見当たらない。

 そのことが、逆にグレンの不安をあおっているのだということは、クラウドにもわかっていた。

 

 「グレン。俺はオトゥールと話そうと思っている」

 トーストにくだけた卵の塊を乗せて頬張りながら、クラウドは言った。

 クラウドの言葉を、グレンは半分しか聞いていないような目をしていた。目は、何度も何度も、新聞を追っている。

 「そのときに、情勢を聞いてみる。君が、直接聞いてもいいが」

 「……」

 グレンはもはや返事をしなかった。新聞をたたみ、「時間だな」と言って立った。そろそろ、護衛術の講師に行く時間だ。グレンは、クラウドは置いたコーヒーに、まるで気づいていなかった。

 「グレン。――なァ、思いつめるなよ」

 メンズ・ミシェルが、心配そうに、グレンの背に声をかけた。

 「……。……ああ」

 ちいさく、こたえが返ってきた。

 

 



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